第33話 ああ…楽しい。

 〇桐生院知花


 ああ…楽しい。

 こんなに楽しくていいのかな…



 千里と新婚旅行に来て。

 あたしの行きたい所、理由も聞かずに全部付き合ってくれた千里。

 それだけでも十分幸せな旅行だったのに…

 まさかバンドメンバーが全員揃って、ステージにまで立てちゃうなんて。

 あたし、恵まれ過ぎだなあ…。


 試されてる。

 うん。

 あたし達は、試されて当然。


 ずっとメディアに出る事なく、レコーディングだけして来た。

 安全で、守られて来たあたし達に、いい音楽が出来ないはずなかった。

 大好きな仲間達と、素晴らしい環境。

 そこでぬくぬくとやってただけ。って思われても仕方ない。

 本当だもんね。


 葛藤や苦しみは個々にあったとしても…

 あたし達は、集まればそんな事は関係なくなってた。



 歌いながら振り向くと、光史と目が合った。

 今日のセットリストは…光史には相当キツイはず。

 だけど、小さく笑ってくれた。


 楽しいな。


 目が、そう言ってる。


 …うん。

 楽しいね。



 あたしにとって、みんなは運命の人。

 たぶん、みんなも…そう思ってるはず。

 この先もずっと…

 あたしは、SHE'S-HE'Sのボーカルとして…歌っていく。


 客席は何のリアクションもないけど、別に関係ないかな。

 これが審査でも。

 あたし達は、いつもと同じように…楽しんでる!!



 最初の二曲はハードで、三曲目は少しポップだった。

 四曲目には少しスローな曲をやって…

 最後は…ヘヴィな曲。


 あたしは光史がしてくれたおだんご頭をほどいて、センと陸ちゃんに並ぶと腰を落として頭を振った。

 スタジオでやった事はあるけど、ステージではなかったかな。

 あの時は陸ちゃんに『らしくね~』って笑われたっけ。

 でも、こんなカッコいい曲で頭振らないなんて。

 あたし、仮にもハードロックシンガーなんだよ?

 たまにはいいよね?


 マイクを持ち直してセンターに戻りながら、左手を上げて歌い始める。

 聖子が陸ちゃんと立ち位置を変わって、センと背中を合わせて弾いてるのが見えて…

 珍しい事してるなあ?って楽しくなった。

 もしかして、あたしのヘッドバンギング見てやりたくなっちゃった?


 陸ちゃんがスピーカーに足をかけて弾いてるのを、麗がウットリした目で見てる。

 ふふっ。

 そうだよね。

 陸ちゃんのプレイスタイル、カッコいいもんね。


 瞳さんの、あたしの上を行くハイトーン。

 ああ…鳥肌立っちゃう。

 いつ聴いてもすごい。

 あたしはその声に後押しされながら、後奏に向けての長いシャウトに入った。

 それを引き立たせてくれるかのような、まこちゃんの美しい旋律。


 麗達が立ち上がっのたが視界の隅っこに見える。

 高い位置で拍手してくれてるのも。


 光史のドラムソロが始まった所で、あたしの歌は終わり。

 みんなで光史を振り返って、エンディングの時を待った。


 あー…


 もったいない。

 終わりたくないなぁ。




 〇神 千里


 お…おいおいおいおいおい!!


 知花!!

 おまえ…ヘドバンなんてすんのかよ!!



「わ~…知花ちゃん…」


「神の嫁さん…かっけぇな…」


「…これ…ギャップ萌えどころの話じゃなくて…マジ…女神っすよ…」


 知花のヘドバンを見た三人が、それぞれ口を開いた。


 知花は…さっきまでしてた俺の好きなだんご頭をほどいて陸と早乙女に並ぶと。

 そんなに激しくはなかったかもしれないが…ヘッドバンギングをした。


 初めて見たし…その体勢も衝撃的だった。

 そんな事しそうにない女が、腰を落としてヘドバンとか…

 そんなの…カッコいいに決まってんじゃねーか!!


