第5話


 ――何かがおかしい。


 漠然とした違和感が胸をざわつかせる。


 熱放射が終わった後もラズは一歩も動こうとしない。

 まるで全機能を停止させたみたいに。



「さあ、ジャップ野郎。どこからでも攻撃してきな」



 エネルギー切れを待つ俺の作戦を見越し、最小限の機能だけを稼働させ防御力に物を言わせて逆に俺のエネルギー切れを待つ作戦か。


 しかし、これまでの戦闘では明らかにやつの方のエネルギー消費が大きいはず。

 このままこちらもエネルギーを最小限にし待機すれば勝てるのではないだろうか。


 しかし、まだ胸のざわつきはおさまらない。



 ――いったい何が……、そうか! 音だ!



 ラズの胴体そのはらわたの奥から聞こえてくるようなブーンという低い音。


 これは間違いなくEMP兵器のチャージ音だ。


 恐らく射程範囲はこのバトルフィールド全体。発動すれば避ける方法はない。



 まさか、装甲だけでなく軍事兵器をそのまま使用してくるなど想像にもしていなかった。



 いくらなんでも無茶苦茶すぎる。


 

 だが、先と同じ理由で強引に勝ちを承認させるつもりなのだろう。


 何より、彼女を破壊されるのは技術者として耐えがたい。


 ――やつに破壊されるぐらいならいっそ……



「あらあらどうした? 降参か?」



 そう思われても無理はない。

 俺は両手の刀を手放したからだ。


 だがもちろん降参の意志を示したかったからではない。覚悟を決めたからだ。



「諦める訳がないだろ! 俺はお前を倒す! 必ず倒す! この大和魂にかけて!」



 俺はブーストをかけて躯体を走らせた。



「はぁーッ、神風特攻ってやつか? 機体を犠牲にドカーンってやつだろ? 無駄無駄無駄、自滅して終わりだ。好きにしな」


「神風? 確かにそれぐらいの覚悟はあるさ……。だがな、俺は機械を愛してる! 特に職人の思いがこもったようなパーツはなぁッ!」


 今思い出しても辛い、鍛錬の日々。

 何が辛いって、大好きな機械を破壊することだ。


 だが俺は克服した。

 

 そして今、俺はやつの背後をとっている。



 ――特殊兵装『テクニシャンズ・アーム』。



 右前腕が変形し、ガントレットのような形状に変化。

 そこから軸方向にまっすぐ伸びるいくつかの円筒状の構造物。


 それをシリンダーの要領で回転させ、腐食性のガスを噴射するツールに切り替え。ラズの背中に向かって発射する。


 ファンによる送風排熱がおさまった今、これを排気口から吹きつけ、内部まで浸食することができれば障害を引き起こすことが可能だ。




 しかし――




「残念だったなぁ」


 ラズは穴という穴を鋼鉄のシャッターでもって塞ぎ、完全防御態勢に入ったのだ。


「アイデアとしては悪くなかったぜ? 正直少し焦った。だがな、もう万策尽きたんだろ? なあ? ほら、悔しかったら何か言ってみろよ? このバカが!」



 コケにされたのは俺だけじゃない。

 それは日本の技術、そして偉大な先人たちが歩んできた日本の歴史そのものを冒涜する行為。


 だから、たとえただの口八丁でも言い返してやりたい。

 これまで受けてきた屈辱を罵声に変えて、ただ感情の高ぶるままに。




 だが、残念だ。それはできない。なぜなら、



 ――俺はまだ……お前に勝つ方法を知っているからッ!



 俺は特殊兵装を左腕にも展開。

 移動できなくなる代わりに、左右のジャイロパッドで両手を同時にそれぞれ独立して操作できる、メカニスト・モードだ。


 シリンダーを回転させ、ドライバーへとチェンジする。


「終わりなのはお前の方さ。俺がメカニックだってことを忘れてるんじゃないのか?」


「まさかお前⁉」



 ――今さら気づいてももう遅い!


