第15話 13日目

 誰もがその裡にたちのぼらない欲望を隠し持っている。

 すべてが明かされることはない。

 強い流れが他を飲み込み、さらに強く太い流れとなって圧倒する。

 息をするのももどかしい。

 考えなど億劫だ。

 …む

 そもそもなにを押しとどめる必要があろう。

 ただ、ありのまま。あるがまま。

 そむ。

 やりたいこと。欲しいもの。求めるもの。あるのならば、取りに行けばいい。障害など排してしまえ。そうだ。壊して。奪え。取り込んで、塗り込めろ。ひとつになるのが、いちばん心地よいのだ。

 そむ。

 荒れる。乱れる。塗り込められる。

 そむ。

 欲動の権化なり。

 そむ。

 大海のひとしずくの云い。

 そっと。

 でも力強く。

 メルス。

 そっと。

 触れ合う。

 そっと。

 確かめて。

 握りしめる。

 なるほどこんなにもぬくもりが。

 つながれば。つながるほどに。

 強さとなる。

 光が。

 溢れ。

 闇が、混濁が、晴れた。

 光輝を放つメルス。

 導のように。

 メルスの無事を確かめられずにはおれない。

 メルスのほとばしりがつたってくる。

 ふるえるほどに。

 壊れそうなぐらい。

 柔らかく。

 繊細に。

 なぜこんなにも。

 溢れるのだろう。

 こぼれるほどに。

 合わせあう。

 そむ。

 メルス。

 言い合う必要などなかった。

 きっかけなだけ。

 互いの。

 息づかいが。

 そこにあると。

 いた。

「そむ!」

 濡れそぼったメルスが心配そうに俺を覗き込んでいる。ひどい顔だ。たぶん俺もだろう。滴り落ちた雫が涙のようで。


 歪んで揺らいだ。


 犬だ。汚らしい子犬。

 メルスではない?どこにもいない。カケラすらない。

 俺をペロペロ舐めている。

 くうーん。くうーん。

 瞳は純真で汚れがない。だからといってメルスという保証はない。

 犬は寄り添ってくる。

 メルス!メルス!

 とんと応えはない。

 湖のそばで、俺を囲うように丸まってうずくまる。

 くうー、くうーっ…

 いびきをかきだした。

 まあいい。つきあうよ。

 ポツポツと雨滴が当たり始め。

 本格的に降り出す。

 ザアッ。

 風邪をひくぞ。

 守るように。頑なに。

 子犬は動かない。

 稲光が轟いた、否、咆哮だった。

 空からドス黒いキメラじみた怪物が複数舞い降りてくる。

 研ぎすまれたキバとツメをぬらぬらさせて。

 気が気じゃなかった。

 何してる。逃げろ!

 うんともすんともしない。

 キェー

 口から稲妻を吐き出した。

 高速で繰り出されるツメ。

 子犬が。

 吠えた。

 糸のように細い切れ切れだったが、どこまでも果てまで届くようだった。

 怪物がたじろぐ。

 さらに吼えたてる。どこにそんな力が備わっていたんだというくらいに。

 怪物たちは子犬のまわりを遠巻きにぐるぐる回り、盛んに暴れていたが、子犬の守りに諦めたのか、散々悔しがって天へと還っていった。

 くうーん。

 チロチロ舌を出し舐めてきた。

 晴れ上がりとともに、曙光が差し込み、子犬が浴びると、

 揺らぎ、

 そこにメルス。

 天を見上げてる。

 うけとった。

 何を?

 くらやみ。

 !そんなもの、受け取っちゃダメだ!

 ひかりがくわえてもっていってくれたよ。

 そ、そうか。

 ゆるした。

 小鳥たちが囀っていた。ひかりが舞待っていた。風が撫でてくる。

 ねえ。

 うん?

 どこいく?

