第28話 父さんに『ついでだから、おまえらも何曲かやれ』って言われて。

 〇桐生院知花


 父さんに『ついでだから、おまえらも何曲かやれ』って言われて。

 男性陣はそれぞれ奥さんも呼べって言われて。

 …一度、解散した。(て言うか…あたしが千里に襲われてる間にいなくなってた…)


 千里は、父さんと打ち合わせだとか何とか言って。

 なんだかうずうずしてる風なアズさんと京介さんの、首根っこ捕まえてどこかに消えて。

 あたしは…事務所の入り口で待っててくれた聖子と瞳さんとで、向かいにあるカフェに行った。


『あたし達は旦那が事務所にいるから呼ぶ人いないし、事務所前のカフェにいるねー』


 聖子がそうLINEすると。

 男性陣四人から、すぐに『OK』って返事。



「ところで…瞳さんは朝子ちゃんのお見舞いって言ってたけど、聖子はどうして旅行こっちにしたの?」


 カプリでは人数が多過ぎて聞けなかったけど。

 ずっと気になってた事を、あたしは聖子に問いかけた。


「えー?京介と二人きりでどこかに行くなんて、ストレスでしかないからさあ。」


「聖子。」


 ‪旦那さんと二人きりの旅行をストレスって言っちゃうなんて。と思って眉間にしわを寄せると。‬‬‬‬


「だから、アズさんが居てくれたら助かるなーと思って、映のお嫁さんのお見舞い旅行に便乗したの。」


 聖子はあっけらかんとして、そう言った。

 …確かに、アズさんは誰よりも京介さんの状態にいち早く気付く人。

 京介さんだけじゃない。

 千里の事も。


 千里って黙ってるだけでも怒ってるように思われたり…

 だから機嫌がどうかなんて、分かりにくい事多いんだけどなあ。

 年中不機嫌って言われてる千里の事、『今日はゴキゲンだったね~』なんて。

 ほんと、アズさんの洞察力ってすごい。



「ま、百歩譲ってホテルは同じ部屋だけどね。」


「もう…当たり前でしょ?」


「あんたんとこでは当たり前かもだけど、ほんっとあたしは苦痛なの。」


 聖子、酷いなあ…って思ったけど…

 京介さん、本当に人見知り激しいしな…

 だからなのか、千里があたしにするのとは違った意味で…京介さんは聖子にベッタリなのよね。



「いつまで経っても、あたし母親みたいって思っちゃう。」


 聖子は唇を尖らせながら、カップを小さく揺らせた。


「でも、夕べのアレは…ちょっと笑ったわよ?」


 ふいに瞳さんが、目をキラキラさせながら言った。

 夕べの…アレ?

 あたしが首を傾げて聖子を見ると、聖子はすごく目を細めて…


「…なんて言うかさ…最近、あんたが神さんプロデュースでめちゃくちゃ可愛くなったじゃない?京介もそれをあたしに望んでるわけよ…」


 低い声で、そう言った。


「…聖子は…今のままで十分奇麗でカッコいいけど…」


 あたしが真顔で言うと。


「どうも『可愛いあたし』を期待してるみたい。」


 聖子の声は、どこまでも低くなっていった。


 …可愛い聖子…


「それで、夕べみんなで飲んでる時に、髪型を変えろとか色を変えろとか…」


「そ。聖子の後ろに立って、結んだり編んだり…甲斐甲斐しく感じちゃった。」


「へえ…」


 それは、あたしもちょっと見てみたい。なんて思った。


「聖子、あたしと出会った時は、もうその髪型だったけど…それ以前は?」


 瞳さんが、パフェを食べながら首を傾げる。


「ずっとこれ。」


「似合ってるから何とも思わないけど、たまには変えたいと思わないの?」


「思わない。気に入ってるから。」


 聖子は、あたしと出会った頃から…この髪型。

 真っ黒でツヤツヤな髪の毛は、気持ちのいいストレートで。

 腰まで伸びてる。

 前髪も、眉にかかるぐらいの長さで揃ってて。

 あたし的には、日本を代表する美人って言っていいと思ってる。



「でも、京介の言い分がさ…」


「うん。」


「後ろから見てセンと間違えるから、髪型変えろって。」


「……」


「あたしとセンじゃ、同じ髪型でも全然違うのに。」


 聖子はプンプンして、そう言ったけど…

 遠目に見ると、似てるなー…とは、思ったことある。

 でもそれは言わずにおこう。



「いくら黒くて腰までの長髪が同じでも、あたしはちゃーんと切り揃えてる。センは伸ばしっぱ。前髪だって、あたしは揃えてるけどセンは伸ばして真ん中から分けてるでしょ?」