 最後の曲は『これやんのかよ!!』って京介が叫んだぐらい、ヘヴィな曲。

 朝霧への同情だろう。

 だが、その分短い。


 俺達が呆気に取られてる間に、最後に朝霧のソロ。

 …マジで鬼展開だな。


 だが、朝霧もまた…年齢を感じさせない見事な叩きっぷりだ。

 最後のキメで全員が朝霧を振り返って。

 今日は照明スタッフがいるわけでもないのに…なぜか曲が終わった瞬間はステージに閃光が走って見えた。


『See You!!』


 高く手を上げて、そう叫んだ知花。

 See You…か。

 だな。

 春には、みんな会える。

 SHE'S-HE'Sに。



 これですべてが終わった。

 高原さんが立ち上がると…


「…ん?」


 ステージに、たくさんの人影が。


「あれって…KEELのメンバーじゃん?」


 アズが両手を双眼鏡のようにしてステージを見て言った。

 続いて、Lady Bも出て来た。

 客席から、Angel's Voiceも…トップと二番手のバンドもステージに上がって。

 何やら…SHE'S-HE'Sに話しかけている。

 …笑顔で。


 そして、握手やハグを交わし始めた。


「…間違いねーよな。」


 膝に頬杖をついて、京介が言った。


「ま、最初から心配なんてしてねーけどな。」


「だよねー。」


 俺達がそんな会話をしてると、ステージ上のみんながこっちを見てる。


「…見られてますね。俺達。」


「おいでおいでってしてるよ?」


「…仕方ねーな…」


 人見知りの京介が一番に立ち上がったのを、俺達三人が見上げると。


「…来いって言われてんだぜ?」


 京介は面白くなさそうに、俺達を見下ろした。


「行って来いよ。」


「……」


 俺の挑戦的な言葉に、京介はムッとした顔でズカズカとステージに歩いて行って。

 Keelのメンバーから、熱いハグを受けている。


「あはは。京介、あの顔。」


 アズは笑ったが、その後京介は…


「はっ…」


 映が息を飲んだ。

 京介は…こっちを見たかと思ったら…

 知花を抱きしめたんだ。


 …てめぇ。

 殺すぞ。


 俺がゆっくり立ち上がると。


「あんた知花に何してんのよー!!」


 俺が行くまでもなく…聖子が京介を張り倒した。



 〇桐生院知花


「…大丈夫ですか?」


 事務所のパーティー会場で、急遽打ち上げが始まった。

 ケータリングの料理とお酒で、会場は大盛り上がり。

 そんな中…

 あたしは、会場フロアのロビーにあるソファーに座った京介さんに声をかけた。


「…ああ。悪かったな。」


 京介さんは…聖子に叩かれた頬を左手で押さえたまま、ソファーに深く沈み込んでる。


 …どうして叩かれたかと言うと…


 なぜか。

 なぜか、京介さんが…あたしにハグしたから。

 …ハグって言うより…

 すごく強く抱きしめられた。



「聖子と、何かあったんですか?」


 何だか気になって…問いかけてみる。

 最近聖子の様子もおかしい気がするし…


「…あいつさ…」


 京介さんは体を少し起こして小さくため息をつくと。


「男でも…できたのかなー…って思ってさ。」


 すごく小声で言った。


「えっ?」


「いや、なんでもない。」


「そんなわけないですよ。」


「…聞こえたのか…」


「隣に居るんだから聞こえます。」


「いや…何なら口の中で言ったぐらいだったのに…」


 京介さんはごにょごにょと口ごもってたけど、全部聞こえてる。


 聖子に男の人が出来るなんて…あり得ないー!!


 …って…

 何も根拠はないけど…

 聖子は、浮気なんてしないよ。

 うん。



「何か心配になるような事でもあったんですか?」


「…か…」


「えっ。」


「いや、何も言ってない…」


「里中って言いましたよね。」


「……あんた、どこまで耳いいんだ…」


 里中さん…?


「里中さんと聖子?」


「…里中の奴、いまだに…聖子の事、『七生さん』って呼ぶんだよな…」


「……」


 そう言えばー…


『七生~!!スラップなんて百万年早い!!』


 …確かに、聖子の事は『七生』って呼び捨ててる…。



「…単なる…クセじゃないですか?」


「直す気ないとしか言いようがねーよな。」


「…『浅香』が京介さんの苗字だから、言いにくいとか…」


「それって、聖子を好きだから俺の苗字で呼びたくないって事か?」


「……」


 だ…ダメだ…

 何言っても、そっちに行っちゃう気がする…


「あっ、でも里中さん、瞳さんの事も『たかぁああるぁあああ』って。」


 そう!!

