第32話 「あ~…ヤバかった。マジ失神寸前だったわ…」

 〇桐生院知花


「あ~…ヤバかった。マジ失神寸前だったわ…」


 聖子が隣であたしの手を握って言った。


「うん…ほんと…あたしも、ボーッとしちゃってる…」



 F'sのステージが…凄すぎて…あたし、夢見てるような気分になっちゃってる。


 千里…凄い…。

 Live aliveからこっちのステージ、回を増すごとに…F'sが進化してる気がする。



「…知花。髪の毛、華月ちゃんと双子コーデみたいだった時のにしたら?」


 セットの転換の間、少しだけ休憩。


 ふいに聖子があたしをマジマジと見て言った。


「え…?どうして?」


「さっきの22歳と同じぐらいに見えないかなって。」


「まっ…まさか!!見えるわけないじゃない~!!」


「やってみたら?実際、今日のファッションにはアレが似合うかもよ?」


 瞳さんにまで参戦されて。


「よし。やってやろう。」


 相変わらず器用な光史が、早速あたしの髪の毛をくるくると巻いて高い位置で無造作におだんごにした。


「さすが光史。」


 陸ちゃんとセンとまこちゃんが、パチパチと拍手する。


「こ…こんな若作りなおばさんがステージに出て…ヒンシュク買わないかな…」


 両手で頬を押さえて言うと。


「若作りなおばさんて。」


「知花、なんでしわ出来ないの?」


「いくら毎日ピーでピー」


「センーーー!!」


「あははは。セン君まで言い始めちゃったよ。」


「えー…それが効くなら、あたしだって毎日…う…うーん…やっぱ無理だ…」


「もー!!瞳さん!!だから違うって言うのにー!!」


「でも、さっき客席でキスしてた。」


「あ、聖子も見てたのかよ。」


「そう言う陸も?」


「センも見たの?」


「僕は光史君が邪魔だった…」


「俺も見てない。てか、気付かなかった…みんなよく見てるな。」


「…_| ̄|○…ごめん…みんな…お願い…忘れて…」


「あはは。ま、今夜は今夜で、また新たなピーって事で。」


「光史ーーー!!助けてくれるのかと思ったのにー!!」


 光史に猫パンチをしてると。


「余裕だな。」


「……」


 ふいに、ポールがあたし達の席に来て言った。


 …騒ぎ過ぎちゃったかな。



「Lady B、良かっただろ?」


 誰が答えるかな?と思って、みんなを見渡したけど…みんなも同じようにキョロキョロしてて。


「はい。」


 あたしは、素直に答えた。


「あたし達の楽曲、カバーしてもらえるなんて嬉しいです。」


「……」


「あたし達も…彼女たちの歳の頃は、何でも出来るって思ってたなあ…って。」


 本当…怖いもの知らずだったと思う。

 それが…歳を取るたびに慎重になって…

 攻めじゃなく、守りに入る事が増えた。



 …今日の選曲、間違いじゃなかった。

 今夜のあたし達は…初期の、攻めのあたし達。

 忘れちゃいけない。

 あたし達は…

 SHE'S-HE'Sは、このメンバーでなら…どこまでも、高く上っていけるって事を。




 〇高原夏希


「……」


 後ろから聞こえて来る、ポールと知花達の会話。

 それを聞いて、俺は安心したし…自分を恥じた。


 カバーされた事を喜んだ知花。

 それは…きっと本心だろう。



「セット出来たな。行くか。」


「よし。」


「おう。」


「楽しもうね。」


 そんな声を掛け合いながら…SHE'S-HE'Sが客席通路をステージに向かう。

 客席には、SHE'S-HE'Sを初めて見る社員がほとんどで。

 その視線は…一斉にその七人に集まった。


 客席の中段には、麗を始め…メンバーの妻達。

 そして、首にタオルをかけた状態のF'sの面々がステージ袖から降りて。

 ステージに上がる前に座っていた座席に戻って来た。


 声をかけようと思ったが…まあ、やめておこう。

 最高のステージは、当然だ。

 審査免除であるからには、それぐらいやって当たり前。と本人達にも自覚しておいて欲しい。



 さあ…SHE'S-HE'Sの番だ。



 客席では、思ったより若く…と言うより、幼く見えてしまう知花に話題が集中していた。


