第二話 ラスタは行き倒れて一匹のゴブリンと出会う


 街の外に出るとき、門番は何も言わなかった。

 飢えた貧民が外に出ることなんて、珍しくないから。

 ……たいていは、入街税を払えなくてそのまま帰ってこないんだけど。


 荷物を持っていれば盗品がないか調べられるらしいけど、それもなかった。

 僕の持ち物は、代書に使った古びた木炭ぐらいだ。

 門番は、手ぶらで街を出る貧民をチラッと見ただけだった。

 不審者を街に入れないことが大事で、出ていく人を気にしてられないんだろう。

 こうやって出て行く貧民が、盗賊になるかもしれないのに。


 街を出て街道を歩く。

 そういえば最後に街の外に出たのは、母さんと二人でこの街に来た時だ。

 あの頃の僕は、何も考えていなかった。

 もし戻れるなら、もっとうまく立ちまわれたかもしれないのに。

 そうすれば母さんも、もしかしたら……。


 無知は罪じゃない。

 でも、無知で人は死ぬ。


 王都まで続く街道で、僕はさっそく行き詰まっていた。

 水はある。

 街道の横には、川が流れているから。

 食料はない。

 そんなもの、用意する時間もお金もなかったから。


「これ、食べられるかなあ……」


 川に口をつけてゴクゴク水を飲んで、プハッと顔を上げた僕の目に映ったもの。

 それは、低木になってる何かの実だった。


 僕は、それが食べられるかもわからない。

 宿屋で働いていた時にいろいろな話は聞いたけど、街道を歩くのは初めてだから。

 だいたい、宿屋を利用していた商人たちは保存食を食べていたらしいし。


 この実が何かわからないけど、一つだけわかってることがある。

 何かを食べなくちゃ王都までたどり着けない。

 貧民で知識がない僕にでもわかる、当たり前のことだ。


「……よし」


 僕はその実を口に入れた。

 ひどく堅くて酸っぱかったけど、食べられないわけじゃなさそうだ。

 ボロい服のポケットに取れるだけの実を詰めて、僕はまた歩き出した。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 街を出てから三日目。

 僕は、街道から川岸に下りて横になっていた。


「お腹が痛い……」


 ゴクリと川の水を飲む。

 街を出た初日からお腹を壊して、だましだまし歩いてきた。

 休憩のたびに用を足して、水を飲んで、野宿して、朝になったら服を洗って。

 水のせいか、それとも木の実のせいか。

 貧民生活で、お腹は鍛えられていたと思うんだけれど。

 そうでもなかったらしい。


「しまらない最期だなあ」


 三日目になっても足を進めて、水を飲もうと思って川に口をつけて。

 僕は、そのまま倒れた。

 上半身が冷たい。

 浅いところに倒れたらしくて、顔を横に向けたら呼吸はできた。

 うつぶせに倒れても、背中は濡れない程度の深さしかないらしい。

 せめて逆なら、服の汚れが目立たなかったのに。


「僕の人生は何だったんだろう」


 お金もなく家もなく、身寄りもなくして街を出て、たった三日で野垂れ死ぬ。

 10歳の貧民にしては賢い方だと思っていたけれど、そんなこともなかったらしい。


「まあ生き抜く準備もしてなかったんだ。当然か」


 顔の向きを変えたら、このまま死ねるだろうか。

 でも溺死って苦しいらしいからなあ。

 この後に及んで、そんなことを考える自分がちょっと不思議だ。


 ふいに水音が聞こえる。


 視線を動かすと、人影があった。


 目をこらす。


 そこにいたのは、緑色の小人。


 ゴブリンだった。


「ああ、最期はモンスターに喰われるのか。……痛くないといいなあ」


 バシャバシャと水音を立てて近づいてくるゴブリン。

 ゴブリンは群れるって聞いていたけれど、ここにいるのは一匹だけだ。

 群れや仲間とはぐれたんだろうか。

 僕みたいに。


 浅い川を渡ってきたゴブリンは、僕の前にしゃがみ込んだ。


 いや、つんつん突つかれても。


 体力が残ってても、意味がわからなすぎて反応を返せなかっただろう。


 ゲギャッ? と鳴いて小首を傾げるゴブリン。


 僕が死んでるかどうか確かめているのだろうか。

 ゴブリンは何か思いついたのか一つ頷いて、僕を担いだ。

 ゴブリンの肩にお腹が当たって、圧迫されて、つまり、その。


 ゴブリンが気にした様子はない。


 ここで喰わずに、ゴブリンの巣穴にでも連れていかれるのだろう。

 自分が男なことに感謝する。


 そうして、僕は一匹のゴブリンに連れ去られた。



 僕の運命を変えた一つ目の出会いは、ひどくあっけなかった。


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