第8話

それから、二、三日が経ったころだ。


新聞の地方欄に、遺体発見の記事が載り、全国ニュースの後のローカルニュースで、殺された母親の、氏名と顔写真が公開された。


ついに怖れていた出来事が、来るべくしてやって来た。


小学生の子どもたちが、このニュースが実際にテレビで流れているのを、どれくらい見たのかは分からない。


この母親の子どもは、以前まで不登校気味であったのに、俺と暮らすようになってからは、きちんと登校し、教室の他の子どもたちとも、ようやく馴染み始めたタイミングだ。


どうしてこうも世の中というのは、真面目に生きようとする人間に対して、かくも厳しく接するのであろうか。


誰かがひそひそと、噂話を口にする。


ひとつ肩を動かすたびに、周囲の視線が鋭敏に反応する。


そんな環境下で、子どもの心がまともに育つわけがない。


「先生、ごめんなさい。学校に行きたくない」


「うん、分かったよ。じゃあおうちで、ちゃんとお留守番できるかな?」


子どもは素直にうなずいた。


仕方がない。


今の俺には、この子にしっかりと寄り添い、守ってやることだけしか出来ない。


俺には、そんな世間に立ち向かう術を、持ち合わせていない。


退屈しないように、ゲーム機と最新ソフトを買ってやる。


彼の望んだ漫画や書籍も、数十冊購入した。


遊んでばかりではダメだと約束をさせ、学校で配る予定の宿題プリントを、彼にも他の子どもたちと同じように印刷して渡しておく。


情けない。


と、思う。


俺に出来ることといえば、こんなことぐらいでしかない。


それが現実だ。


俺は彼を家に残して、いつものように学校へ出勤していく。


色々と買い与えてやったことも功を奏したのか、子どもはすっかり両親にも懐き、一緒にゲームをしようと、ゲームなんて生まれてこのかた、一度もやったこともない二人を誘っては、困らせていた。


「おいおい、あんまり無茶をするなよ」


「はーい」


確かに俺が守ってやるとは約束したが、この状況に甘んじて、楽しんでいるようにも見える子どもに、ため息がでる。


いや、違う。


そうではない。


表面上はそう見えるだけで、実際には彼の心が、今とても苦しんでいることに、間違いはないんだ。


そのうわべをとりつくろう健気さがかえって、俺の気を引き締める。


しっかりしなければ。


「登校はしなくていい。ちゃんと先生が守ってあげるからね」


子どもはゲーム機を手にしたままこちらを振り返り、一度うなずく。


俺は玄関の扉を閉め、鍵をかけた。


爽やかな朝の光と風が、さっと通り抜ける。


植えたばかりの若木が、さらさらと音を立てていた。


その声は、俺にもっとちゃんとやれ、しっかりしろと圧力をかけてくる。


握りしめた拳を、さらに強く握りしめた。


俺は外界へと足を踏み出す。


その日の夕方のニュースは、彼の父親が、容疑者として逮捕されたことを伝えていた。

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