負い目てき

「えー、それは困りますぅ」

「本城、お前の書く物がスッカスカだってことを世間に広めるいい機会だろ」


 鳴門くんによる彼女へのヘイトスピーチが冴えわたる中。

 本城さんは口振りとは逆に得意気な様子だった。と思っていたら。


「……だって、本当に困るんだもん。ここに来れなくなったら」


 彼女は数瞬、逡巡すれば、表情をしかめ本音のようなつぶやきを漏らす。


「ここに通えなくなっても、君の年齢なら全然やり直し利くと思うけどな」

「師匠にはわからないんですか? 節穴過ぎる~」

「わからないって何が? 俺の目から見た君は才能あるよ」


「そ、うですか? アハハ……でも、このデブと私とじゃ、スタートが」


「本城さん、言っておくけど、鳴門くんと君のアドバンテージは生涯変わらないんだ。それを理由にしてたら世の中は君にとって不都合な連中がぞろぞろと居るぞ。君が執筆に愛着し始めたのは才能だと思うけど、俺たち作家は総じてそんな感じだよ。君は、『書くことが大好きで』、『書くことに執着していて』、『書くことに人生を捧げている』、そんな人種とこの先争うんだ」


 失礼な言い方だが、彼女の台詞からはとうてい覚悟が感じられない。

 同じ教室の生徒という、生易しい相手を前にした、彼女の気概は酷く浅いように見えた。


「それでも小説が書きたいのなら、とりあえず挑戦してみればいいじゃないか。挑戦して駄目だったら、次のことはその時に考えればいい」


「ッ、だからぁ、私はここに来れなくなったら居場所失うんですってば」


 居場所を失うか……。


「ここは君の保護施設じゃなくて、プロ作家を目指す人のための教室だ」

「……あっそ、じゃあ私これで帰ります。お疲れっしたー」


 と言うと、本城さんは興味が失せたかのように立ち去った。

 あの様子だと、もう二度と来ることはないだろうな。


 とりあえず叱責した上でこうなったからには、彼女のご両親に説明しないと。


『三浦、本城ちゃんに何を言ったんだ? お前らしからぬ手厳しさだな』

『確かにそうですね、でも前置きはいいですから彼女のご両親の連絡先教えてくださいよ』


 説明責任を果たそうと思い、彼女の素性を知る渡邊先輩とSNSで会話している。


『本城ちゃんのご両親はとっくに他界してるよ。連絡取りたいなら〇ね』

『先輩はどう言った経緯で彼女と知り合ったんですか?』


『彼女の親父と俺は元々知り合いでな、同じ投資家仲間だったんだが、ちょっと借金背負っちまったらしくてよ。彼女の面倒を見てくれないかって頼み込まれると同時に奥さんと一緒に心中図ったみてーだ』


 思わず、胆が冷えた。

 彼女の両親が他界していた事実より、彼女の両親は心中で亡くなっていたことに。


 この世は儚いとは言え、さすがに世知辛い。


『三浦、お前一体何様だ? お前ばかり恩情受けて、他人は冷遇するのかよ』


 そんなつもりはない。

 なかったけど……結果的に先輩の言う通りだったかも知れない。


『本城さんが今どこにいるか判りますか?』

『そんなの知る由もねーな、あの子の家だったら知ってるが』

『教えてください』

『ウザ、そしてキモ、あの子は紛いなりにも女子高校生だぞ三浦』


 先輩から彼女の家を教えて貰ったあと、彼女を尋ね、先程の言葉は言い過ぎだったことを深く謝罪し――俺も君と同じで、執筆をし始めた当初は覚悟なんて持ってなかった、けど、俺がプロになれたのは偶然の産物と言わざるを得ない。と説いた。


 だからあの教室の生徒に厳しく接するのは、俺の負い目なのかもな。


 偶然の産物であって、ウミンを使ってプロになってしまった俺の。


 せめてもの、小説業界に貢献的な態度を取るよう、振る舞っていただけだった。



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