『カミチサトの妻はいくつなんだ?』


『あんな子供が、あの歌を歌ってるのか?』


 …あんな子供。


 噴き出しそうになった。

 一瞬にして、Lipsで歌ってたさくらを思い出す。

 …よくも21だなんて嘘をつき通したもんだ。

 ボブカットではないが…ステージ上の知花が、さくらに見える気がした。


 エントリーシートには、初期の楽曲が書き込まれている。

 この五曲は俺もライヴで聴いた事はない。

 それはそれで楽しみだ。


 …ああ、そうだ。

 楽しみだ。



 今日の知花は、ざっくりと編んである白いセーター。

 あれは、さくらが編んだ物だな。

 その下に、フード付きのデニムワンピース。

 最近、よくデニムを着せられてるが…知花によく似合っている。

 今まであまり出さなかった足も、千里が積極的に出させていると言うんだから、驚きだ。


 まあ…娘が奇麗になるのは父親として嬉しい事だ。

 十分可愛いと思ってたが…

 ここ数週間の可愛さは、まるで華月や咲華、孫達を想う気持ちにも似ている気がする。



 知花より二つ年上の瞳は…最近、周子によく似てきた。

 子供っぽい自分を嫌う所なんかは特に。

 俺から見ると、十分子供で可愛らしいのだが。


 …ははっ。

 不思議なもんだ。


 マイクを手に、一見ボンヤリしている風な知花と。

 マイクスタンドの高さを合わせて、自分の立ち位置を確認している瞳を見ながら。

 そんな他愛もない事を考えた。


 …さくら。

 俺の知らない間に…とは言え、可愛い娘を産んでくれてありがとう。


 そして、周子も。

 俺は周子にもさくらにも、辛い想いをさせた。

 同じぐらい…瞳と知花にも。

 だが、今ステージ上にいる瞳と知花は、顔を見合わせて何か確認をしている。

 この瞬間…すべての思い出が愛しさに変わる。


 …俺は勝手な男だな…。

 さくらと里中に過酷な試練を与えて、それをまだ見届けてもいないと言うのに…


 もう、いつ終わってもいい。

 なんて…


 思ってしまっていた。




 〇神 千里


 …SHE'S-HE'Sが始まる。


 MCもなく五曲を終えた俺達は、ステージ袖から客席に降りて、そのまま元居た席に戻った。

 タオルで汗を拭きながら、ステージ上を眺める。


 …知花の髪型が…

 俺の好きなやつになってるぜ…!!


 それだけでテンションの上がる俺がいた。


「知花ちゃん、あの髪型だと超可愛いよね。」


 アズが隣でそう言うと。


「俺も思う。」


 その向こう側で、京介がすかさず頷いた。


「惚れんなよ。」


「どうかな~。よしよししてあげたくなるよね~。」


「俺も思う。」


「京介は思うな。」


「なんで俺だけダメなんだよ。」


「京介だけじゃない。アズもダメだ。」


「えっ、俺はいいんじゃないの?」


「俺の嫁だぞ。」


 俺達の、そんなくだらない会話を聞きながら。


「知花さん、本当可愛いけど…歌い始めてからの豹変ぶりが何とも…鳥肌ですよね。」


 映が真顔で言った。


「…映、小遣いをやろう。」


「え…えっ?」


「あー!!俺も思うよ!?神!!」


「おまえが言ってもおまえには小遣いはやらない。」


「えー!?」


 わちゃわちゃとそんな会話をしてると…


「…始まるな。」


 京介が、息をひそめて言った。


 今日はライヴ…とは名ばかりのオーディション。

 照明が落ちる事も、派手になる事もない。

 ただ、自分達の曲を聴かせて、ライティングマジックに頼らないパフォーマンスをやり遂げる。

 それだけだ。



 まず、静かに響き始めたのは…まこちゃんの鍵盤…単音…


「…これって…」


 珍しく、アズが呆気にとられたような声を出した。


 これはー…

 初期の曲だ。


 朝霧のハイハットから、一斉に重い音が重なって。

 陸と早乙女が腰を落としてギターを弾き殴った。


「っ……」


 その迫力に、会場の至る所から…自分で自分の両腕を抱きしめる動作が見られた。


 …だよな。

 鳥肌…ハンパねーよ…。


 陸と早乙女に、聖子が加わってのユニゾン…


 あー…なんだこりゃ…!!

