第30話 エレベーターの前で里中に出くわして。

 〇神 千里


 エレベーターの前で里中に出くわして。

 どこに行くのかと思ったら…一階上のミーティングルーム。


 …エレベーター使うのかよ。

 じじいか。


 って思ったが…ま、仕方ねーな。

 こっちに着いたと思ったら、すぐさまオペレーターやれ。だもんな。



 里中と一緒に知花達の所に行くことにした。

『F'sはいいのか?』って言われたが、俺らは四人体制になってからの曲をやれば済む話。

 どうにでもなる。



 コンコンコン


 里中がドアをノックして、中から陸の『はい』が聞こえて。

 そう言えば、知花達は里中が来る事知らないんだっけな。なんて思いながら、里中がドアを開けるのを後ろで見てると…


「里中さん!?」


 これまた…SHE'S-HE'Sは全員が口を揃えて里中の名前を叫んだ…と次の瞬間…


「里中さん…!!」


 知花が、里中に抱き着いた。


「!!!!!!!!!!」


 それには、全員が声を出さずに絶叫って顔をしたが、一番驚いてたのは…

 里中だ。


 俺の前で、肩を大きく揺らして。


「え…えっえええっ!?」


 両手を上にあげて…狼狽えてる。


 メンバーは里中の後ろに俺がいる事に気付いて真っ青になったが…

 俺は、さほど妬いてもない自分に驚いた。



「知花。抱き着く相手を間違えてないか?」


 俺が里中の後ろでそう言うと。


「はっ…あっ、あたし、なんで里中さんに抱き着いて…ごごごごめんなさいっ!!」


 知花はそう言って、青くなって里中から離れた。


 赤くなって、じゃなく。

 青くなって、だ。


「来い。消毒してやる。」


 俺がそう言って両手を広げると、案の定赤くなってる里中は俺を振り返って『俺はバイキンかっ』と小さく言った。

 そして、俺の寛大な?言葉に、なぜか拍手してるメンバー達…


「消毒って。」


 苦笑いする知花の腕を取って、ギュッと抱きすくめる。


 …自分でも意外だ。

 知花から里中に抱き着いたのに、どうして妬かなかった?


「里中が来てくれた事だし、何の心配もねーよ。」


 耳元でそう言うと。


「…スイッチ入ってたつもりなのに、ちょっと不安だったみたい。バレちゃった…?」


 知花も小声で俺に返して来た。


 …不安?



 メンバーを見渡すと…何やらメラメラとした闘志のような物が…


「…ポールが来たのか?」


 知花の肩に手をかけて、目を見て問いかける。


「……」


 知花は答えなかったが、唇を噛みしめたその表情が、正解と言ってる。

 …なるほど。


 俺は小さくため息をつくと。


「…なんだろーな。ポールは…俺らがオーディション免除されてる事が気に入らねーみたいだ。」


 知花の背中を押して座らせると、俺も隣に座った。

 ついでに、突っ立ったままの里中の腕も引いて座らせた。


「朝霧は気付いたかもしれねーけど…こっちに戻ってからの沙都は、驚くほど粗雑な扱いをされてる。」


 俺がそう言うと、朝霧は小さくため息をついて。


「…来月からレコーディングに入るかもしれないって聞いてたのに、戻った途端ツアーに回れって言われたと。しかも…ロビーに飾られてるって聞いてたゴールドディスクまで姿を消してて…正直驚きました。」


