20 花森町の夏祭りの日

 花森町の夏祭りの日


「ねえ、どうして泣いてるの?」

 晴が迷子になって泣いていると、戦隊もののヒーローのお面をかぶった淡い桜色の浴衣を着た女の子がそんなことを晴に言った。

「……迷子になっちゃったの」泣きながら、晴はその女の子に言った。

「迷子? お父さんとお母さんとはぐれちゃったの?」

 女の子は言った。

「うん。どこにもいなくなっちゃった」泣きながら、晴は言った。

「そっか。わかった。でも大丈夫。もう泣かなくていいよ。私がきたからには安心して。君のお父さんとお母さんは私が絶対に探し出してあげるから。心配しなくていいよ。もう泣かなくてもいいんだよ」

 そう言って、お面をかぶった女の子は晴の小さな頭を、自分の小さな手のひらで、「よしよし」と言って撫でてくれた。


「ありがとう。お姉ちゃん」

 泣きながら、にっこりと笑って晴は言った。

「うん。さ、行こう。すぐにお父さんとお母さんは見つかるよ」と女の子は言った。


 それから二人は薄暗い、花森神社の境内の中から手をつないで、一緒に歩いて移動をして、たくさんの人たちがいる花森神社の夏のお祭りの、灯りの中に消えて行った。

 それは、もうずいぶんと昔の思い出だった。

 ずっと昔の、晴がまだ小学校に入ったばかりのころの思い出だったと思う。


 晴が泣いていたのは、提灯の灯りと夜空に輝く星と月の光しかない、花森神社の境内の隅っこだった。

 そこにある暗がりに、晴は隠れるようにして、うずくまっていた。(きっと一人になって、怖かったんだと思う。本当の理由は、もう思い出すこともできないけど)


 晴は、その女の子から、笑うことが人を幸せにする。と言う経験を教えてもらった。

 それ以来晴は、ずっと、自分がどんな人間になろうとも、絶対に、自分の近くにいる人を笑顔にできるような、そんな人間になるんだって、そう心に誓ったのだった。(それがどんなに難しいことなのか、当時の晴にはわからなかったのだけど。でも、その誓いは、今も晴の人生を支える大切な気持ちになっていた。簡単にいうと晴は、その女の子から、人を幸せにする気持ちを、人を愛する気持ちを、このときに教えてもらったのだった)


 あの子はいったい誰だったんだろう?


 そんなことを晴は思った。


 今まではなんとなく、あの戦隊ものの仮面をかぶった淡い桜色の浴衣を着た女の子が、仮面をとったその下にある素顔は、きっと斎藤幸なんだ、と晴は思っていた。


 でも、今は、その仮面をとったその下にある素顔は、きっと、……の顔なんじゃないかって、そう思うようになった。


「ねえ、笑ってよ。笑っているほうが絶対に幸せだよ」とお祭りの中で仮面をかぶった女の子は言った。

「うん」そう言って、晴は泣きながら、にっこりと笑った。

 すると、女の子も、にっこりと笑ってくれた。(仮面の上からも、それがわかった)

 晴はそれから、笑うことを大切にするようになった。


 つまり、今の晴になったのだった。

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