 この曲、ライヴでやった事ねーよな!!

 てか、ライヴで出来る曲だと思ってなかったぜ!!


 …ああ…やべー…

 さっきまで、俺が立ってたステージで…

 クソ最高な事してやがる…!!


 そして、知花のロングシャウト。

 客席は当然だが…息を飲んで呆然としてる顔ばかりだ。

 …恐らく、これにウズウズしてるのは…俺達F'sと、高原さんと…

 麗や、朝霧の嫁さん達だけだな。



 どーだよ。



『存在しないバンド』と噂されたSHE'S-HE'Sを目の当たりにした気分は。



 SHE'S-HE'SのLIVE経験は、大昔にこっちのライヴハウスとグランドロックフェスに出て以来…ビートランドの周年ライヴやイベントのステージのみ。

 だが、高原さんは何の思いがあってか、バックショットやシルエットのみの映像の他に、ちゃんと姿の入った撮影もしていた。

 それは当然映像班が聖の会社と提携して仕上げて、厳重に保管されている。

 俺らでさえ…全編お目にかかった事はない。



「…聖子ちゃん、上手くなったね。」


 アズが京介にそう言うと。


「…臼井さんに弟子入りしてたからな…」


 京介は瞬きも出来ない表情で答えた。


「上手くなったって言うか…聖子さん…もうこれ敵なしレベルっすよ…俺、ちょっと今…すげー鳥肌…」


 珍しく映が感情をむき出しにしている。

 …それほどに、今日の聖子のベースは鬼気迫る物がある。


 元々テクニックはあった。

 だが、女である上にメディアに出ないと言う事で注目されにくかったのと、SHE'S-HE'SのベースラインはF's同様…シンプルだ。

 どうしても派手なギターの音に影をひそめてしまいがちになる。

 その基本に忠実なシンプルさが、実際はどれだけ技術が要るかなんて、単なるリスナーには分かるはずもない。


 分かるはずないが…ここはビートランド。

 目の前で繰り広げられている信じられない光景に、口を開けっ放しにしている奴ばかりだ。



 知花のハイトーンのさらに上。

 瞳がそこを歌い上げると、首を横に振って『信じられない』と言った表情を見せる奴や。

 頭をぐしゃぐしゃにしながら興奮してる奴らがあちこちに見えた。



 ギターソロは…


「うわあああああ…やっぱ早乙女君って反則だよね…あの見た目でこんな事しちゃうなんてさー…」


 アズが足をジタバタさせて唸った。


 まずソロに入ったのは早乙女だった。

 今日の早乙女もまた…聖子同様、今までのステージで見せた事のない顔だ。

 ステージの時だけ外してた丸い眼鏡も、今日は装着したまま。

 客席が見えたら上がるから外してるって言ってたが…慣れたのか?


