第二十話 道場大根

「ここか?」


 オレの前には、立派な門構えが見える。

 ここは浦和。住宅街の一角だ。

 現代的な、よくも悪くもどこにでもありそうな家が立ち並んでいる。

 暇な会社ならではの定時退社を果たしたオレたちは、東雲の案内でダンジョン講習会をやってくれるという東雲の知り合いのところに向かった。

 ただいざついてみると、少しばかりイメージと違う。

 オレの疑問に、私服姿に着替えた東雲が言う。


「ここです。御堂会道場」


 相変わらずの無愛想で言ってのける東雲だが、オレが言いたいのはそうじゃない。

 

「…本当に、ここでダンジョン研修が受けられるのか?」


「そうですよ?」


 その顔には、なんの疑問もない。これを見ても、全く違和感など感じていないらしい。


 その反応もちょっと違うんじゃないかな?


 オレはまた手元のスマホと、目の前の建物を見比べた。

 ここはなんの変哲もない住宅街だ。少しばかり昭和臭のする古い家が多い。

 そんななかでオレの目の前の建物は、明らかに異彩を放っている。

 洋風の家々の中にあって、突然現れる漆喰塀。屋根瓦。時代劇に出てきそうな観音開きの城門のような玄関。

 その横に、仰々しくも達筆な文字で『御堂館道場』と看板が掲げられている。なにこれ。


「…どう見ても、ダンジョンのイメージじゃないんだが」


「仕方ありません。ここはもともと道場で、そこから派生してダンジョン研修を始めたところですから」


「…本当に、電話予約とかいらなかったのか?」


 明らかに門構えが違う。

 夏前、午後6時。まだまだ夕暮れに沈む街の中、門は開け放たれ、訪問者を歓迎しているように見えるが、明らかに中から圧迫感が発せられている。

 伝統とか、ああいうのを重んじるアレだ。格式とか、一見さんお断り的なアレだ。

 え、オレがここ入るの?

 

「先輩、なにしてるんです?」


 オレが中に入れないでいると、東雲がつかつかと先に行ってオレを振り返る。

 おいおい。


「お前、物怖じしないな…」


「昔から通ってますから」


 それだけ言うと、上がり框に上がってスリッパを出してくれた。そこまでしなくても。


「ありがとう、それにしても、まあ…」


 見かけだけかと思えば、内装もすごいものだ。床も天井も板張り。壁は土壁。扉は障子や襖。まるでタイムスリップしたような気分になる。

 大抵、こういう建物は入った途端埃っぽさが気になるものだ。実際維持しようと思えば、かなり手間をかけて掃除しないと、最近の建物のようにごまかしがきかない。少し怠れば、それこそすぐわかる。

 ところが、入ってみてもそんな気配は微塵もない。

 床の光具合や、壁の具合からして、家主がこまめに掃除しているに違いない。


「…ここ、道場としてもまだ機能してるのか?」


「ええ、今日ももう少し経つと夜の門下生が来ます」


 東雲は近くの襖を開けて、するすると進む。思っていたより広い。

 歩くその背筋はピシッとしていて、普段もそうだが隙がない。

 だがここの門下生だというなら納得だ。なんというか、こっちまで背筋を正される思いだ。こんなところに来るのは大学のサークル時代以来だ。


「…なんていうか、イメージと違うな」


「なにがです?」


 思わず小声になってしまったはずな呟きに東雲が反応する。そんな過敏に反応しなくてもいいだろう。


「…いや、ほら、探索者ってもっとこう、…なんつうんだ?」


「…不真面目ですか?」


「あー、まあ、そうね」


 もっと言ってしまえば、はっちゃけたイメージ、というのか?

