第二話 担任は見せられた動画に私見を述べる


「これは、奥多摩で映った動画です。間違いなく、の、で撮影されたものです」


「おくタマ?」


「ふふ、なんだか言い方がかわいいですね、ラスタ先生」


 教壇に集まった伊賀とラスタと田中ちゃん先生は三者三様だ。

 30人の生徒たちは砂糖でも吐きそうな顔をしているが、それはいいとして。


 伊賀がタブレットをタップすると、動画が再生された。


 映像はモノクロで粗い。

 固定カメラらしく視点は動かない。

 映っているのは、森の中を流れる小川だった。

 川幅は3メートル程度だろうか、どこかの源流なのだろう。


「伊賀さん? これがどうかしましたか?」


「見せたいのはもう少し先です。なんてことはない、防災のための河川監視カメラだったのですが……」


 自衛隊に設立された特務課の課長代理にもかかわらず、伊賀の物言いは歯切れが悪い。

 ラスタは首を傾げながらも、タブレットに流れる動画をじっと見つめる。真面目か。苦労を引き込む一因である。


 数十秒ほどで、平和な「森を流れる小川」という光景に変化があった。

 ちなみに、生徒たちは思い思いに雑談をはじめている。マイペースか。覗き込みに行かないだけ分別ある。


 タブレットの中で、小川は右から左に流れている。

 木々が張り出して影を作り、大きな石がごろごろ転がる川原は狭い。


 右手から、小さな人影が現れた。


 モノクロの粗い動画で顔はわからない。

 比較対象がないためわかりづらいが、身長は130cmぐらいだろうか。


 続けて二人、三人。


 小さな人影は、手にした木の枝を振りまわしながらカメラがある方に近づいてくる。


「大変です! 子供だけで森の中にいるなんて! 伊賀さんこれはどこですか!? この子たちはちゃんと家に帰れたんですよね!?」


 伊賀が田中ちゃん先生を小声でなだめる。

 ラスタは二人にかまわず、食い入るように動画を見つめる。


 やがて、小さな三人がカメラの前を通り過ぎた。


 粗い動画でもわかる。


 三人はボロ布を腰にまとっただけで、額に小さな角があり、口の端から牙が覗いていた。


 手足がひょろ長い体格は珍しい。


「これは……この映像が、おくタマで?」


「はい。ラスタさんの意見を聞きたいと思いまして」


「えっと、コスプレですか? ハロウィンはもうすぐですもんね!」


「美咲先生、これは、おそらく、違います」


「やはりそうですか……」


「えっ? どうしたんですか二人とも? えっえっ?」


 思い悩む二人の表情に田中ちゃん先生だけついていけない。

 ざわついていた生徒たちも、空気を感じ取って静まっていく。


 集まった視線を気にせずに、ラスタはつぶやいた。


「これが、この世界の、日本の、おくタマで?」


「はい。周辺には足跡が残っているそうです」


「え、あの、ラスタ先生? これはコスプレした子供たちじゃないんですか?」


 ラスタは動画を巻き戻し、小さな人影が一番カメラに近いところで一時停止した。

 すっかりタブレットを使いこなしている。

 顔を近づけて、まじまじと見つめ、確信が持てたのか、天を仰いだ。

 田中ちゃん先生に答える。


「これは、ゴブリンです」


 ゴブりんではない。


「日本の、おくタマで」


 モンスターなど存在しないはずの、この世界の、日本の奥多摩に。


 ゴブリンが現れたらしい。




「はあああああああ!?」

「還ってきたら日本もファンタジーだった件」

「ラスタ先生の召喚獣でもなくて?」

「異世界があるんだもんそりゃモンスターぐらいいるよね! めっちゃやる気出てきた!」

「大人しくしてなさい〈ラノベ作家〉」

「ゴブリン!? 女性が危ないんで俺すぐ行ってきます!」

「女性の敵が言うな〈性騎士〉。お前が行った方が危ないだろ」


 2-Aの教室は大騒ぎである。

 結界があるため音は外に漏れない。


「伊賀さん、ここで見せてもよかったんですか? 俺たちも知っちゃいましたけど」


「問題ないよ愛川くん。『結界』で守られている分、ほかの場所よりも安全かもしれない。ただし、君たちも秘密にしてほしい。実績があるんだ、信頼はしているけどね」


「うぃっすー」


 騒ぎ出した生徒の中にあって、リーダー格の〈勇者〉愛川は冷静だった。持てる者の余裕か。


「ラスタさん、調査に協力していただけませんか?」


「もちろん手伝いますよ、伊賀さん。いえ、むしろ私が手伝わねばならないでしょう」


「ラスタ先生? そっか、誰もゴブリンのことは知りませんもんね!」


「ええ、美咲先生。それに……」


 田中ちゃん先生はどこか無邪気だ。

 この世界には存在しないはずのモンスターの出現に、ファンタジーを感じているのだろう。魔法を見たがったほどなので。

 一方で、教壇うしろに立つラスタと伊賀の顔は暗い。

 二人の懸念に思い至ったのか、愛川が目を見開いた。


「こっちの世界にモンスター? ラスタ先生、じゃあひょっとしてこいつら」


「そうだ愛川。もしこのゴブリンがあちら側からやってきた存在なのであれば、〈二つの世界録〉に記録されただろう。伊賀さん、発見場所の状況は?」


「これまで被害は報告されていません。幸いなことにほぼ人通りのない道が一つでしたので、自衛隊がこれを封鎖しています」


「えっと……? ラスタ先生のゴブりんは強いけど、ゴブリンって弱いんですよね?」


「その通りです。通常の、ゴブリンであれば。ただし〈二つの世界録〉に記録されたなら……このゴブリンも、強くなっているでしょう。私や、私の生徒たちと同じように」


「あっ! 『魔法』の授業で聞いたヤツです!」


「私たちであれば、強化ゴブリン三体でも問題はありません。あとは、『何体来たのか』『ほかのモンスターは来ていないか』ですね」


「よりによってゴブリンだからなあ。かわいくないし向こうで害獣扱いされてたし」

「おいそんなこと言うなって。おっさんの召喚獣はゴブリンなんだぞ?」

「奥多摩にゴブリンか。あの辺りは鍾乳洞や洞窟も多い。こちらの世界で隠れ住んでいたモンスター、という可能性も?」

「それはないだろ〈賢者〉。ないよな?」


 ないはずだ。

 たしかに奥多摩、檜原あたりには洞窟が存在するしケイビング体験ツアーは人気だが、モンスターはいない。いないと思う。


「ちょうど明日からシルバーウィークの前半に入るため、学校は休みとなります。さっそく行ってみましょう」


「よろしくお願いします、ラスタさん。特務課としてのちほど正式に依頼して、各種資料をお渡しします」


 たしかに、この世界で一番ゴブリンに詳しいのはラスタだ。

 ゴブリンの生態を知っていて討伐経験もある。

 それどころか助けられたこともあるし、〈大召喚士アークサモナー〉となったラスタの召喚獣は天騎士アークナイトのゴブリエル、旧名ゴブりんだ。


 奥多摩に現れた、三体のゴブリン。


 調査のため、ラスタは現地に向かうこととなった。


 決断を聞いた田中ちゃん先生と生徒たちの目が輝いていたが、ラスタは気づいていない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る