 先の腐食スプレーは塗装を剥がしドライバーの挿入部を見つけるための処置。

 両手を同時に使い装甲を剥がしていく。


「くそ! ラズ! 再起動だ!」


 EMPチャージシークエンスを中断し、機体に動力を回し始める。

 厳重に、ロックをかけるように、幾重にも重なった装甲。

 分解が間に合うかは時間的にはギリギリ。


 四年で磨き上げた超高速エイム。

 7種のガジェットを使い分けながら、周辺視野まで総動員して一切の無駄な動きなく左右で全く別々の動きで捌いていく。


「なんなんだよ⁉ その動きは! こんなのロボットの動きじゃねえ!」


 それは繊細かつ、目にもとまらぬほど高速で流麗で。

 人の動きですらない。


 スーツ型コントローラーでは決して再現できない、指先に全ての動きが集約されたキーボード式だがらできる芸当。



 確かに、殴る蹴るといった戦闘においては、こんな精細な動きは必要ないのかもしれない。


 だが、これが俺の戦い方。 


 ――お前らなんかには真似したくてもできない……本物の技術力を思い知れ!


 レーザーナイフが火花を散らし、グラインダーが接合部を切断し、ハンマードリルが活路を穿つ。


 成すすべなくはがされ、一定の間隔で床に落ちる装甲版の奏でる音がメトロノームのようにリズムを刻み、工具の分解音やネジやナットなどの小片が床を叩く音がまるで、オーケストラのように響き渡る。

 


 そして電動高速ドライバーが最後のネジを抜き去った。


 最後の装甲板が剥がれ落ち、内部の機構が眼前に広がり、俺は迷わずアクチュエーターに向かって腕を突っ込む。とほぼ同時にやつの体が動き初めたものの、獲物を引きずり出すことに成功した。


 崩れ落ちるラズ。


 俺は安堵した。これで終わったのだと――。


 だが、ギリギリのところでやつは振り返りざまに右腕を振り上げた。



 こういう時のために別に独立した回路を準備していたのか、入力がわずかに早かったのか、あるいはプレイヤーの意地がそうさせたのか。


 刹那、俺は敗北を覚悟した。


 引き延ばされた時間の中でゆっくりと振り上げられる鋼鉄の狂腕。

 頂点まで行けば後は振り下ろされるだけ――


 とっくにブースト回避ボタンを押しているが反応が無い。

 もうそんなエネルギーは残っていないのだ。

 

 そしてついに頂点まで到達したとき――





 ピキィッ! 





 という甲高い音が響いた。



 ラズの右腕が肘関節の所であらぬ方向へ折れ曲がったのだ。



「何ッ⁉」


 驚愕を隠せない相手をよそに、俺は確信してにやりと笑う。


 そう。あの時の、日本の技術者の魂をかけての一振り。

 あの一撃がここにきて功を成した。


 関節部の形状記憶合金は材質としては金属だが、伸びたり縮んだりとそれはまるでゴムのよう。伸縮を繰り返すたびにその亀裂は徐々に広がり、ついには切断されるに至ったのだ。


 ラズの最後の攻撃は彼女を避けて地面を叩き、沈むような重い金属音を轟かせた。



 しかし、まだ試合終了を告げる笛は鳴らない。



 誰がどう見たって戦闘不能状態だが、やつにはまだEMP兵器がある。

 たとえ一歩たりとも動けなくともボタン一つで勝敗をひっくり返せることを審判は知っているのだ。



 だからおれはそれを逆手に取った。



 まだ試合継続中という事はもちろんこちらの攻撃も認められる。


 俺は残ったエネルギー全てを使い果たすつもりでラズを分解し続けた。



「やめろ! おい、やめてくれ! ちくしょう! おい、審判、とっととこの試合を終わらせろ!」



 そんな叫び声を無視しておれはただ一心不乱に。



 そしてついに原型など見る影もないほどの無残な状態になった。


 ご丁寧に国別にパーツを仕分けして。



「お前、なんてことを……」



「言っただろ? 俺は機械を愛してるって」



 パーツを傷つけずに勝つには?


 その葛藤の末に編み出したのが分解という手段だったのだ。




 

 こうしてロリア共和国の技術転用や不正が白日の下にさらされ、国際的な信用は失墜。

 時同じくして日本の技術者達はかつての誇りを取り戻した。


 いや、心を震わされたのは技術者だけではない。


 日本中が熱気に包まれ世論が味方となり、尻を叩かれるようにして与党はついに重い腰を上げ技術保護、スパイ防止、技術開発への予算拡大を推進するようになったのだ。




 確かに、これまでに失ったものはあまりにも大きい。




 だが、俺達は技術者だ。


 失敗から学び、研鑽し、基礎・実績・信頼を積み重ねてまたやり直すことができる。



 そう、技術大国日本の新たな歴史の幕開けはまだ始まったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日出国の二刀使い(ヒイヅルクニ・ノ・サラブレッド) 和五夢 @wagomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