第四話 伊賀と生徒たち、異世界の常識に驚かされる


 仮称『ゴブリン』が出た森を、ラスタと伊賀と田中ちゃん先生と異世界帰りの男子校生有志が進む。

 一行の先頭は、特務課の伊賀からラスタに変わっていた。

 ラスタの足取りに迷いはない。

 先ほど使った索敵の魔法は地味だが効果は高いらしい。


 整備されていない森は藪も下草もあるのに苦もなく進むラスタ。

 足元の草が倒れていくあたり、魔法を使っているようだ。

 伊賀はきょろきょろと周辺を警戒しながら、生徒たちは鼻歌交じりに歩いている。ピクニック気分である。余裕か。


 と、ラスタが立ち止まった。


「いましたね。斥候役でしょうか、一匹とはちょうどいい」


 発言を聞いて伊賀が片手を上げる。

 ストップ、続けて、静かに、のハンドサインらしい。

 自由すぎる男子校生たちも大人しく黙り込む。


 ラスタが、木々の合間に指を向ける。

 指し示した先にいたのは、緑色の肌で、額には角、口の端からキバが覗く130cmほどのモンスター。


 ゴブリンである。


 手に持つ削った木の棍棒で藪をつついている。

 ラスタいわく「斥候」なのだろう。


 ラスタの指先から小さな光が飛んだ。

 一直線にゴブリンに向かっていく。


「ラスタ先生! コスプレした子供っていう可能性も!」


「心配いりませんよ、美咲先生。いまのは威力を抑えた〈光球〉です。ほら」


 光はゴブリンに当たって弾けた。

 一瞬のけぞっただけで、たいしたダメージはないらしい。

 どこから光が飛んできたかわからなかったようで、ゴブリンはゲギャグギャ騒ぎながらめちゃくちゃに棍棒を振りまわす。

 とうぜん、離れた場所にいるラスタたちに届くはずもない。


「言語能力なし、擬態なし、反撃意志あり。伊賀さん、倒してしまっても?」


「待ってください、できれば捕獲して——」


 伊賀が言いかけたところで、ガサッと音がする。


「あっ」


 何者かにゴブリンが切り裂かれて、血が飛んだ。

 日本にはいない生物だと示すかのように、血が。


 ゴブリンがどうっと倒れて、攻撃した人物が一行を振り返る。


「ふん、ゴブリンは見つけたら殺さないといけないニャ! すぐ増えるから……うん? どうしたニャ?」


 手を一振りしてから血を払う。

 誇らしげに胸を張って尻尾を揺らして、だが伊賀とラスタと男子校生たちの表情を見て首を傾げる。


「申し訳ありません、伊賀さん。彼女を怒らないでやってください。猿渡も。あちらでは『ゴブリンを見かけたら殺せ』が常識なのだ。私の召喚獣のゴブりんさえ、何度攻撃されたかわからない」


「おっさん……ラスタ先生……。伊賀さん、すいません。俺がちゃんと見てなかったせいで」


「起きたことは仕方がありません。ラスタさん、ほかの『ゴブリン』に気取られずこの場を離れることは可能ですか? また、『ゴブリンの群れ』がこの個体の死に気づかない可能性は?」


 ゴブリンは敵であり、敵は狩るものだ。

 獣人族の娘は異世界の常識のままに行動した。

 この場で唯一止められる可能性があったのは、異世界の常識を知っていて、特務課にも所属しているラスタだけだった。

 伊賀の表情は変わらない。

 過ぎたことは過ぎたこととして、ただ現実に対処する。


「転移も可能ですし、この場を去ることはできます。ですが、隠蔽したところで仲間の死には気づいて追っ手がかかるでしょう。その時、私たちがいなければ……」


「我々が発見できればよし、最悪は人的被害が出ることに」


「包囲を抜けられて、付近の住人に被害が出る可能性もあります。私はゴブリンを駆逐することをお勧めします。それと、ゴブリンがこの世界にいる原因の究明も」


 ラスタの言葉に頷く伊賀。

 すぐに通信機を手に会話をはじめた、ところで。


「美しい森を汚すゴブリンめ。エルフの怒りを思い知ったか!」

「姫様、ヒカルから離れてはいけないと言ったではありませんか!」

「ですがニーナ、王国民がどれほどゴブリンに苦しめられたか。いまの私には力があるのですよ!」

「ただいまー。いやー、姫様がふらっと離れていっちゃったもんで慌てて追いかけて……ん? どうしたのみんな? ラスタ先生も変な顔して」


 横から、四人が現れた。

 がさがさと藪をかきわけて。


 姫様と侍女はなにやら言い争っている。

 エルフと〈勇者〉愛川 光は、二人ともずるずるとの死体を引きずっている。


 ラスタは額に手を当てた。


「索敵の魔法の弱点は、発動後に移動された場合、察知できないこと。何度も発動することで対策となる。ただしマナの消耗が激しくなるため注意が必要だ」


「ラスタ先生? どうしたの突然? みんな? え、なにこれ」


 過去に誰かから言われたのだろう言葉を口にするラスタ。

 いまさらである。

 この世界に来たことで強くなり、内なるマナも増えたはずなのに、ラスタはマナを節約する過去の癖が抜けなかったらしい。

 大失態である。


 ふたたび、がさがさと音がする。

 嫌な予感がしたのだろう、ラスタが顔をしかめて振り返る。


 ハーピーが鉤爪に一体、ラミアが首をくわえて一体、アラクネが糸で引きずって一体。


 が増えた。


 三体——三人? の魔物っ娘は、褒めて褒めてとばかりに一人の生徒に近づく。

 返り血をつけたまま。


 生徒——〈テイマー〉の犬飼が頭を抱えた。


 ほかの生徒は天を仰ぐ。

 生々しい「死」に後ずさったのは田中ちゃん先生だけだ。

 異世界組と伊賀はともかく、異世界帰りの生徒たちも修羅場を潜ってきたらしい。


「犬飼、呆けている場合ではないぞ。止めた方がいいんじゃないか?」


「おっさん、何を、わー! ダメダメそんなのペッしなさいペッ!」


 犬飼と呼ばれた生徒は、慌てて三人娘に駆け寄った。

 小首をかしげるハーピーとラミアとアラクネ。口がもごもご動いている。田中ちゃん先生どころか生徒たちも後ずさる。


 どん引きする生徒たちを横目に、伊賀が通信を終えた。


「許可が出ました。これより、調査から掃討に目的を変更します」


 ラスタにわかりやすいようにと、軍事用語を使うことなく伝えられる。


 殲滅戦の開始である。

 十数匹という索敵の魔法の結果が正しければ、すでにゴブリンは半減近いのだが。


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