 怒りを抑えたような口調で言った。


「あいつが…どんな想いでソロデビューしたか…周りの反対を押し切ってまで掴んだものを、まるで事務所の力だと言わんばかりに…」


 朝霧の言葉を聞いてると、改めて…俺にも怒りが湧いて来た。



 確かに…沙都を売り出す時、事務所は大々的にバックアップした。

 ゆえに、沙都の驚異的ヒットは事務所のおかげでもある。


 が…

 陰の立役者はグレイスと曽根だ。

 もちろん、ひたむきに過酷なスケジュールをこなした沙都自身の力でもある。


「沙都の事だ。たぶん、こんな状況になっても歌を楽しむ事は忘れてない。」


 指を組んでそう言うと、朝霧は小さく『ありがとうございます』と言った。


「俺達も…むしろこの状況を楽しもう。」


 その言葉に、両サイドにいる知花と里中が俺を見た。


「世界からチヤホヤされてんのに、なかなかないぜ?こんな嫌がらせ。」


 自分で言っておかしくなった。

 今夜のライヴを言い出したのは、高原さんだ。

 だから、元々は高原さんによる嫌がらせって事になる。


 ふっ。

 ま、もう誰が首謀者でも構わねー。

 きっと今夜はここの社員たちも、『お手並み拝見』と、こぞって観に来るだろう。

 特に…SHE'S-HE'Sに対して。


 だから…里中が来てくれたのは、俺にとってもありがたい話だ。


 この状況での最善どころか…

 きっと、最高のステージが観れるはずだ。

 この状況下であっても、だ。




 〇里中健太郎


「それで…曲は決まったのか?」


 神が『俺もそろそろメンバーの所に行くかー』なんて言いながらミーティングルームを出て行って。

 俺はSHE'Sのメンバーを見渡して問いかけた。

 それぞれの手元に置かれてる紙は、まだ真っ白のままだ。


「初期の曲をやろうかと。」


「は?」


 朝霧の言葉に、つい眉間にしわを寄せる。


「初期って…」


 SHE'S-HE'Sはデビューして29年。

 当時は…今よりシンプルではあったが、曲はかなり激しかった。


「…島沢、今日使う機材は?」


 まず疑問に思ってた事を問いかけると。


「あ、ホールで使われる物をと思ってます。」


 島沢は、あっけらかんとそう言った。


「はっ?」


「うち(日本)にあるのと同じですよね?だったら十分かなって。」


「……」


 まあ…本人がそう言うなら…間違いはないだろうが…


「…早乙女と二階堂は?音作りの方は大丈夫か?」


 ここには自作のエフェクターボードもないぞ?って意味も込めて問いかける。


 すると二人は。


「ええ、まあシンプルに行こうかと。」


 顔を見合わせて『な』なんて言い合ってる。


 …そうか。

 心配する事はなかったかな。

 だが…さ…さささ…さっきの…知花ちゃん…


「……」


 急に、知花ちゃんに抱き着かれた事を思い出して赤面してしまうと。


「…えーと、里中さんに来てもらえて本当に嬉しいデス(棒読み)。」


 あまりにも俺の様子が丸分かりだったのか…俺の真正面の座ってた七生さんが、目を細めてそう言った。


「ご…ごめんなさい。あたし、オペレーターは里中さんがいいなあって…でもアメリカだし、里中さんは日本で…あのその…」


 知花ちゃんが口ごもりながら小声でつぶやくそれを、そうだそうだ俺はこの子の声を一番奇麗に響かせる事が出来るんだー!!と息継ぎもせず頭の中で繰り返し唱えて聞いた。


「あはは。衝撃シーンだったなあ。知花が抱き着いたのに、神さんがキレなかったとか。」


 島沢がのんきに笑いながら言うと。


「あたしも思った~。里中さん殺されちゃうって思ったけど、千里も大人になったもんねえ…」


 瞳ちゃんが真顔でそんな事を言って…

 当の知花ちゃんは顔面蒼白なまま、冷や汗モノな表情で…


 …ふっ…


「いい旅行なんだろうね。」


 俺は立ち上がって椅子をおさめながら、知花ちゃんに言う。


「…え?」


「神が怒らないって事は、何においても充実してるって事だよ。F'sのライヴの前は調子悪そうで、どうなる事かと思ったけど…良かった。」


「そう言われると、神さんライヴ後からずっと穏やかな顔してるなあ。」


 俺の言葉に早乙女も頷きながらそう言った。


