第9話

それから数日が経った放課後の校長室、俺は再びそこに呼び出されていた。


「子どもさんの様子はいかがですか?」


前回と同じ刑事二人が、俺に尋ねる。


「えぇ、今のところは落ち着いています。登校は出来ていませんが、大人しく家にいて、うちの両親が面倒をみてくれています」


逮捕された父親には、以前からDVの傾向があり、事件発覚以降行方をくらましていたのが、昨夜警察によって確保されたらしい。


取り調べは、これから始まる。


「子どもさんの今後のことですが、亡くなった母親のご実家が、保護を申し出ていまして」


「分かりました。それとなく子どもには、説明しておきます」


「先生のご厚意には、感謝いたします」


刑事のうちの一人が、ちらりと俺を見上げた。


その視線に対し、俺は責任感に胸を張る。


今日の夕飯は、あの子の好きな唐揚げにしよう。


近所でおいしいと有名な、お肉屋さんの唐揚げを買って帰ろう。


それが俺の使命だ。


今夜も我が家では四人で食卓を囲み、全員がすっかり打ち解けた様子で食事が進む。


「先生、今日はね、先生のお母さんが、やっと中ボスのところまでいったんだ」


子どもの楽しそうに話す様子には、心が和む。


両親もきっと喜んでくれているにちがいない。


俺はそうかそうかと、彼の話に耳を傾けながら、刑事から言われた引き取りの話しを、どうやって切り出そうかと考えている。


ピンポーン、突然玄関の呼び鈴が鳴り、俺は慌ててインターホンに出た。


「はい、なんでしょうか?」


モニターの画面に写っていたのは、あの刑事たちだった。


「あぁ、突然来られても困ります。刑事さんがうちに来るなんて、子どもの気持ちも、少しは考えてください」


俺は台所を振り返った。


すっかり怯えきった子どもの、茶碗を持つ手が震えている。


ここで刑事と顔を合わせるわけにはいかない。


「子どもの引き取りに関する件は、こちらから話しをしておくと、お伝えしましたよね。突然尋ねてこられて、子どもを渡せと言われても、そんなことは出来ませんよ」


こちらの都合やタイミングも考えることなく、突然現れるだなんて、気が利かないにもほどがある。


「僕は教師です。一般市民の役目として、もちろん警察に協力する義務もあるし、そうしたいと思ってはいますが、それ以前に僕は教師なんですよ? 世間体よりも何よりも、守らなければならない、大切なものがあるんです」


子どもは手にしていた箸を放り投げ、彼の自室と化している部屋に駆け込んだ。


かわいそうに、頭まですっぽり布団にくるまって、あれで隠れているつもりだ。


「あなた方のそのような強硬な態度は、僕には全く理解できないし、賛同もいたしかねます。申し訳ありませんが、今日の所はお引き取りください。僕の方できちんと話し合って、ちゃんとしますから」


一方的に通話を切る。


こんなやり方は許せない。


俺のことはどうでもいい。


だけど、傷ついたこの子の気持ちはどうなる?


俺は掛け布団の上から、彼をぎゅっと抱きしめた。


刑事二人が執拗に玄関ベルをならし、大声を出してドアを叩いている。


あんなのは警察じゃない。


国家権力だとかなんだとかいう問題でもない。


それ以前に、人として、人間として、どうかしている。


刑事たちが騒ぐのは、中にいる俺たちに聞こえるよう、脅しをかけワザとやっているのだろうが、うちでかくまっているこの子の存在を、近所に知らせてしまったようなものだ。


何のために俺が保護していると思っているのか。


世間の下劣きわまりない好奇心から、彼を守るためじゃなかったのか?


俺の苛立ちが頂点に達する直前、彼らはあきらめたようだった。


静かになった瞬間、俺は立ち上がって、カーテンの隙間から立ち去る刑事二人の背中を確認する。


「もう大丈夫だ。あいつらは出て行ったよ」


俺は、盛り上がった布団の塊に向かって、しゃべっている。


「先生があいつらを追い払ったんだ」


気分が悪い。


今日はもうこれ以上何もする気が起きない。


テーブルの上に残された食器をそのままに、俺は二階に上がった。

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