 いつも物静かで熱くならないイメージだが…

 かなりの…速弾き。

 これはー…ちょっと俺も度肝を抜かれた。

 どちらかと言うと、陸が速弾きを担当して、早乙女はメロディアスなソロを弾く方だったが…

 ハイポジションでのライトハンドでは、ステージ横の卓でヘッドフォンをしてる里中が強く頷いてるのが見えた。


 里中の奴も…相変わらず、いい音作りやがるぜ。



 ソロの中盤で、陸と交代…が、陸も超速弾き…


「二人ともどんな指してんだよー…」


 アズのジタバタが止まらない。


 早乙女は腰を落として静かに弾くタイプだが…陸は速弾きでも頭は振る。

 見てるこっち側も、つられてやってしまいそうになる…が…

 そんな早乙女と陸の、超絶すげーと思わされるソロに…


「うお…っ…」


 京介が、たまらないって声をあげた。


 朝霧の、魂を抜かれるような破壊力のあるフィルイン。

 これ…はー…マジで…


「…やべーな…SHE'S-HE'S…」


 つい、笑いが出た。

 すると、隣にいるアズも前髪をかきあげながら。


「ほんと…ヤバいよねー…これ、世界に出ちゃって大丈夫かな…」


 呆然とした様子でつぶやいた。



 俺達が圧巻のステージを魅せたつもりなのに。

 その俺らを消し去るほど…

 そして、それが全く悔しいとか思えるレベルじゃないほど…

 SHE'S-HE'Sの…真の実力に、ため息が出た。


 それと同時に、久しぶりに胸の奥が熱くなったし…もっともっと高みを目指したいと思えた。



 大サビをドラマティックに盛り上げるまこちゃんの鍵盤と、歳を重ねても衰えを知らない知花の伸びやかな声。

 昔は歌い方が攻撃的と言われて悩んでたが…

 今は、武器でしかない。




 〇里中健太郎


「はーーーーー……震える…やべー…マジで鳥肌…ずっと鳥肌…」


 ハリーがそんな事をつぶやきながら、自分の両腕を忙しなく擦る。

 俺はそれを視界の隅っこに入れながら、みんなの音に集中した。


 …今まで…SHE'S-HE'Sのリハやステージをいくつか経験して来たが…

 そのどれよりも。

 今、目の前で繰り広げられているステージは…俺の足を震わせてる。


 初期の曲はリハで聴いた事がなかった。

 近年主にやってたのは、島沢がコンピューターを導入してからの楽曲が多かったし。

 思い出したように古い曲をやったとしても、こんなにハイテンポな物は選ばなかった。

 なぜかと言うと、初期の曲は完璧に出来上がり過ぎていて、アレンジが難しかったからだ。


 朝霧さんがプロデュースしてデビューしたSHE'S-HE'S。

 その作品は、まさに…Deep Redを凌ぐハードロックバンドの物だったし…

 あの音源をそのまま…いや、あの音源以上の物を目の前で実際に演奏されるとは…きっと誰も思ってなかったはず。


 長い時を経ても、変わらないどころか…進化しているバンドなんて。

 そうそう居るもんじゃない。



 三曲目になってようやく、少しホッとするメロディアスな曲になった。

 恐らく京介なんかはハイテンポなままで五曲攻めて欲しいと思うタイプだろうが、俺はこのタイミングでの箸休め的な曲は必要だと思う。


 それにしても…

 相変わらず、ズレを知らないバンドだ。

 朝霧と七生…鉄壁のリズム隊だな…



「…もうDEEBEEで弾くのが嫌んなりますわ…」


 ハリーがパイプ椅子に座ったり立ったり…落ち着かない様子でつぶやく。


「…こんなの見せられちゃ、仕方ないな。」


「ホンマに…あいつらもここに居ればえかったのに…」


 きっと…ハリーはその内、弾く事を辞める。

 エンジニアとしての腕をもっと磨きたいと思ってる事を、高原さんに申し出るつもりだ。と、さっき聞いた。



 正直…世界ではバンドよりもソロアーティストの方が受け入れられている。

 バンドを多く抱えているのも、日本のビートランドで…アメリカとイギリスはソロの方が多い。

 それに、日本にはダンスグループやヒップホップ系は存在しないが、アメリカとイギリスにはそれが居る。


 各事務所でカラーが違う。

 高原さんはバンドを増やしたいようだが、時代の流行と共にニーズも変わる。

 そんな中でも、トップを守り続けているSHE'S-HE'Sと…それに続くF'sは貴重だ。


 DEEBEEとDANGERにも。と、高原さんは思っていたのだろうが…ハッキリ言って無理だ。

 だとしたら…改革をしなくてはならない。

 …さくらさんと俺で。


 いや…

 これは、俺がやらなきゃいけない事だ。



 ……そう言えば。


 さくらさんは、どこに…?

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