「そりゃ、毎日ピーでピーでピー」


「陸ちゃんーーーーーー!!」


「え…っ?毎日ピーって?」


「いいんですいいんですなんでもないんです!!里中さん、今夜はよろしくお願いします!!あたし全力で頑張ります!!」


 みんなは爆笑してるけど、知花ちゃんは真っ赤になって立ち上がると。

 俺にペコペコと頭を下げた。


 …良かった。

 さっきの顔面蒼白が、今は真っ赤。

 SHE'S-HE'Sは…ほんと、全員が解かり合えてる。


「じゃ、ハッキリ選曲出来たらエントリーシート書いて持って来るように。」


 ドアを開けながら振り返って言うと。


「はい!!」


 全員が立ち上がって、元気のいい返事。


「里中さん。」


 朝霧に呼び止められて、もう一度立ち止まる。


「ん?」


「今夜、里中さんにも楽しんでもらえるよう、俺達も楽しみます。」


「……ああ。分かった。」


 何も心配は要らなかったな。



 俺はミーティングルームを出て。


「…一応F'sの様子も見とくか。」


 何となく、京介が心配になって。


「あ、アズ?F'sどこに揃ってる?」


 アズに電話をした。




 〇東 圭司


「健ちゃんが来るって。」


 朝子ちゃんに付き添ってた映も来て、四人揃った我がF'sがスタジオでちょっとだけって集まってると。

 健ちゃんから電話があった。


 大変だよね~。

 こっちに着いたと思ったら、寝耳に水状態でオペレーターやれってさあ。

 ま、俺達も急な出来事に『ええー!!』って思ったけど、まあ…俺はライヴ好きだからいいんだけどね。


 困ってるのは…京介なんだよねー。

 ほんっと…

 ウロウロしてたら外人に会うからスタジオ入ろうって。

 人見知り、酷くなってない?



「…里中が何の用だよ。」


「最終確認じゃないかなー?」


「……」


 もー。

 昔は一緒にバンド組んでたのに、京介って健ちゃんにも人見知り?

 嫌~な顔して、ドラムセットの前には座ってるけど…叩く気はなさそうー。

 神は映と曲の構成について話し合い中。

 映、すごいなあ。

 もう神に認められてるって事だよね。

 こんな大事な局面で、曲の構成の相談を持ち掛けられるってさ。


 …あっ、俺は決まった事をちゃんとやるだけだから、何も妬かないよー。



「…あのさあ、せっかくSHE'S-HE'Sも俺らもライヴ出来るんだし、もっと楽しそうに出来ないかな?」


 京介が座ってる椅子に割り込むようにお尻を乗せると、京介はあからさまに嫌そうな顔をして。


「…狭いっつーの。何でここに座んだよっ。」


 俺に背中を向けて吐き捨てるように言った。


「京介さーあ…何か健ちゃんに恨みでもあんの?」


 京介の背後から耳元に向けて、小声で聞いてみる。


「……」


「あっ、あるんだー。何々?俺、相談乗るよ?」


 コソコソとそんな事をつぶやいてると、京介は椅子から降りて床にしゃがみ込んだ。

 そして…俺にもそうするように『床に座れ』って指差した。


「…?」


 神と映に見えないようにするため?

 ドラムセットの内側に、おっさん二人がしゃがみ込んで…あははは、笑えるなあ。


「…里中の奴…」


「うん。」


「俺の嫁さんの事、いまだに『七生さん』って呼びやがる。」


「えー?俺も昔は『七生ちゃん』なんて呼んでたけど、京介と結婚してからは、『聖子ちゃん』にシフトチェンジしたよ?」


「だよな?普通そうだよ。なのに里中の奴…自分が独身だから、俺への当てつけなのか…俺がそこにいても『七生さん』ってさ。」


「…………へー…」


「それが気に入らねーんだよ。」


 京介の言葉に……ある事を思い出して…瞬きを数回した。


 そう言えば…


「……それは、ムカついちゃうね。俺、今度聞いたらハッキリ言ってやるよ。」


 そんな気はないけど、とりあえず言ってみる。


「…ちょっとトイレ行って来るよ。」


 すっくと立ちあがって、神と映にも聞こえるようにそう言ってスタジオを出ると…


「俺も行く。」


 神がついて来た。


「…あれー?珍しいね。」


「今京介と話してたアレ、京介は何か知ってんのか?」


「……」


 あれ…?

