blue rose

今にも外れそうな床を慎重に歩き、部屋の中まで移動する。

これから目にする光景を想像すると気分が悪くなったが、暑い日でなかったことはまだ幸いなのかもしれない。

老人が自分の身を起こせず、床に就いたまま衰弱死だなんてよくあることだ。それだけに想像しやすい。

「自殺だったのかもしれませんよ」

頭の茶色い男が横からひょっこりと現れた。

「家の中にね、食べ物が一つもないんです。ゴミすら見つからない。もうダメだと思って力尽きたのではなく、自分からこれを選んだような感じがしません?」

「結果的には同じだろ。時間の問題だ。多少早くなる程度」

「僕はこのおじいちゃんから覚悟みたいなものを感じますけどねぇ」

無視して人が多い室内へ体を潜り込ませた。聞いていた通り、凄い数の人形だ。全て手作りなのだろうか。

「人形って聞いてたから怖いイメージだったんですけど、意外と顔は可愛いですね。ほら、昔のフランス人形とか不気味じゃないですか。それに比べるとこっちは目が大きいのかな? 今時の感性ですよね。あっちの方の国とか、こういう顔した子供いますよ」

確かに古い豪華なドレスを着ているイメージがあったが、現代で流行っている服を着ている人形もある。

「うわぁ……ちっさい靴ですね。ほら、ベルトまでちゃんと作ってある! こんなブーツ、僕も履きたいなぁ」

再び無視して、例の人物のところへ向かった。

「……っ」

体は痩せ細り、険しい表情をしていたが、腕から離さないようにしっかりと人形を抱いていた。周りにも数体並べてあるが、この人形が一番価値があるものなのだろうか。

「これだけある人形達はどうするんですかね、捨てちゃうのかな」

もっと悲惨な光景も見てきたはずなのに、今回は妙な感じがまとわりついて離れない。古傷が痛むような、じわじわと襲ってくる何かを堪える。辛いというより、寂しいに近い。

「……どうしたんですか」

「分からない。こんなの……初めてだ」

深い沼の中へ引っ張られるような感覚。その中は意外と暖かく、受け入れてしまいそうだ。

「呪われちゃったんじゃないですか」

何て事を言うんだと怒ろうとしたが、周りには聞かれていなかったようで、口を閉じる。

「恨むだけじゃなくて、他人の感情を揺さぶるのも呪いになるのかもな。同情というのもまた違う……これは」

一つ思い当たるものがあったが、気恥ずかしくなったので黙った。

「何ですか?」

「いや、なんでもない」

こんな古い家で、あんな光景を見た後なのに、どうしても人形達が不幸には見えなかった。それどころか、彼らが幸せそうに笑っている顔を見て、羨ましいと感じてしまった。

「人形か……」

「一体数十万はするらしいですよ」

「買うとは言ってない」

「貰っちゃえば?」

「バカ」

再び部屋に戻ると、何かが光った気がして、そちらへ顔を動かす。

人形の青い目が自分を捉えて、離さなかった。

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