2.3 ありてアルもの

 またちょっと脱線する。今度は「神」の話だ。


 「あり」がすべての根底にあって、「ある」ものをあらしめている、と前回書いた。すべてがそこから生じるすべての源泉であり、根源である、ってことは、世界の創造主としての「神」とどう違うのか?

 創造主としての神は全知全能であり、何モノにも制約されない。いっさいの制約を受けないのだから、物質的存在ではない。形や大きさを持つということは空間的制約をもつことだから。そしてまた、「物質的存在ではない」という制約さえ受けない。特定の名前も持たない。Aという名を持つとしたら、それはBではないという制約を受けてしまう。つまり、「○○でない」という制約を一切持たない。「ない」がない。理屈を突き詰めると、そうなる。これはまさに「あり」そのもではないか。

 実際はどうか? ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は旧約聖書の神を共通の唯一神としている。その神の名はYHWH(と旧約聖書に書かれている)。これは子音だけなので、発音できない。というか(無理に発音すると)空気の擦れる音、砂漠を渡る風の音のようなものではないだろうか(と、ぼくは空想する)。

 じつはヘブル語の文字は子音だけ(後に母音が考案された)だけなので、母音を補って読むらしい。で、かつてはエホバ(文語訳)と読まれていたが、それは間違いで、ヤハウエと読むのが正しいらしい(理由は後述)。

 しかし、そもそも神の名を呼ぶのは怖れ多いことだし、聖書にも「神の名をみだりに唱えてはならない」と書かれている。(「ハリー・ポッター」の中でも闇の魔法使いヴォルデモートの名を口にしてはいけないことになっている)。なので、ユダヤ人は必ず「アドナーイ(「我が主」の意)」と発音するし、イスラム教ではアラビア語の名詞「神(イラーフ)」に定冠詞「アル」を付けた「アッラーフ(アッラー)」と呼ぶ。

 そして中世のキリスト教では、神の名は最高機密のひとつであった、という話を何かで読んだか映画で見たか、なんとなく覚えている。文字(ラテン語またはギリシャ語)を読めない人がほとんどだった時代に、ごく少数のインテリ(学僧)が秘伝として伝えてきた、ということは充分考えられる。

 さて、ヤハウエだが、「ある」「なる」を意味するハーヤーという動詞に由来するらしい。

 旧約聖書に一カ所だけ神の名を問う場面がある。モーセの召命の場面だ。

 出エジプト記3章14:神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。

 この一節に記された「ある」という語を根拠に、ヤハウエという発音が導かれたらしい。

 ところで、神とは「ありてアルもの」であり、その名は「アル」、というのは実によくできた話ではないか。世界の唯一の根源であり、世界を創造した(あるものをあらしめた)のが「ある」であり、それを人格化したのが一神教における「神」なのだ。

 この神は全能だから、意図したことはそのままただちに実現する。

 創世記1章3:神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

 というわけである。「あれ」がそれを「あらしめる」のだ。こうして世界が創造された。

 また、新約聖書のヨハネによる福音書には「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言葉は神であった」とある。この「言」はギリシャ語の「ロゴス」であり、「理性」という意味も持つ。

 「ある」(存在)と「言葉・理性」を両軸に思弁を巡らせたのが西欧の神学(哲学)ではないか、と思われる。その到達点が、「ある」から始めて絶対理性(精神)にいたる体系にまとめ上げたヘーゲルの論理学だ、と思われる。

 とまれ、ヘーゲルの論理学が西欧の神学(哲学)を代表するとするなら、日本の神学(哲学)を代表するのが、西田哲学ではないか。西田は(たぶん)ヘーゲルを意識しつつ、仏教に学びながら「ある」に代えて「場所」を置き、「絶対精神」に代えて「絶対無」を置いた、と思えなくもない。

 そこで次は、ちょこっと日本的な神のあり方について考えてみよう。

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