2.4 ありてナルもの

 ユダヤ・キリスト教の神は「ありてアルもの」であった。その「ある」が「あれ!」と意図(命令)することで、光や大地を「あらしめた」とされる。まさに天地・万物を(意図的に)創造した創造主であった。

 日本ではどうか?

 日本書紀や古事記に描かれる天地創造神話も、やはり混沌から始まっている(だいたい世界のどの民族にも天地創造神話のたぐいは存在し、混沌から秩序へ向かうように作られているものだ)。

 しかし超越的な創造神は登場せず、混沌のなかから大地が自然に出現し、その泥の中から葦の芽(生命)が出てくる。つぎに男女一対のカミが成り出でる。それ以降は男女のカミの性交によって山や川や島(国土)などの自然やそれらを司るカミガミを生んでいく。これらのカミを「所成(ナリマセル)神」というそうだ。

 つまり、「なす」(創造する)神に対して、「なる」(生成する)神という対比である。(この「なす」と「なる」の対比は、そのまま欧米語と日本語の述語(基本動詞)の性格に対応するように思う)。

 「なす」神は行為する主体であり、その行為について人と契約を結ぶ(聖書の旧約・新約の「約」は契約や約束という意味だ)。そういう人(神)為というか父性的(規範を与える・律する役割)なものに対して、「なる」神は自然というか母性的(産む性であり、情緒的に包むもの)といえるかもしれない。

 この自然とは、「自ずからそうなる」ものであり、「それ自身においてそれである」ものである。ユダヤ・キリスト教文化圏のエートス(精神構造)の根底に「神との契約」があるとすれば、日本語文化圏のエートスの根底にはこのような意味での「自然」があるように思う。

 ところで、「日本の神」といった場合、具体的に何を指すのかよくわからない。カミとホトケがくっついたり、混ざったりしているし、霊や化身やタタリや念やあれやこれや、いろんなモノがあって、すっきりした形で「これがそうだ」と示せるような理念や体系(神学)は存在しないのではないだろうか。

 でも、顕在的にはなくても潜在的には、やはりなんとなく日本人的な神の感じ方、受け止め方があるような気がする。とするなら、「日本語の思想」として日本語のなかに探求できるものかもしれない。

 ということで、日本語に戻る。

 以前、「海が見える」の例文を考察した。主語(主体)が海(客体)を「見る」(志向的意識)のではなく、まず端的な事態として「見える」という感覚の生起がある、というのが日本語の特徴だと書いた。

 「海が見える」のは「私に」でなく、「窓に」でもよい。その窓の前に立つ人がいれば、その誰にでも見えるものとして「窓に海が見える」という文が成立する。このときの「窓ニ」や「私ニ」は、ともに場所を示す助詞「ニ」を伴っていることからもわかるように、「見える」という述語が「そこにおいて生起する」場所のことであり、同じ資格の補語なのだ。(人称と場所の類似性については別の機会に考えるつもり)

 デカルトのコギトも「思いアリ」が言えるだけで、「我」はその思いの生起する場所として登場する、というのが西田哲学の「場所の論理」だろう。(ついでだが、「場所」の論理を「場」の論理と言いかえると、物理学(量子論や電磁場など)とも結びつく現代的な相貌を見せ始めるような気がする)。

 ようするに日本語では、事物は「~(場所)において」生起するものなのだ。神もまたそうであろう。

 ぼくらの漠然と考える神は、形なく透明で漂っている空気のようなもので、それが時に何かに宿ったり、依り付いたり、降りてきたりする。その場所が「依代」であり、それ自体が神というわけではないから、木でも岩でも滝でも何でもいいのである。

 空気といえば、「場」を支配する空気というのも、ぼくらはかなり共通の感覚として持っている。空気を読むとか、空気に合わせるとか・・・(とくに大阪方面で強いのでは?)。

 複数の人間が集まった場では、明確に誰の意志や意図といえない場の空気のようなものが生まれ、あたかもそれが主人で、個々の人間はその主人の意向に添って演技する役者のようになる。つまり空気がその場における見えない意志主体として君臨するのだ。これって、日常の場における小さな神とちゃうか? (このへんは、「自分」ということの成立にも関係してくるはずだ)。さらに、この空気が変化し移動すると、それを「風」と呼び、「風が吹いた」とか「風向きが変わった」とか言う。さて、今度の参院選ではどんな「風」が吹くのか?

 ところで、空気を「空」と呼び、さらに「無」と呼べば、仏教的・西田的に響いてくるだろう。

 実体がないのに働きだけがあるもの。あるいは原因や作用の分からない現象の出現したとき、ぼくたちはそこに神の示現を感じたりするのではないだろうか。

 例えば、空気中の水分が深夜に結露し、草木や花に朝露として付き、キラリと光る・・・そんなイメージがぼくにはあるのだが。

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