19 あなたに愛を

 あなたに愛を


「あなたのことが好き」

 ある日、幸は晴に言った。


 幸は晴に恋の告白をした。ずっと、隠していた自分の思いを晴に伝えた。

 晴は、無言のままだった。

 無言のまま、じっと幸の顔を見ていた。


 場所は、学校の屋上。

 いつもの二人の座る、ベンチの上の席だった。


「……返事はわかっているから、別にしなくていいよ」と幸は言った。

「ただ、私の気持ちに決着をつけるために、晴に自分の気持ちを伝えただけだからさ」にっこりと笑って幸は言った。


 晴は無理に笑おうとしてくれたけど、晴にしては珍しく笑うことに失敗していた。

 そんな晴を見て、幸は、晴のことを好きになってよかったと思った。


「ねえ、晴」

「なに? 幸」

 晴は言う。


「晴はさ、すっごく、すっごく優しいけどさ、みんなをみんな、笑顔になんてできないよ。幸せな人がいれば、幸せに慣れない人もいる。晴の日があれば、雨の日もある。嬉しい日もあれば、悲しい日もある。それが人生じゃん」ベンチの上で、まるで子供みたいに足をぶらぶらさせて、幸は言う。


「それはわかっている」晴は言う。

「でも、それでも俺は、できるだけ、自分の近くにいる人には笑っていてほしいんだ。幸せになって欲しいって、本当にそう思っているんだよ」と青色の空を見て、晴は言った。


「そっか。晴らしいね」にっこりと笑って、幸は言った。

 晴は、昔のまんまだね。ずっと、晴は、私の好きな晴のままだね。

 きっと晴はなにも変わっていない。変わったのはきっと私のほうだ、とそんなことを斎藤幸は思った。


 幸の恋は、実らなかった。

 幸の手は、晴のところにまで、届かなかった。


 晴の伸ばした手をつかんだのは、私じゃない。別の、違う人だった。……ずっと晴の近くにいたのは私なのに、あっという間に、追い抜かれちゃった。


「晴。先に帰って」幸は言う。

「……わかった」

 晴はそう言って、ベンチを立って、「じゃあ、またな」と幸に行って、屋上から一人で出て行った。


「さてと……」幸は言う。

 それから幸は周囲に人がいないことをもう一度だけ確認してから、ベンチの上にうずくまって、そこで、静かに泣き始めた。


 幸が泣くのは、本当に久しぶりのことだった。(……だって、ずっと、晴が近くにいたから)

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