《2》

髪に触れると、あの照れた笑みを思い出す。

「ナインは、強い子だね。自分の中の譲れない正義をしっかりと貫いている。この中で一番、純粋に皆のことを大事にしていた」

「最後まで折れない優しさと、強さを持っていた。ナインのような子がそうであってほしいと、願った形だったのかもしれないな」

手を持ち上げると、約束のリボンが現れる。それに触れてから、もう一度小指を絡めてみた。

「ナインは好奇心が強い。一人になると色々な実験を始める。それは植物や生物、それ以外にも、ちょっとしたドッキリというか、いたずらをしかけて、皆がどういう反応をするか見るのが好きだった。彼の仕掛けるものは本当に些細なことで、カップの位置が変わっているだけとか、誰かのノートに紛らわしい数字を書いてみるとか。ナインは期待するんだけど、そんなの皆は気に留めないんだ」

「テンが親友だったのか?」

「まぁそうだね。彼はテンの何を言いだすか分からないところに、結構ハラハラしていたようだけど」

君が必死で抗った勇姿を、私は忘れないだろう。人間を、人形を超えたそれ以上の解を君は示してくれた。私の生徒であることを選んでくれて、ありがとう。



真っ白なドレスに身を包み、手を組んでいる姿は、マリア像のようだった。月の光に照らされ、淡く輝いている。

「外が……」

気がつくと、窓の外には星空が広がっていた。建物などは見えないが、これが私の望んだ景色なのだろう。

「テンは神の子のようだね。私も、彼にはこの空間を癒す役割を与えていた。救済……守ってくれるような。確かに浮世離れしたところはあるけれど、できるだけ普通の少年にしたかった。ゲームが好きなのはナインの影響だ。彼はナインのイタズラも楽しんで、たまに協力していた。皆は気づいていないんだけどね」

「テンは目を閉じていた時間の方が多かったようだが、それの理由は?」

「それは私のシスターのイメージだろうね。祈っている最中の姿で作ったから、そうなってしまった。ああ、そういえばテンの目の色は珍しいんだ。ベースは白に近いけど、金色や銀色にも見える。様々な色を重ねて作った、もう二度と再現できないものだ。その目を見ると、囚われたように動けなくなる……なんてことも考えたかな」

そうか、テンは……彼が祈りを捧げていたのは私の為だったのか。もし君が神だったら、私は素直に信じていただろうね。でも君の愛を他の人間に与えたくないと思ってしまうから、私は罪人になっていただろう。



角を曲がって、更に進む。この空間も気づきにくいだけで、少しずつ形が変わっていたのかもしれない。似たような教室や、薄暗い廊下が増えたり減ったりしても分からない。

「次はジャックがいるのかな」

そう願ったからなのか、その室内には彼がいた。

「……これが、私の目指していた完成形か」

黒いリボンが部屋全体にかけられている。その中心にいる彼は、大きな黒い翼を生やし、リボンで体を固定されていた。引きちぎれた服の間から見える素肌にも、黒いリボンが縫い付けてある。

「色々な服を着せてきたが、空間まで飾りつけたことはなかったな。あまり写真には興味がなかったし……。まぁこういう演出もたまにはいいのかもしれない」

足元には白と黒の羽が落ちている。天使が堕ちて、悪魔に染まった色か。

「ジャックは、人には見えないものが見えていた。幽霊というか、彼自身が作り出した架空の生物だ。それを愛でるでもなく、ただ観察していた。そんなことも影響してか、ホラー好きになった彼はこのような性格になったわけだ」

「案外素直というか、素のジャックは割と普通の奴だったな」

「彼は人からどう見られているか計算しているし、他人の事もよく見ている。誰が今場を支配しているかとか、あの二人の関係性が悪くなったとか、そういうものにすぐ気がつく。ただそれを指摘するでもなく、どう自分が立ち振る舞えば面白いかを考える」

自由に見えて、案外囚われることを望んでいたのかもしれない。もう飛べない翼でみっともなく羽ばたくよりも、美しく飾りたかった。

天使を閉じ込めて、黒に染めてしまうほど罪深い愛を、君は受け取ってくれるだろうか。


いつの間に用意したのだろう。大きな赤い椅子に座っている姿は、どこから見ても女王様だ。

膝をつき、白い手に唇を近づける。

「これで満足かな、クイーン」

服は更に豪華になっただろうか、赤いヴェールが床いっぱいに広がっている。

「登場頻度が高かったな。初めからそんな設定だったのか?」

「いや、初めはミステリアスで、どこか一線を引いている、そんな子だった。虎視眈々とチャンスを狙う、隠し球のような存在だったのに……ここまでお喋りな子は珍しいね。いつ変化したのかな」

「彼の言う愛は、一番になりたいということだろう? 何においてもトップでなきゃ満足できない女王様だ」

服につけた宝石が光に反射した。彼は本当にこの服を気に入ってくれていたのだろうか。

「この子の本心は私にも分からない。もっとシンプルなのかもしれないよ。ただかけっこで一位を取りたかったとか、そのぐらいの気持ちかもしれない。クイーンが好きなのは、自分がからかいやすい人だ。苦手なのはからかいにくい人、エースとかね」

「ライバル視していたのか」

「まぁそれもあるだろうね。初期設定から一番変わったのは彼かな。自分でも予想外の動きを沢山してくれた。ちなみにクイーンの趣味にガラス瓶を集めるというのがあって、一番は香水瓶が理想なんだけど、なかなか綺麗なガラス瓶が手に入らない。入手が困難だよね。その辺に捨てられているのはもう割れていたり、傷が入っているだろうし。家族のを貰うにしても、香水はなかなか使い切れないからね。待ち時間が長い。そんなことに痺れを切らしたクイーンは盗みを働くんだけどね……母から盗んだ瓶を飾ってみても、満足はできなかった。そっちの、盗みの方が楽しいことに気づいてしまったんだ。それから瓶集めはやめて、人の物を盗み出すようになるんだけど、一回手に入れたらすぐに戻すんだよね。それは盗みというのだろうか? という感じだけれど。いざとなったら皆の物をいつでも盗めるんだという経験が自信に繋がっている……というのもあったけど、元々の性格が一番大きいだろうね」

少し曲がっていた羽を直して、笑いかける。

「ってこんな話をしていたら、君に怒られてしまうかな。心配しないで。君の素敵なところは沢山知っているから」

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