第二十一話 講習大根

 御堂に案内されて奥に行くと、看板がかけられている部屋が見えてきた。

『ダンジョン講習会会場』。

 和紙に毛筆、達筆な文字で書かれている。

 中は畳に文机が並んだ畳敷きの広い部屋だ。


「ここで待ってて姉さん、呼んでくるから」


 それだけ言って、御堂は部屋を出て行く。ひらひらと手を振ってでていく様子が、この部屋の雰囲気と合っていない。

 なんというか、つくづく場所と雰囲気が合わない場所だ。

 それに流れるように消えてしまったため、根本的なことを聞きそびれた。


「そういえば、あの子? は、お前のなんなんだ?」


「私の幼馴染です。ここの師範代ですね。すみません、自己紹介もせず」


「まあ、それは良いんだが…」


 なんか怖そうな人だな、とも言いづらい。

 適当に話題変えるか。


「ここって、どういう経営やってるんだ?」


 たしかに御堂本人が言うように、今時剣術道場が繁盛してるとは思えない。それにしても明け透けだったが。

 これから世話になるかもしれない所なら、いくらか聞いておきたい。

 オレが言うと、東雲は少し悩むように首をかしげる。


「…幸子は、あんまり経営とかには関わってないので、あまり間に受けないでください。実際の経営関係は、お爺さんと、彼女の姉と弟が頑張っています。その辺は大丈夫ですよ」


「…へえ。やっぱり、この道場古いのか?」


「昔、御堂勘兵衛がこの辺りで開いた道場だそうです。年数だけなら200年くらいだとか」


「そりゃ、また…」


 随分気合いの入った道場だ。

 そんな所でダンジョンについてやるのか?


「キーちゃん、そんな古い話しないでくださいよ?」


 ますます首をかしげていると、唐突に後ろから声がかかった。

 思わずびくりと振り返れば、さっきの御堂幸子を落ち着けたような雰囲気の女が、ファイルを持って立っている。


「初めまして。あなたが、『ダンジョン初心者講習』の受講希望者さんですか?」


「はい、そうですが、あなたは?」


「申し遅れました。私が講師の御堂光子です」


 この道場の連中は、後ろから来ないと気が済まないんだろうか?

 オレは色々と怪訝な表情を浮かべていたと思う。

 そんな疑問は思うが、そう言って丁寧にお辞儀する御堂光子の所作は綺麗だった。これで格好がスーツなら、いい感じの営業マンだ。そう、格好が剣道着でなければ。


「…えーと、ダンジョンの講習の話、で良いんですよね?」


 まるで今にも道場の入門案内だがでもされそうなんだが、間違ってないんだよな?

 そんなオレの表情でも読んだのか、御堂光子は小さく笑う。


「大丈夫ですよ。キーちゃんの紹介で、うちの『ダンジョン講習』ですよね?」


「そうです。…その格好は?」


「それはこれからご説明します。キーちゃん、ちょっと悪いんだけど、お茶頼める? 幸子、雲隠れしちゃって」


「わかりました。先輩、ちょっと失礼します」


 オレに断ると、東雲はするりと外に出て襖を閉めていった。

 なんであいつは人の家でお茶を入れているんだろうか?


「キーちゃんは昔からうちに通ってましたから、家のことも色々手伝ってもらってるんですよ。ああ、そうだ。お名前よろしいですか?」


 少し呆けていると、御堂光子はそんな風に説明してくれた。

 というか、キーちゃんて、東雲か。


「…こちらこそ、自己紹介が遅れました。土屋実です。後輩の東雲から、こちらでダンジョンの初心者講習が受けられると聞いて伺いました」


「ああ、あなたが…。…失礼ですが、うちのことはキーちゃんからどのくらい聴いてらっしゃいます?」


 あいつ、なんかオレの事愚痴ってたりするんだろうか?

 なんとなくそんな不安が湧き上がるが、まあ、今は良いだろう。

 光子に座布団を勧められ、そこに座りながら今回の顛末を説明する。


「それが、どこかで初心者講習が受けられる所を聞いたら、ここを紹介されまして。案内されて伺ったところです。実はダンジョンのことは、最近までほとんど知りませんでした」


「…あー、うちのことも知らなかった感じですね?」


「ええ、はい。ダンジョンの一般的なことは一通り調べたのですが…」


「なるほど…。どうしようかしらね…」


 キーちゃんたら…。

 と、御堂光子は困ったようにつぶやく。

 なんだ、オレはよほど困った先輩の扱いにでもなっているのか?

