大根の謎を追って

第十九話 会社大根

「先輩、なんか疲れてます?」


「そうか? …そうだな」


 月曜の昼過ぎ。オレはいつものように会社で仕事をこなしていた。最近の発注具合の整理だが、数が少なすぎてやる気が起きない。周りでも同じような連中が、うんざりした様子で仕事をこなしている。

 あのドタバタのあと、どうにか会社に出てきたオレは、多少ぐったりしていたと思う。アパートに連れ帰ったキーファが、家で大騒ぎしてくれたおかげだ。

 キーファは動物系チャンネルが気に入ったらしい。ペンギンやらキリンやらの動画をやたらと見てはしゃいでいる、…一晩中。

 今朝出てきたときも人形に支えられ、二人でパソコンの前に陣取っていた。


「…昨日、知り合いの農薬撒き手伝ってきたから、そのせいかもな」


「相変わらずですね」


 そう言いながら相変わらずの無表情でいう。

 オレも若干引きつった笑いを浮かべた。

 流石にこの土日でダンジョンマスターになって、死んで生き返ってました、とは言えない。

 

「そういえば、お前は土日はどうしたんだ?」


「私はダンジョンに潜ってましたよ。知ってるでしょう?」


「まあ、な…」


 オレは隣に座る後輩を見た。

 おかっぱにした髪、瓶底眼鏡、会社の地味な作業服。

 見るからに地味な地方会社員だ。

 だが、こんな後輩だが、なんとダンジョン探索が趣味なんだとか。

 今どきダンジョン探索が趣味、なんて会社員は珍しくない。例えばポーション一つでも10万前後で取引されるのだ。小遣い稼ぎ、とは言わないが運動がてらにダンジョンに潜るものは多い。ダンジョンエクササイズなんてものもある始末だ。

 土日ダンジョンに潜って、次の日会社…。ちょっと考えられない生活だ。


「お前も毎週よくやるよな」


「先輩に言われたくないですよ。よく畑なんかやれますね?」


 そう言いながら、後輩、東雲紀子は、いつものようにパソコンとにらめっこしながら話しかけてくる。相変わらず愛想が悪い。


「お前な、畑を馬鹿にするもんじゃないぞ?」


 オレは手元の書類を見ながら答える。

 最近注文が少ないせいか、やはり数そのものが少ない。


「バカにはしませんが、大変でしょう? 農薬とか臭いですし」


「まあな。ただ、性分みたいなもんだ」


 畑の何が良いって、連中は心理的な駆け引きをしなくて良いところだ。

 大手の連中を相手にするように気を使うこともなく、同業他社とのにらみ合いをする必要もなく、引きつった笑顔を浮かべる必要もない。

 野菜は、基本的に掛けた分の苦労をそのまま返してくれる。


「良くも悪くも、そういうのがあるからな」


「先輩って、そういうとこ冒険しませんよね?」


「…そうだったんだけどな」


 そうも言っていられなくなってしまった。

 あれから一応、ダンジョンマスターについての一般知識を仕入れてみた。ただどれもこれも雲をつかむような話ばかりで、全く当てにならないものだ。

 そもそもダンジョンマスターを見たものがいないのだ。

 ダンジョンを殺した、という話はそれなりにあった。

 なんでも、ボス、らしきモンスターを倒したあと、奥にある玉を破壊したらダンジョンが崩れた、というものだ。

 だがそれは普通のボスモンスターで、別にダンジョンマスターではなかったというのが大勢の意見だ。

 オレ自身のダンジョン知識がないのもあって、どう捉えて良いのかわからない。

 どこかでダンジョンの情報を得る必要がある。


「…そういえば、お前、結構長いことダンジョン探索やってるんだっけ?」


「そうですけど、どうかしました?」


 警戒したように、東雲の顔が曇る。

 まあ、そうだよな。


「まあ、そんな顔するな。ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 去年だったか、前に部長が無理やりダンジョン経験のある連中を集めて、ダンジョン研修なんて言うのをやろうとしたのだ。

 下手したら怪我じゃ済まない話でなんとか社長とともに止めさせたが、そのときに巻き込まれたのが東雲だ。なんでもダンジョン経験は4年。ほぼダンジョンができたときからのベテランなんだとか。

 なんでか知らないが部長がやけに東雲に固執していて、おかげで当時社会人一年目だった彼女は随分参ってしまっていた。

 あのときは色々あった。

 おかげでこの話題は鬼門なのだ。だが、このくらいは許してくれると嬉しい。

 