 瞳さんの事も、『高原』って怒鳴ってた!!って思い出して。

 少しだけ物真似したつもりで言ってみたけど…


「今は『瞳ちゃん』って呼んでるよな。」


 …細かい事に気付くんだなあ…

 物真似の事をスルーされたのは、ちょっと残念。

 励まそうと思って頑張ったのに。


 そうこうしてると…


「あれー?珍しいツーショットだー。」


 アズさん登場。


「俺も加わっちゃお。知花ちゃんの隣なんて、めったに座れないからね。」


 アズさんはそう言うと、京介さんとは反対側にあたしを挟んで座った。



「何々?何の話?」


「…例の…里中が聖子の事『七生』って呼ぶ件について。」


「あ~……はは…京介、根深いなあ。別に特に意味はないんだよきっと。ね?知花ちゃん。」


「あたしも、そう思います…」


「それより、京介が知花ちゃんを抱きしめた事の方が問題だよ。聖子ちゃんが殴らなかったら、今頃神に殺されてるよ?」


「そっそんな事しませんよ。」


 首をぶんぶん振って否定すると…


「…何してる。」


 大好きな低い声が…聞こえた。


「あ…れー…神、いたんだ。中で飲んでるのかと。」


「知花。何挟まれてる。」


「…千里も座る?」


 あたしが立ち上がると。


「何が悲しくてこいつらに挟まれなきゃなんねんだ。」


 千里は二人を見下ろしながら、あたしの腕を掴んだ。


「…千里だって、ナンシーとレイチェルに挟まれてたクセに…」


 唇を尖らせて千里を見上げる。


「…挟まれてたとは言わない。隣に立ってただけだ。」


「嘘。挟まれて嬉しそうだった。」


「うっ嬉しそうなもんか。」


「…千里の好きな巨乳だし。」


「えー!!神、巨乳好きなのー!?」


「ばっ…俺は別に…」


「はい、千里はそこに座って。あたしがナンシーとレイチェルに挟まれてくるから。」


 あたしは掴まれてた腕を離して、ポーンと千里をアズさんと京介さんの間に突き飛ばすと。


「また後でね。」


 そう言って、手をひらひらとさせた。



 …俺は別に。って言ったけど。

 あたしにバストアップにいい食べ物とか、しつこく言ってたよね。

 もう少し…なんて、口ごもりながらも言ってたよね!?

 …あたしだって、コンプレックスあるのに。


 それに、自分で思うよりヤキモチ焼き。

 …いい歳してやだなあって思うけど…

 自信がないんだもん…

 そんな時に、スタイル抜群の女の子達に挟まれて、鼻の下伸ばしてる千里なんて見ると…

 ムッとしちゃうに決まってるっ。



「あー!!チハナさん!!探してたのー!!」


 あたしが会場に戻ると、ナンシーとレイチェルがワイン片手に駆け寄って来た。


「…千里じゃなくていいの?」


 あ。

 ちょっと嫌味っぽかったかな?

 嫌だな、あたし。って思ったけど…


「さっきから、チハナさんと話したいって、ずっとお願いしてたの!!」


「最後の曲の事、語らせてもらっていい!?あたし本当に大ファンなの!!」


「……」


 …やだやだ。

 反省…。


「ありがとう。あたしも、Angel's Voiceの話を聞かせてもらっていい?」


 ワインは…酔っ払うといけないから。

 ジンジャエールで。


「わあ!!嬉しい!!」


 あたしは、ナンシーとレイチェルと。


「何々~?ガールズトーク?」


 ワイン片手に割り込んで来た聖子とで。


「どうしてもファルセットが弱くて…」


「腹式呼吸を基礎から…」


「体力作りは欠かさないわね。」


「走り込むのもいいけど、ストレッチを効率よくやるといいわ。」


 真面目に音楽や体力作りの話をしたり…


「えー!?47歳!?嘘でしょ!?」


「どうしたらその若さが保てるわけ!?」


「…あたしからすれば…そのスタイル、どうしたら…なんだけど…」


「ふふっ。チハナさん可愛いっ。」


 なぜかナンシーに抱きしめられて。


「ダメダメ。この子はあたしのもの♡」


 聖子にも抱きしめられて。


「あ~、あたしにも抱きしめさせて~。」


 レイチェルにも迫られて…


「あはは。知花がおもちゃにされてる。」


 酔っ払ったまこちゃんに笑われて。


「男子禁制。あっち行って。」


「あっ、酷いなー聖子ー。」


「行かないと抱き着くわよ?」


「…あっち行く。」


「あははははは。」


 何だか…すごく…



 打ち上げを楽しんでしまった。

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