《3》

上がっているのか、下がっているのか分からない。迷路のような道なのに、足は迷うことなく進む。道が私に合わせるように、作り変わっているようだ。

「王様のところへ行こうか」

もう自覚しているのだから、もっと美しい世界に変わってくれればいいのにとも思うが、彼らと過ごしたこの何にもない空間にも、今では愛着が湧いてしまった。

「この子は作るのが難しかったな。最後の生徒だからね。どういう性格にするか、見た目はどうするか、かなり時間がかかった」

「不思議ちゃん?」

「そうだね、浮世離れした存在にはしたかったかな。一歩離れた位置から皆を見守っている、いざとなったら空の上へ羽ばたいていってしまいそうな子だ」

キングもクイーンと同じように、王様らしい格好をしていた。スペードの模様が入った杖を持ち、長く白いマントに身を包んでいる。彼の王冠は派手なものではなく、レースのような繊細な細工が施されていた。

「彼はキングだけど、統治する気も、支配する気もなかった。しかしいざとなれば、それだけの能力はあっただろうね。まぁ彼はそういうのを望んでいないから、やらないだろうけど」

「キングの笑顔を見た時、何か感じていたようだが」

「あれは……まだちゃんと思い出したわけではないけれど、確か……大事な人間が、そんな顔をしていたような気がするんだ。最後に見せた顔が……」

「何も言わなかったけど、予感はしていた。外出を嫌っていたのに食事をしにいったり、急に大事な宝石をくれるし……何か起こるんだと思ったけど、怖くて聞けなかった。だから彼がいなくなった時、やっぱりと思ったんだ。一つだけ後悔しているのは、自分も連れていってと言えなかったことかな」

「……それは、私の記憶?」

「まだ思い出せないのか。ということは、こっちの自分に全てを預けているんだな。もう傷つきたくないのか……拒否しているのか」

「ごめんねと言うべきなのかな、ありがとうかな? ふふ……キングは一人で過ごしているように見えて、皆の会話をちゃんと聞いているんだ。リアクションを取らないだけで。でもキングが関係する会話の時に限って別のことを考えているから、皆キングに用がある時は、まず彼の目が自分を見ているか判断してから話しかけるんだ」

キングは私をここに留めようとしていた。彼なりに皆を守ろうとしていたんだ。やはり君をキングに選んでおいて良かった。



廊下に出ると、世界は白に染まっていた。窓の外も真っ白で、何も見えない。

「ああ……最後になってしまった」

「やはり彼は特別か」

「まぁね。この世界を考えた時、最初に生まれたキャラクターだから。要となる人物だよ」

前から足音が聞こえてきたので、驚いてしまった。

「先生、おはようございます」

一番初めに、彼が私に向かって言った言葉だ。

「知ってしまったみたいですね。そうです、この世界は……先生、貴方が作った世界です。十三人の子供達と、それを見守るジョーカーの物語」

「自分の存在を悪にするなんて、自己評価が丸わかりだな」

「少しややこしいのですが、先生の存在は、貴方の作った話の中ではイレギュラーでした。本来は僕達が主役で、ジョーカーにはほとんどセリフがありませんでしたし、なんなら見た目も決まってはいなかったでしょう。先生という存在が生まれた時、貴方は無意識に話を書き換えた。より刺激的な世界になるようにしたのです。それによってお話の中のジョーカーは消え、過去の自分、まだ思い出していない現実の自分を混ぜた存在がジョーカーとなった」

未だ隣にいる黒い影を見つめる。だんだんと人間の形になってきたが、私はこんな顔をしていただろうか。

「私が人形を作る時は、テーマを決めることもある……が、ここまでしっかりとキャラクターを考えたのは初めてだ。自分が作った物との会話だなんて、恥ずかしくてやってられない。だから初めはただ、作れる範囲で校舎のセットを作り、この子は年上とか、この色が好きとか、そのぐらいしか決めていなかった。この校舎に何もないのは作る気がなかったのと、想像力が乏しいのと……」

「ここに窓があっても外が見えないのは、一階に行っても出口がないのは、貴方がここから出たくなかったから。空間全部が貴方を閉じ込めようと、守ろうとしている」

エースの近くに寄り、髪に触れる。どうしてだろう。彼は、皆は、どうしてこんなに人に近いのだろうか。本当に人形なのか? ここにいれば人間になれるのではないか。

「どうして君達が生きていないのだろう。私の住む世界で、生きていてくれないのだろう。こんなに……愛おしいのに」

青く透き通る瞳に自分が映る。その姿は、思っていたよりも年老いていた。

「全てが貴方の空想だったとは、僕は思えない。今も必死で考えて、この世界に反発しようとしている。こう思うのは、貴方に作られた存在だからでしょうか。僕の感じた幸せや愛は、どこにも存在しないのでしょうか」

エースの頰に触れ、指で拭った。

「私は何度か、涙を流す人形を作ろうと思ったことがある。君でも試した。しかし、うまくいかなかった。人形に感情はいらない、だから美しいと言う人もいたよ。でも私はこんな風に、感情豊かなものを作りたかった」

「僕は……僕が消えたくないと願うのは、貴方がそう思っているから?」

「きっとそうだ。ごめんねエース、沢山悩ませてしまって。この世界はどこまでも私に優しいな……ああ、本当に楽しかった。ずっと話してみたいと思っていたんだ。想像以上に幸せで……素晴らしい時間だった」

「自分が覚えていなくても、体が知ってしまっているんだ。……世界が壊れ始めた。タイムリミットは初めから決まっていたのさ」

ゆっくりと、景色にヒビが入っていく。白い世界は灰色へと変わっていった。

「もう抗っても無駄なのですか、先生……っ」

「……ありがとうエース、私の子供達……」

抱きしめると体が硬くなっていった。彼も人形へ戻ったようだ。

「これで終わり、か」

「……うん、さよならだね。楽しかったよ」

自分の体もだんだんと不自由になっていった。視界が霞み、手足が重くなる。

もしかしてこれが走馬灯かい?

笑って彼に聞いてみても、もう届かない。

最後に夢を見せてくれたものは、神様だったのかもしれない。

「肉体を失っても、精神は残る……君達の魂も一緒に……」



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