第14話 12日目

 地を駆け抜ける風と、ふりそそぐ和らがな日差し。

 見知らぬ土地、いつともしれぬ刻。

 旅ははじまる。

 ここは小川沿いの居屋だった。覆い隠すようにひっそりと森が続いている。

 どこへ行こうか。

 先立つものは路銀だが、かき集めても銀貨15枚ほどだった。とても渡り歩いてはいけない。

 ひとしきり考え、

 メルス。歩く道すがら、俺が指示した植物をとっていくんだ。間違えてはいけないよ。

 カザル。キレイ。

 いや、集めて街で売るんだ。お金になるんだよ。

 ヤクニタツ?

 そうだ。長く生きていくことができる。

 イキタイ。ナガクイキタイ!

 うん。なら、そろそろ歩き始めようか。みちみち草や花は摘んで行こう。

「おはなし!」

 在りし日の学院の日々が想い起こされた。

 めっぽうおはなしを摂っていたものだ。

 夜が更けるまで読み耽った日は数知れず。

 苦楽を共にし、幾度となく慰められてきた。

 冒険心を育んでくれた。

 物語というより、知の広がり。想像の不死鳥。

 ゆかりの地に実際に訪い始めたのはいつ頃からだろうか。

 確かめたい、試したい知は増していき。

 立ち位置を見定めてみれば探検家になっていた。

 物語を綾なし語られていく側に回ったのだ。

 現実に動き、触り、肌で受け取り。

 駆けまくり、駆け抜けて。

 未だ見ぬ地へと足を踏み入れていた。

 大いなる野生と自然の洗礼。

 手探りで探索を繰っているうちに。

 意識に斜がかかったのだ。

 今日へと至る穴あきミッシングリンクだ。

 それはもういい。

 語りたいおはなしはあれもこれもある。

 まずは魔法で変えられてしまった少年の話をーーー

 森は誘っている。祝福されている。

 そう。少女。森で希望と不思議を見出す女の子の話からはじめよう。

 メルスは俺を腰の布袋にごめんねと入れるとごきげんに歩きはじめていた。

 メルス。聞いてくれ。とある森のあばら屋にこの世で最も不幸な少女がいたんだ。でも、少女はそうは思ってはいなかった。なぜなら少女には、譲らぬ信じられるものがあったからだ。それはーーー

 少女は楽しそうに、嬉しそうに、そして希望を持って耳をそばだてる。この子も信じている。先のことを。乗り越えようとするチカラを。

 三つ、四つは話しただろうか。垂水の冠の蛇の小王女が虚空の絶島にて鵬珠の片割れから孤独の呪いをかけられ、絶望の病からなんとか立ち直ったところ、その口から忘却の金糸を少しづつ紡ぎだしたくだりで影が出迎えた。

 影は影を呼び込むという。

 立ちふさがるはかつての俺ーーーなんでもできるといきがっていた俺。剣をーーー

 前転して前に出ろ!

 弾かれるようにメルスは前に転がる。

 走れ!

 下草に足を取られながら走りに走る。ハアハア息を切らせて。

 ナニ?

 よくないものの集まり。捕まると嫌な目にあう。死んじゃうかも。がんばろう。

 アレハムカシ。フルイ。

 そう言って駆け出す。

 闇雲に走っては疲れるだけだ。

 光。なるべく影の差さないほうへと。

 俺の影の動きは鈍い。有無を言わせない威圧感がある。俺たちとは違う種類の、生の脈動がある。

 小川に出た。流れは昏い。

 下っていくか。

 メルスは物珍しそうに見ている。

 ゆるやかに傾斜していた。

 急ぎ下り降りる。

 ふとよぎった。

 いつまで逃げればいいんだ?勝ちはあるのか?

 立ち止まって対峙したほうがよくはないか。

 ふるふると水を湛えた湖が現れた。

 底がキラキラ輝いている。

 数えきれぬ財宝だ。珍しい品々もある。

 メルスもしげしげ見入っている。が、不快な顔をし、プイッと背けた。

「きれいなのにきたないよ」

 邪な魔法だ。幻覚か。ここも危険か。

 待てよ。魔法と魔法が出会い、お互いに作用しあって、それから…だめだ、都合が良すぎる。

「はなす?」

 説得が通じる相手でもないだろう。

「はなしたい」

 メルスは頑なだ。決意を秘めたまなじりをしている。

 危険だ。とても認められない。

 なぜ。

「もっとそむのことをしりたい」

 君が君じゃいられなくかもしれないんだよ。無くなってしまうかもしれないんだ。

 俺は耐えられない。お願いだ。

 しばらくメルスは下を向いて考え込んでいた。

「わかった。でも」

 でも?

「きた」

 前には影。後ろには湖。

 ヤバい。

 ゆらゆら揺れるどす黒い欲望は分断する意思を振りかぶって。

 メルスは避け損ない、脚に掠る。黒い痣が残る。苦痛に顔を歪ませる。

 影は刃を返して横に薙ぐ。これは今さっきの痛さに尻餅をついて避ける。そのまま横転。

 相変わらず動きは愚鈍だが、怪力さがハンパない。余計なことは考えない。

 メルス。相手の動きをよく見て…

 かはっ。

 吐血する。

 しながらも。

「そむのこと。しりたい!」

 人外の動きで回り込んだ。

 そのまま。

「しりたい!」

 抱きこんでしなだれかかり湖へ、ダイブ。

 メルス!

 ぶくぶく、ごぼがぼ。

 溶けてゆく。想いも、カラダも、なにもかも。

 影が重なる。かたちを持たせられない。怒りが、おごりが、衝動が、なだれ込んでくる。

 苦しそうだ。あちらこちらへ伸びようとして、激しくもみくちゃに暴れ、あたりかまわず取り込みだす。

 どす黒い激情。

 負のオンパレード。激流、奔流、濁流。

 メルスも翻弄し。

 俺の意識もカクテルされ、だんだんとカオスになり見分けがつかなくなり。

 12日目終わり。

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