第31話 「始めてくれ。」

 〇高原夏希


「始めてくれ。」


 客席の中央で、ポールが用意した資料を見ながらそう言うと。

 ポールは一度後ろを振り返って…席の埋まり具合を確かめたようだった。

 本来なら、このオーディションにオーディエンスは不要だが…後々の事も考慮して許可した。


 一応、春までSHE'S-HE'Sの顔出しがNGなのは厳守で、カメラの持ち込み禁止は徹底してくれた。



 トップのバンドがステージに出て来た。

 男性三人、女性二人の五人編成。

 ボーカルは女性で…なるほど、心地いい声をしている。

 カントリー調の楽曲は、昔さくらがカプリで歌っていた周子の曲を思わせるポップなサビで。

 自然と席を立ってステージ前に集まる輩が出て来た。


「……」


 あくまでも、演奏と楽曲の審査だ。

 客との掛け合いは対象としていない。


 俺はひじ掛けに頬杖をついた状態で聴き入った。

 このバンドの最大の魅力と最大の欠点。

 その両方を感じ取って、ゆっくりと資料に書き込む。

 すると、それが気になったのか…ポールが何度か俺の手元を気にしているようだった。


 今夜は審査を受けるバンドに三曲ずつ選曲させた。

 F'sとSHE'S-HE'Sには、それぞれ五曲ずつ。

 ここも俺の事務所である事は変わりない。

 いいアーティストには、ちゃんとそれなりの評価をする。



 トップと二つ目のバンドの後、三番目には女性七人のダンスグループ『Angel's Voice』が登場した。

 現在ミリオンヒット中。

 恐らく…ポールが一番腹を立てているのは、彼女達を審査免除にしなかった事だろう。


 ポールが見つけて育てたグループだ。

 自信もあったはず。


 露出の多い衣装での激しいダンスと、華やかなルックス。

 その煌びやかさにファンは多いが…俺から言わせると、忙しさゆえなのかボイトレも出来てない状態な気がする。


 メインボーカルを務めるナンシーとレイチェル。

 レイチェルは一曲目から高音に難がある。

 ナンシーもサビに差し掛かる前に、盛り上げようとしてるんだろうが…音程がフラット気味になるのが気になる。


 さすがに今夜のAngel's Voiceの出来はポールも不安を感じたのか。

『今日は調子が悪いな…』と、俺にも聞こえるようにスタッフに話しかけた。


 それでもダンスは見事だった。

 フェスのステージには映えるだろう。

 ただ…歌の方は、もっと本気でやらないと合格点はやれない。



 四つ目に出て来たのは…F'sと同世代の『KEEL』というベテランバンド。

 今日初めてのハードロック。


『お偉いさん方!!しっかり聴けよ!!』


 ボーカルのノエルがマイクスタンドを振り回しながらのパフォーマンスを見せて、客席は大盛り上がり。

 まあ、今までの三つが小さくまとめて来た事を思えば、気持ちのいい弾けっぷりだ。

 元々KEELは暴れ者バンドで。

 若い頃は幾度となく機材を壊して、出禁になった会場も数知れず。

 うちのアーティストカラーに合わないと言う事で、一度はクビにしかけたが…

 暴れても機材を壊さないという約束で、ビートランドのバンドとして活躍を続けている。


 堅苦しいとか、お行儀良過ぎるとか、箱入りロックとか言われても。

 それが俺の方針だ。

 その中での魅せ方聴かせ方が出来るアーティスト以外は、俺は要らないと思っている。



 少し後方に目をやると、千里は圭司と何かを話しながらステージを見入っている。

 …こいつらも成長した。

 それは、俺の期待を上回るほど。


 あの時、マノンとナオトを俺にくれと言った千里には…今は感謝しかない。



『Thank You!!』


 ノエルのシャウトで三曲目を終えたKEELは、ベテランとしての貫禄を十分に発揮した。

 演奏も歌も、ノーミス。

 パフォーマンスも良かった。

 ついでに、行儀も。

 今のところ、一番の高評価だ。



 そして、アメリカ事務所最後のアーティストの出番。

 俺としては、KEELを最後に持っていってくれた方がF'sも評価し直せると思ったが。

 最後のアーティストは…『Lady B』という、四人編成で平均年齢22歳のレディースバンド。