 ヒャッハーなイメージだった。

 実際、たまに街で見かける『探索者』は、わりかしそんな感じだ。前にファミレスで夕飯を食べていたら、そんな感じの連中が店員に絡んで迷惑をかけていた、

 だが、ここは明らかにそういうものとは違う。

 考えてみれば、ダンジョン探索が趣味だという東雲も、全くそういう感じではない。なんというか、触るとキレそうな感じだが、基本的には礼儀正しい。ここならいつもの東雲も納得だ。

 そんなことをぼかして言えば、なぜか東雲がうつむいてきた。

 本人はこれくらいなら気にしない質なのだが、珍しい反応だと思う。前に同僚に言われて鼻で笑ってたのだが。

 しかし、これなら期待できそうだ。


「でも、こういう雰囲気ならいいな」


 オレがあまりダンジョン云々に興味がなかったのは、そういうイメージもある。しかし、こんな真面目そうなところもあるのなら、少し考えを改めないといけないだろう。


「…そうですか」


 そんなことを言ってみると、東雲はなぜかホッとしたように表情を和らげる。


「なんかあったのか?」


「いえ、気にしないでください。…ああ、幸子」


「あれ? どうしたの、紀子」


 そう言って東雲がまた歩き出そうとすると、オレの後ろに声をかけた。

 声が上がった方を見れば、東雲と同い年くらいの若い女が、いつの間にか立っていた。会社帰りか、スーツ姿で、東京あたりのOLといった感じだ。


「…ダンジョン講習の受講希望者よ」


 そのOLを見てなぜか苦々しい顔になった東雲とは対照的に、幸子と呼ばれた女は一瞬驚いた顔になると、途端にニヤニヤした笑いを浮かべる。


「ふーん。なるほど、なるほどね」


「…なにか?」


 なぜかジロジロみられた訳を尋ねれば、幸子という女は大げさに肩をすくめてみせる。


「いえいえ。大したことではないですよ。…それにしてもあんたは…」


「…うるさい」


 東雲の友人、なのだろうか。気安い感じで近づくと、女同士特有の内緒の会話を始めてしまった。オレはしばらく置いてきぼりだ。


「…いやー、失礼しました」


「いえ、お気になさらず。…それより、大丈夫ですか?」


「これくらい、なんてことありませんて」


 あっはっは。


 そう言って腹をさすりながら明るく笑う女、名前を御堂幸子というらしい。

 東雲の友人で、なんとここの道場の娘さんなのだとか。


「ですが、そのー、あー…」


「このくらい気にしてたらやってられませんよ?」


 そう言って明るく笑うのだが、本当か?

 オレが元凶の東雲を見れば、そっと目をそらされた。

 オレが気にしているのは、さっきの会話の切り上げ方だ。

 御堂さんが何か言い、東雲がどんどんうつむくというのを繰り返していって、そろそろまずいんじゃないかと思っていたら、東雲がおもむろに肘を御堂さんに繰り出したのだ。あれはいい角度で入った。オレなら悶絶する自信がある。

 その当の本人は肘の入った場所をさすりながら、気にした様子もなく言う。


「さて、それじゃご案内しますか。ダンジョン講習のほうなら、じゃあまずは姉さんの方ですね」


「…やはり道場でやられてるんですか?」


 なんというか、改めて本人から言われると不思議なものだ。こんな立派な道場でダンジョン講習なんて聞くと、変な感じがする。

 オレの疑問がおかしいのか、御堂さんはクスクス笑う。


「今時剣術道場なんて流行りませんよ。前まで潰れかけててどうしようかって一家で頭抱えてたくらいなんですから」


「は、はぁ…」


 そんなことを明け透けに言っていいのか?


 オレの戸惑いもなんのそのと言った感じで、御堂はスタスタいってしまう。オレはついていくのでやっとだ。この女、足が速い。東雲はオレの後を不機嫌そうについてくる。その間も御堂は、実に上機嫌だ。


「まあ、今は色々と便利になったおかげで、結構潤ってますよ」


 そういう御堂の笑顔が、なんとなく怖く見えた。

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