 オレがそんな事を考えていると、光子はおもむろに手元の資料からなにかの冊子を取り出して、オレに渡す。


「これは?」


 表紙を見れば、『ダンジョン開発における統計』なんて、いかにもお役所な冊子だ。発行元はダンジョン庁。


「ダンジョン探索者の統計なんですけど、14ページのところ見ていただけます?」


「はぁ…」


 言われるがままに中を見れば、ダンジョンに関わるものの、それこそ一般的な統計らしい。

 日本の探索者は今公式非公式で400万人ほど。世界的に探索深度は8位。資源的に何が出やすいかなんて話がつらつら続く。

 そこまでは普通の話なのだが、光子に言われたページの内容は、なかなかエグいものだ。

 そこに書いてあったのは、『探索者の年間死亡者数』だ。日本で年間200人程だとか。


「やはり、それなりに死亡者もでるんですね」


 まだ議論されているのだが、ダンジョンに潜れば、もちろん死者も出る。

 ほぼ毎日死者が出る計算だが、ニュースにはあまりならない。

 聞いた話では、そういう探索の支障になりそうなニュースはマスコミに規制が入っているとか、黒い噂のある話だ。ネットにもこの資料はなかったと思う。


「それを見て、どう思われますか?」


「…まあ、予想通りだな、と思いますね」


 一通り読んで見れば、予測の範囲内ではあった。

 

 なにせ、相手は下手するとイノシシより危険な連中だ。

 そんなのと毎日やりあえば、まず間違いなく死人が出る。

 

「むしろ、よく二百人で済んでますね? なにか別の対策かなにかがあるんですか?」


 オレの中だと、もっと死人が出ているイメージだった。


「…その辺りは、探索者ライセンス持ちを区別するなどで、危険なところには初心者が入り込まないようにして対応しています」


 そう言ってみると光子は少し驚いた表情になったが、小さくうなずいて説明してくれる。

 ダンジョン内は、大まかに分けて3つの区画に分かれているらしい。

 一般人が立ち入れる区画、プロ的な探索者が立ち入れる区画。そして自衛官や警官で作られた、ダンジョン庁直轄のダンジョン探索部隊のみの区画。

 そんな風に分けて、死者が出ないようにかなり気を使った管理をしているのだとか。

 どうもダンジョン庁は、思っていたよりずっと仕事をしているらしい。てっきり広報ばかりのお飾り組織だと思っていた。

 そんな説明を丁寧にしてくれたあと、光子は一旦言葉を切った。

 剣呑な光が、その目に光る。


「ただ、もちろんそれだけではありません」


「は、はあ…?」


 剣呑な光に気圧されていると、光子はそのほか、いわゆる『不慮の事故』につい話してくれた。

 そんな管理をしていても、もちろん死人は出る。

 それこそペーペーの素人が入り込んでゴブリンに首を持っていかれたとか、突然湧いてきた強力な魔物に引き裂かれて腸をぶちまけたとか、随分生々しい事故実話集をしてくれた。なんなら後でビデオで見せるそうだ。

 まあ、そうなるよな。

 

「…それで、それがどうかされましたか?」


 光子はその生々しい話を生き生きと聞かせてくれるのだが、要点がわからない。

 光子はそのランランと光る眼でオレを見る。


「…つまり死の危険がある、ということです。そのお覚悟はお有りですか?」


「それはそうでしょう?」


 なにを当たり前のことを聞いているんだ?

 オレとしては、質問の意図がよくわからない。

 そりゃあ、魔物を殺しに行くようなものなんだから、殺されるのも当たり前と思うんだが。話に聞いた死体の有様に関しては、まあ、仕方ないかなとも思う。うちの人形もそうだが、何かしらの知性があるのだ。そういうこともあるだろう。

 そんなことを思ってオレが首を傾げると、光子はしばらくオレをじっと見て、考えるように、うん、とうなずく。少し表情が残念そうだった。


「ひとまず、は、大丈夫ですかね?」


「…失礼ですが、何がですか?」


「もー、おねーちゃん回りくどいよ!」


 どうにも要領を得ない。

 そう思って突っ込もうとすると、そのツッコミは別方面から降ってきた。

 見れば、また御堂幸子がお茶のお盆を持ってオレの後ろの位置に立っている。こちらも道着に着替えていた。というか、また後ろに立つのか。

 オレがげんなりしていると、つかつか寄ってきて、ヒョイッという感じでオレの前にお茶を出す。乱暴に置かれたように見えた茶碗は、音もなくオレの前に置かれた。

 幸子はそのまま気軽にオレの隣に座る。


「すみませんね、土屋さん。本当なら、もっと先に聞くんだけど、順番が前後しちゃったのよ。それでこんなまだるっこしいことになっちゃった」


「うん? どういうことです?」


 ずずーと運んできた自分の分の茶をすすり、御堂幸子はオレを見た。


「つまりね、私達が聞きたいのは、こういうことよ」


 次の瞬間、御堂幸子の手が動き、なにかを懐から取り出し、オレに目掛けて振ったのが見えた。

 それは一瞬だったが、刃物だということだけがオレに理解できた全てだった。




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