 アレって…


「おまえらが内緒話なんてしても、ハイハット用のマイクがオンになってちゃ丸聞こえだな。」


「はっ…そ…そうだったんだ…」


 気付かなかったー‼︎


「で?おまえはどこまで知ってる?」


「…神も何か知ってんの?」


「俺は…偶然見ちまったからな。」


「…もしかして…健ちゃんがストリートで歌ってた時?」


「ああ。おまえも見たのか。」


「…うん…」


 あれは…SAYSが解散して…健ちゃんがソロで歌ってた頃。

 たまにストリートで歌ってた健ちゃんの所に、なぜか…聖子ちゃんが通ってた。


 そして…



「京介に余計な事言うなよ?もう昔の話だ。」


「…だよねー。聖子ちゃん、むしろ今は知花ちゃんにデレデレって感じに見えるもんね。」


 俺が思ったままの事を口にすると。


「……」


 あれ?

 神が目を細めて黙った。


 なんでー?




 〇里中健太郎


 とりあえず…F'sからもSHE'S-HE'Sからもセットリストは届いた。


 さあ…しっかり目を覚まして、耳も頭も研ぎ澄ませよ、俺。


 バシャバシャと顔を洗って、現場に戻ると。

 俺が戻るのを待ってたのか…高原さんが卓の横に腕を組んで立ってた。


「あ…すみません。離れてて。」


 恐縮しながらエントリーシートを手にすると。


「悪いな。時差ボケは大丈夫か?おまえばかりを頼りにして申し訳ない。」


 高原さんは、俺の肩に手をかけてねぎらいの言葉をかけてくれた。


「…大丈夫です。」


 背筋を伸ばす。


「飛行機で眠れなかったのか?」


 ギクッ。


「あ…あ、ちょっと揺れが気になって…」


「そうか。とりあえず、今夜の現場が終わったら、明日は何もしなくていい。しっかり休め。」


「はいー……」


 ああ…胸が痛む。



 実は…


 沙都のデータをもらって渡米する事が決まって。

 それを…さくらさんに知られて。


「あたしも行く!!」


「いや…それは高原さんに怒られるでしょう…」


「なんでー!?あたし一人残ってたって、何もできないもん!!」


「え…ええと…そうは言っても…二人で留守にはできませんよ…」


「マノンさんとナオトさんがいるから大丈夫だよー!!」


「うっ…えーと…でも…ですね…」


「大丈夫!!あたしが勝手に行くことにしたって言うから!!」


「……」


 もはや…俺には止める事が出来なくて…


「ねえねえ里中君、あたし、沙都ちゃんのデータ聴いて思ったんだけど。」


「そう言えば里中君て、歌ってたんだよね?」


「里中君、寝ちゃうのー!?」


 飛行機の中でも…元気いっぱいのさくらさんは…


「うわー!!天気いいねー!!」


 空港に着いた途端…


「あたし、ちょっと行きたい所があるから、また今夜にでも連絡するねー!!」


 と言ったきり…連絡がつかない。


 さくらさんと別れた後で、高原さんから連絡をもらって…

 18時からオーディションがある事や、それにF'sとSHE'S-HE'Sが出る事も伝えたいのに。

 携帯は…電源が切られてる。



 確か俺より13歳上。

 だけどずっと元気でバイタリティ溢れる人だ。

 知花ちゃんの母親…


 …知花ちゃん…


 さっき、ミーティングルームのドアを開けた途端、抱き着かれてしまった。

 ドキドキはしたが…なんて言うか…

 教え子って言うか…そんな気持ちになった。

 俺の、彼女に対する恋心も…ようやく落ち着いたかな。



「そろそろっすねー。」


 ハリーがヘッドフォン片手にステージを見渡した。

 客席には、ポールを始め…こちらの上層部と主要メンバー。

 F'sとSHE'S-HE'Sも集まっている。

 もちろん…高原さんも。


「…よし。サポートする。」


「頼んます。」


 俺は両手で顔をパンパンと叩いて気合を入れた。



 …さあ。

 一仕事頑張るぞ。

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