「…ん?」


 資料を見て、目を細める。

 ステージ上はセッティング中。


「ポール。」


 俺は少し前に座っているポールを呼んだ。


「はい。」


「この資料は間違いないのか?」


「…合ってます。」


「……」


「選曲は自由ですよね?」


「…まあ、よかろう。」


 資料を閉じて膝の上に置いた。


 確かLady Bは、音大出身者ばかりで。

 在学中にオーディションを受けてビートランド入りした。

 デビュー曲はナオトが作曲して、全米では一位こそ獲らなかったが、ロングヒットとなった。

 若いのに楽器を知り尽くしてる感があって、個々の技術は素晴らしい。

 シンプルな曲を、よりシンプルに。

 だが、確実にドラマチックに仕上げる能力も持っている。


 そのLady Bが選曲したのは…



「…えっ?」


 会場のあちこちから、驚きの声が上がった。

 Lady Bが演り始めたのは…SHE'S-HE'Sの曲だからだ。


「マジか…」


 京介の呆然とした声が聞こえる。

 この曲は…四年ぐらい前に世界でスマッシュヒットとなった、ハードな曲。

 光史の複雑なドラミングを…22歳のオリビアが自分の物にしている。


 …気になる。

 俺の数席後ろにいるSHE'S-HE'Sの反応が…気になる。

 だが、あえて振り向くのはやめた。


 …確かに、今回カバー曲がNGとは言わなかった。

 だが、なぜ自分達の曲で勝負しないんだ?

 資料にあった三曲は、どれもSHE'S-HE'Sの曲だ。

 カバー曲を発表する話も聞いていない。


 だとすると…

 わざわざ、この審査で演る意味も…


「……」


 もしかして、SHE'S-HE'Sを煽るためか?

 今までもカバーバンドが動画サイトに載せているのを何度か耳にした事はあるが…

 これは、その中でもダントツに上手い。

 F'sがライヴでやったSHE'S-HE'Sも圧巻だったが…ボーカルが女性だけに、知花のキーに近い物を出している。

 音域は知花ほどないにしても、高音中心の選曲は…かなり豪華だ。


 会場のあちこちで、感嘆と驚愕のため息が漏れている。


 …もったいない。

 正直、そう思った。

 ここまで実力があるなら…誰かの真似じゃなく、完全なるオリジナルを聴かせて欲しかった。

 全員が上手いが、これは…カバーじゃなくてコピー。

 確かに上手いが似せているだけだ。


 小さくため息をつく。

 俺は…ビートランドの会長だ。

 贔屓はしない。


 この後のF'sとSHE'S-HE'Sが…これを、どう受け取ったのか。


 それで崩れるようなら…


 遠慮なく、枠からも外す。




 〇神 千里


「……」


 目の前で繰り広げられている『SHE'S-HE'S』のカバーバンドのステージに。

 俺は…静かに腹を立てている。


 何なんだ。

 おまえら。

 本人達目の前に、よく出来たもんだな。



 ぶっちゃけ…右後方を見るのが怖い気がした。

 ポールのおかげで?闘志は湧いていたようだが…

 こんなもん見せられちゃ、内心穏やかでいられねーよな。



「うわー…SHE'Sのみんな、めっちゃ必死で見てるよー…」


 アズが少しだけ後ろを振り返って、俺の耳元で言った。


「……」


 俺もさりげなく…知花達のいる方向に目を向けると。

 SHE'S-HE'S全員が、前のめりになって…食い入るようにステージを観ている。

 …誰も、一言も発さない。

 22歳の女に、完璧にコピられてる朝霧は…どんな想いなんだろうな。


 あー…三曲聴くのが辛いぜ…


 SHE'S-HE'Sの方が、もちろん上手いが…

 それに、俺らがやった方が当然上手かったが…

『若い女がここまでやってる』感がそうさせるのか、会場はざわついた後に大きな盛り上がりを見せている。


 …くっそ…


 なんつーか…

 神聖な物を汚された気分っつーか…


 今にも前の座席を蹴ってしまいそうになってると…


「千里。」


 ふいに、後ろから知花の声。


「…あ?」


 驚いて振り返る。


 おまえ、いつ来た?

 気配なかったぞ?

