第41話 マジか

 あれからすぐに鶴亀不動産で格安物件を探して貰ったが、今まで住んでいたところくらいの条件で安い物件なんかありゃしなかった。当然だ、そもそもが事故物件なんだから。

 だけど事故を起こした会社が同等レベルの物件で差額を支払ってくれるというので、亀蔵さんに任せていい感じの部屋を見繕って貰った。差額分って簡単にいうけど大変なことになるぞ。そもそもが安かったんだから結構な額になるに違いない。


 まあ、あの日はクリスマスに旅行したんだと思うことにして、幽霊と二人でホテルからの夜景を満喫した。ちょうど取ってくれたホテルが桟角川沿いのビジネスホテルだったんだ。いい具合に鎖猪瓦公園のイルミネーションが見えたんで、ちょっと二人で散歩したりして。

 部屋に戻って一緒にチキン食べて、飾りつけしてない焼いただけのケーキをちぎりながら食べた。それもなんだか楽しかったんだけどさ。


 いつまでものんびりしていられないんで、翌日は職場に事情を話して数日の休みを貰って引っ越しをすることにした。

 結構気に入ってたのにな、あの部屋。まあ、穴が開いてるんだから仕方ない。再び外庭さんに車を出して貰ってサクッと引っ越しだ。もう、ほんとについてねえ。


 引っ越す前に幽霊が言ってた。『想ちゃんなら、どんな部屋でもうまくやって行けるよ』って。

 違うよ。玲子だから上手く行ってたんだ。いきなり俺一人で住んでたら、絶対足の踏み場もないゴミ屋敷になってた。っていうか、一度なったし。実績残してるし。


 一通り引っ越しが済んで、あの日に買ったセンターラグを敷いたら、なんだかそれなりに部屋っぽくなった。

 だけど、戸棚の中でうさぎとおばけのマグカップが仲良く並んでいるのを見ると、なんだか切なかった。


 近くのコンビニで弁当とビールを買って来て、夕飯にしようとしたとき、ふと、本音が口を突いて出た。


「幽霊の作った夕飯が食べたいな」

『作ってあげるよ』


 やべえ、俺、幻聴が聞こえるほどアイツのことが恋しい。今すぐここに来て欲しい。ずっとそばにいて欲しい。


「マジ、作って欲しいよ。いや、作らなくてもいい、ここにいて欲しい。俺のそばにずっといて欲しいよ、幽霊」

『だからいるってば』


 ……?

 なんか幻聴にしてはずいぶんと生々しいな。生々しい幽霊ってのも変な話だけど。


『約束したじゃん。ずっとそばにいるよって』

「幽霊! お前、なんでここにいんの!」

『だから約束したからでしょ、何を寝ぼけた事言ってんの?』

「だって、なんで? お前、あの家から離れていいわけ?」

『そもそもあの家になんか憑いてないじゃん。一緒に買い物だって行ったでしょ。地縛霊じゃないんだから』

「いや、だけど、お前、ここまでついて来ていいの?」


 ついて来られたくないんじゃないんだよ、信じられないんだよ、なんでお前、俺に憑いてくんの?


『当然じゃない。想ちゃんが五十周年イベントをやり切って自信がついたら、仕事手伝わせてくれるって言ったんだもん。それをずっと待ってたのに、ここで置いてかれたら死んでも死にきれない。それこそ呪って出てやる』


 呪って出るもへったくれも、フツーに憑いて来てんじゃん!


「ってゆーか! これからも俺の仕事、手伝ってくれんの? ご飯も作ってくれて? お前それでいいの?」

『一つ条件があるかな』

「何? 何? 何?」

『玲子ってちゃんと呼んでよ』

「ナンボでも呼ぶよ! 玲子、玲子、玲子!」


 マジか。コイツも引っ越してきてくれんのか、俺と一緒に!


「ほんとにこの先も二人で暮らしてくれんのか?」

『うん、もちろん。だけど、二人は無理かな……』

「ん?」


 ここでなぜか彼女は言いにくそうに壁のシミを見つめた。


『この部屋、一人霊が憑いてるよね?』

「は?」


 と言ったその時だった。バーコード頭のオジサンが申し訳なさそうに壁からすーっと現れたのだ。


『すみませんねえ、私、地縛霊なものですから、ここから動けんのですよ。お二人には申し訳ないんですけど』


 マジかー!




(おしまい)

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うさぎとおばけのマグカップ 如月芳美 @kisaragi_yoshimi

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