「お前、ダンジョン探索者初心者講座とか知らない?」


 ダンジョンを探索する人たちのことを業界用語で『探索者』というらしい。そして、おそらくそれが今オレに必要な知識に最も近いものだろう。

 そのくらいネットで調べたいんだが、厄介なことにダンジョン関連は全くの初心者だ。ダンジョンと検索に入れるだけで数十万件の検索結果が出る今の世の中、探すほうが大変だ。

 中身もピンきりで、せいぜいまともに拾えたのは、いくつかの有名所のことくらいだ。『鋼の翼』とか、『パーティ・パーティ』とか言う、ちょっと痛い名前が多かった。

 そんななか、残念なことにオレがほしい初心者講座の情報だけでも数千件出てきた。そして、その評価サイトを見た感じだと、やはりまともに機能しているのは殆どないらしい。流石に困り果てていたのだ。

 こうなってしまえば、先達に聞くしかない。

 オレが聞くと、東雲が怪訝な顔をする。


「先輩、ダンジョン行くんですか?」


「ああ、ちょっと潜ってみようと思ってね」


 そもそも、オレがダンジョンを知らないのが不味すぎる。

 今の状態を、どうするのか。

 これからダンジョンマスターをやるにしても、キーファとの関係を何とかするにしても、情報が足りなすぎる。

 キーファの中の諸々情報は手に入れたが、アレはなんというか、作る側の情報ばかり。

 ゲームを始めようと思ったら、チートコードをよこされたような気分だ。

 ポーションの種類もそうだが、一般的に知られている情報との齟齬がありすぎる。

 なら、一般的な冒険者から始めたほうが確実だろう。

 

「…なるほど」


 試しに説明してみれば、東雲は思っていたよりも熱心に話を聞いてくれた。

 もちろん、そんなこと説明できないので、これからダンジョンに行ってみる趣味を持つのもいいかなぁ…、的な感じでいってみると、ウンウンと納得したようにうなずく。


「そういうわけなんだが、何か伝手はないかい?」


「…そうですね、なら、これとかどうです?」


 東雲は首を傾げて、しばらく考え込んでいたがおもむろに、スマホを取り出してオレに見せる。

 そこには、凝った感じの和風なサイトが表示されている。

 毛筆風なタイトルは、こうだ。


「…『御堂探索者講習会』?」


「ええ、私の知り合いがやってるところです。そのまま、ライセンスの取得もできるものですね」


「へぇ…って、ライセンス? 免許いるのか?」


「ええ、やっぱりご存じないですよね」


 そりゃそうだ。

 そもそも、ライセンスがあるなんて話は聞いたことがない。

 オレが言うと、東雲が小さく笑う。


「あんまり知られてないんですけど、それ取っておくと、税金とかが有利になるんですよ。そういう意味での免許ですね」


「税金?」


「ええ。ダンジョン開発支援とかで、ダンジョン庁が月イチでやってる検定を受けておくと、いろいろ免税処置が受けられるんです。買取とかは、持っていくところがいくらか制限されますが」


「へぇ…」


 つまり試験があるということか。

 試験と聞くと頭が痛くなるが、免税処置、と聞くとさすがに無視できない。

 東雲は首を傾げた。

 

「いってみます? ここなら、検定の試験会場にもなってて便利ですよ」


「…そうだな。お願いしようか」


 東雲のすすめだ。悪いようにはならないだろう。

 それに、色々教えてもらえるいい機会だ。ついでに免許も取れれば、なおのこと良い。

 そう思って、オレもうなずく。


「…じゃあ、いつが空いてます?」


「うん? 予約いるのか?」


「いえ、いりません」


「なら、後で行ってくるか…。ありがとな」


「何言ってるんです?」


 オレはふつうのコトを言ったつもりだったのだが、お前何いってんのみたいな顔をされた。

 お前が何いってんの?


「…どうした?」


 まさか、職場の先輩と趣味について語りたいわけでもあるまい。オレだったら嫌だぞ? 趣味のことで先輩についていくなんて。

 オレがそんなことを思いながら東雲を見ると、いつもと変わらない、東雲の表情に乏しい瓶底眼鏡がオレを睨んでいる。


「一緒に行きましょう」


 オレの考えは外れていたらしい。


 おまえがどうした?

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