 街に。村でもいい。まずは人の輪に加わるんだ。

 うん。

 俺は大事に大事に布袋へ。

 ふたりはさらに森を分け入っていった。


 道道役に立ちそうな植物を摘んでゆく。

「これ!きれいだけどあぶない」

 ふんすんとしたり顔のメルス。

「きたないもあぶない!」

 いくつかをレクチャーしたのだが、どうしたことか、珍しいのや、極端なのばかり覚えてしまった。しかしながら飲み込みが早く、ツボをしっかり押さえている。ヘチマが水を吸うが如くどんどん吸収するのも美点ではあるが。

 俺よりも早く見つけ、俺にレクチャーしてくるのだ。

 歯がゆい。こそばゆい。悔しさがある。

 いつのまにか、メルスを下に見ていたんだな、と。

 それは驕りではないか。

 何をそれこそだが、メルスには見習って欲しくない。

 そむ。きれいはあぶないのがおおい。だめなの?

 それは危ない本性を隠すための隠れ蓑でもあるときがあるんだよ。

 めるすもかくしてる?

 メルスはありのままだから何も心配しなくてもいい。…まあたまには隠してくれてもいいかな?

 じゃあかくす!

 下半身の大事なところを摘んでいた薬草で隠す。

 そこか?

 ここ、きれい。きたない。あぶない。

 あー。確かにな。

 ここ。しーっ!

 人差し指を立てる。

 なんともいえない一場面だった。


 樹々の葉の隙間からのんびり雲が流れている。

 差し込む光を受けて宙に浮かぶ粒子が輝き、瞬く。

 深緑の匂いが立ち込める。

 ふたりは淡々と歩みを進めた。

 ここまで道らしい道には出ていない。

 あの小屋も道はついてはおらず、行き当たりばったりで今の地点にいる。

 メルスは蝶々を目で追っている。

 その心中は読めない。

 読ませないというより、読めないのだ。

 靄がかかっているわけでもない。

 混乱しているわけでもない。

 無我の境地?

 俺はついぞ体得できなかった。

 メルス!今何を考えている?

 ふみゃ?

 寝ぼけ声だった。

 なごんだ。

 そのままでいい。

 変わらずにいてくれ、というのは果たして罪だろうか。

 メルスには宗教でいうところのはじめのけがれがない。持っていない。

 あれは神のみわざかはわからないが、創造される点ではメルスは何もかもが新しくなった。

 元の因子は洗浄されて引き継がれている。

 メルスは制約から外れた、何者にも縛られない存在だ。

 外れないよう、見守っていきたい。見届けたい。

 愛のようなあたたかみはあるが、父性愛のようなものだと受け取っている。

「う〜」

 ?なに?

「ソムからよくないのを感じる」

 だからなに?

 う〜!

 しばらくメルスはご機嫌斜め。


 川に出くわしたので一休み。

 河原でメルスは水をすくい取り飲みつつ、手頃な岩に腰掛け、採りためたナッツ・ベリー類を嗜んだ。

 もともとがつがつ食い意地を張る性ではなかったのだろう。

 ベースとなった少女が影響しているのかもしれない。

 気品と上品さが醸している。

 ソムもいる?と聞いてきたが、謹んでお断りした。

 このお食事タイムを利用して。

 さて、と。

 村、ないなあ。

 人、いないなあ。

 ここってホントどこら辺なんだろう。

 確かめようにも情報がない。

 手がかりがない。

 お手上げだ。

 未踏大地だったらどうしようと不安になる。

 メルスは全くこれっぽっちも気にしていないようだが。

 まず自分の見知っている世界かもわからなくなってきた。

 見聞したものが少なすぎる。

 知識の倉庫に大体の地図、地形は入っているのだが、いずれもヒットせず。

 こちらからは今の所知りようがないのだ。

 ならばあとは教えてもらうしかない。

 言葉と知性を持ったものに出会うしかない。

 こちらからここにいるのをアピールしてもいいのだが、どんなのが引き寄せられるかわかったもんじゃない。

 こちらからは全く選べないというのが最大のデメリットだ。

 これまでの経緯で、メルスには疑うというのがない。

 よけれ、悪けれでもある。

 ちゃんと、しっかり、じっくり教えこまないといけない。

「ほー。ほー。ほー」

 メルス。何を始めたと思ったら、フクロウのモノマネだった。

 夜だ。

 もう、いつのまに。

 13日目続く。

















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