 まあ…いつもの事か。


 何となく怒り心頭な様子を知られたくなくて、腕組みをして前を向くと…


「怒ってる?」


「…なんで。」


「髪の毛が逆立ってる。」


「嘘だろ。」


「ふふっ。うん。嘘。」


「……」


 この旅行中初めて、知花に対して睨むような眼をしてしまったかもしれない。

 少し斜に構えて知花を見ると。


「心配しないで。あたし達、みんな大丈夫だから。」


「……」


 腕組みをしたまま、ゆっくりとSHE'S-HE'Sを見る。


 朝霧は感心したような笑顔で早乙女とステージを指差して。

 陸とまこちゃんは前の座席の背もたれでリズムを取って。

 聖子と瞳は…一緒に口ずさんでる。



「この子達は敵じゃないよ。だって、同じビートランドのアーティストだもん。」


 …耳元に…知花の声が心地良かった。


 あー…俺、ちっせえな。

 本気でそう思ったし…

 こいつら、本当に…楽しんでやがる。って思った。


 …それもそうだな。


 敵じゃねーよ。

 俺らは…音を楽しんで、楽しませて。

 音楽っていいだろ?って、世界に向けて発信するビートランドのアーティストだ。



「千里のステージも…楽しみにしてるね?」


 至近距離にある知花の顔。

 俺は右手を後ろに回すと、知花の頭を引き寄せて…そのままキスをした。

 唇が離れて、もうっバカっ。て言葉が来るかと思ったが…


「…愛してる。」


 知花の口から出たのは、思いがけない愛の言葉。


「…ホテル帰りてー…」


 そう言った俺に。


「その前に、最高のステージをよろしくね?」


 知花はそう言って、俺の頬にキスをして…席に戻った。



 …ちきしょーめ…





 応えてやろーじゃねーか。





 〇里中健太郎


「ちーさん達…大丈夫っすかね…」


 ハリーが心配そうな声で言った。

 アメリカ事務所の最後のバンドは、平均年齢22歳の『Lady B』…女子バンド。

 その子達の見事なまでのSHE'S-HE'Sカバーに、会場は度肝を抜かれた。

 客席を見た所…SHE'S-HE'Sは大丈夫そうだが…


 F'sが。

 ずずーん。と、重たくなっているように見えた。


「まあ…あいつらの事だから、ソツなくやり遂げるとは思うが…」


 機材の転換はほぼなくて。

 ざわつく客席から、ゆっくりとF'sの面々がステージに上がった。


「……ふっ。」


 つい、小さく笑う。


「…なんも心配ないっすね。」


 ハリーも笑った。


 ステージにその姿が現れただけで…会場中が息を飲んだ。

 …オーラが違うぜ。


 いくらLady Bが頑張った所で…一瞬にして、色が塗り替えられた気がした。

 輝きにあふれていたLady Bのステージから…F'sのダークなメタリック色に。

 そんなイメージだ。


「…すげー…ステージに上がっただけやのに、完全にLady Bの残像消したわー…」


 ああ…全く。

 ハリーのつぶやきに、心の中で同意する。

 客席は…さっきまでと打って変わって、静まり返った。

 …これは、何か作戦なのか?

 客席のノリと審査は関係ないはずだが…あからさまに着席する輩たちを見たハリーが。


「なんや胸糞わりー…」


 眉間にしわを寄せながら、ヘッドフォンを外した。


「里中さん、こっから頼んます。」


「おう。」


 ハリーとハイタッチを交わして、ステージ上のF'sを見る。

 いつもはヘラヘラしてるアズさえも…ライヴ直前だけは真顔。

 …黙ってればいい男なんだけどな。

 そんな事を思いながら、みんなの横顔を見つめてると…


 ギターを担ぎ直した神が、こっちを向いた。


 …始まる。



 ゴクン。



 自分が一番緊張してる気がした。

 さあ…神経を研ぎ澄ませろ。

 みんなの、一番いい出音を…俺が作るんだ。


『one,two』


 京介のカウントで、四人の音が始まった。

 リハーサルなしのステージ。

 だが…俺には自信がある。

 あいつらの、最高の音は…これだ。


 F'sが始めたのは、四人編成になってからの曲。

 この前のライヴでは、やっていない。

 驚くほどズレのないタイミングで、京介のバスドラと映のベースが小気味いいリズムを刻む。

 そして、アズと神の…実はすごく複雑なのに簡単そうに見えてしまうギターリフ。


 アズ…上手くなったな…



「……」


 神が歌に入った途端…着席した輩達に変化があった。

 エッジの効いた歌声に、全員が身震いした様子だった。

 あー…何だよ、神。

 おまえ、何歌わせてもカッコいいなんて、反則だな。ほんと。


 …思えばー…ラフな神のステージを見るのは初めてだ。

 いつも割とピシッとした格好だから、音とも妙にマッチングしてた気がするが…

 今日のコレは、F'sファンから見れば、まあ…レアだよな。

 パッと見、今から仲間とビールでも飲みに行くような男が、のっそりとステージに上がってギター担いで、信じられないぐらいカッコいい声で歌い始めた…って感じか?


 俺が女なら、間違いなく惚れてるな。

 女じゃないから惚れないけど。

 …いや、でも神の才能には惚れこんでる。

 それは認める。


 ……人柄にも…か。



 そんなどうでもいい事を頭のどこかで考えながらも、俺の耳と指先はF'sの音と卓の調整に集中していた。


 もしかしたら、誰からともなくF'sとSHE'S-HE'Sでは盛り上がるな。なんておふれでもあったのかもしれないけど…

 もう、ウズウズしてるのが目に見えて分かる。

 別に審査の対象にはならないはずだから、おとなしく座ってくれててもいいんだけどな。



 F'sのステージは…いつもに増して圧巻だった。

 前回のライヴでは、熱いラブソングで会場を涙の渦に巻き込んだし、Deep RedやSHE'S-HE'Sのカバーもして、どこまでも客席を盛り上げてくれたが…

 今回は、MCも挟まずの五曲。

 骨太なロックだった。

 誰にも文句なんて言わせない。

 そんなステージだった。


「あかん…俺、マジF'sのたんびに、ちーさんに惚れてまうわ~…」


 ハリーが頬を赤らめて言った。


「…そう言いたくなる気持ちは、俺にも分かる。」


 小さく頷きながら、ため息をついた。


 神は…まだまだ歌ってなきゃいけない。

 そのためにも…

 俺は、俺が出来る事を全て、全力でやるしかない。

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