 その言葉に、瞳さんは興味なさそうに『ふんふん』なんて言いながら、目の前のパフェを食べ続けてる。


「センは伸ばしっぱって言うけど、枝毛もなくてきれいな髪の毛だよね。細くてさらさらで。」


 あたしが紅茶のカップを手にして、事務所の入り口を見ながら言うと…


「…そうね。センの髪の毛って細くてさらさらよね。あたしのは寝癖もつかない、筋金入りの強い直毛だもんね。」


 聖子は目を細めて、あたしに顔を近付けて言った。

 その顔を見てると…何だか…


「…誰もセンより男らしいなんて言ってないよ?」


 いつもからかわれてばかりだし。

 言っちゃえ。と思って言うと。


「言ったわね~?」


 聖子はあたしの肩を抱きしめたかと思うと、首元をくすぐり始めた。


「あはははっ。くすぐったいってば。」


「くすぐってるんだもん。当たり前でしょ。」


「やり返してやるっ。えいっ。」


「やったわねっ?」


 あたし達がくすぐり合ってると。


「…恋人同士みたい。」


 あたしと聖子の前で、瞳さんがスプーンを口にしたまま言った。


「…え?」


「聖子と知花ちゃん。いつもイチャイチャしちゃって恋人同士みたい。千里、妬かない?」


 その言葉に、聖子は腕を離しながら。


「や…やだなあ。女同士なのに、神さんが妬くわけないじゃない。」


 唇を尖らせた。


「千里は妬かないと思うけど、京介さんは妬くんじゃないの?」


 あたしが聖子の顔を覗き込んで言うと。


「妬いたって知らないわよ。」


 聖子はプイッとあたしと瞳さんから顔を逸らして。


「あたしは絶対京介のために可愛くなんてなってやらないっ。」


 語気を強めてそう言った。




「あ、来たわよ。」


 瞳さんに言われて外を見ると、事務所の前で麗が手を振ってるのが見えた。



 誓のアート展に行ったはずの陸ちゃんと麗は。

 家を出る前に、光史とまこちゃんから『アメリカに行く』って聞いて、急遽変更したらしい。

 センが海さんと咲華のお祝いに行くのも知ってたみたいで。

 それなら俺も行く。って。


 光史は瑠歌ちゃんのお母さんのお墓参りも兼ねてて。

 まこちゃんは、今使ってるキーボードメーカーの本社に行きたいからって。

 …まあ、なんだかんだであたし達は、こういう時には必ずと言っていいほど繋がってしまう。

 聖子が言ってたけど、運命共同体。

 ふふっ…本当にね。



「見て。奥様方、みんな浮足立ってるよね。」


 立ち上がりながら、聖子が指差した。

 聖子の言う奥様方…麗と世貴子さんと瑠歌ちゃん、鈴亜ちゃんを見ると…

 確かに、もう全身からワクワク感が漂ってる。

 …やっぱり、嬉しいんだよね?

 自分の旦那さんのプレイしてる姿を見れるのって。


 今までメディアに出なかった事や、ライヴをしなかった事。

 あらためて…悪かったな…って思っちゃう。

 あたし達がメディアに出る事を、最後まで渋ってた麗でさえ…あの笑顔。



「機材見に行ってみようか。」


 陸ちゃんにそう言われて、あたし達は事務所に。

 その間、麗達はカフェで待つことになって。


「パフェ美味しかったわよ。」


 瞳さんにそう言われて、瑠歌ちゃんと鈴亜ちゃんは『もうオーダー決まった』って笑った。



「さて…どれにするかな。」


 スタジオ階には、レンタル楽器も置いてある。

 事務所は全部同じ造りで、内容もほぼ同じ。

 しいて言えば、オタク部屋は日本にしかない…かな。

 アメリカとイギリスのその場所には、ショールームがある。



「おー…これ、朝霧さんモデルじゃん。」


「えっ、マジ。陸…それ俺に譲ってくれるとか…」


「仕方ねーなー。ま、俺はレスポール使わねーからいいよ。」


「サンキュ。」


「フレットの滑り、いいなあ。」


「んー。それで言うと、このフェンダーもすげー弾きやすいぜ。」


「へえ…何だろな。ここんとこ、少し削ってある?」


「ほんとだ。俺も今度やってみよ。」


 ギターを吟味してる陸ちゃんとセンとは裏腹に。


「あたしこれにしよっと。ピンクのベースなんて珍しい。」


 聖子は見た目で、木目調なんだけど鮮やかなピンクのベースを選んで。


「僕はホールで使う鍵盤でいいや。」


「俺も。」


 まこちゃんと光史は、ライヴで使われる機材で間に合わせる事にして。

 あたしはー…

 本当はマイクは自分の物がいいんだけど、ここには同じものもありそうだからいいとして。

 それよりも…


「オペレーター、里中さんがいいなあ…」


 選曲のために、ミーティングルームに移動して。

 ペンを片手に小さくつぶやくと。


「あー…それは思うけど、さすがに無理だよなあ…」


 センが腕組みをして小さく頷いた。

 今まで、あたし達の数少ないステージ経験やスタジオでのリハ、新しいレコーディングをしていく中で…

 里中さんは、最高のPAエンジニアだと思った。

 ハリーもすごく上手いんだけど…彼はデジタルに慣れてるせいか、少し…あたし達の好みとは違ってしまう。


 里中さんは…

 デジタルも使いながら、あたし達の細かい音の変化に気付いて器用に対応してくれる耳と技術を持った人。

 本当に…信頼出来る。



 コンコンコン。


 ドアがノックされて、みんなで振り向くと。


「…君たちがSHE'S-HE'Sか。」


 聖子ぐらいの身長の、派手な顔つきの男の人が入って来た。

 え…っと…この人…見た事ある。


「……」


 あたし達は顔を見合わせて…

 ここのトップだ…!!

 目で、合図をした。

 そして。


「はじめまして。挨拶が遅れてすいません。SHE'S-HE'Sです。」


 光史の言葉と共に、全員で立ち上がってお辞儀をした。

 確か、三年前にトップに就任した…ポール。

 昔はShoe Sizeってバンドでボーカルしてたんだっけ…

 ハードな曲からポップな曲まで、結構幅広く多くの楽曲をヒットさせたバンド。



「ははっ。まあ、そんなに硬くならなくていい。」


 ポールはあたし達の前に立つと。


「今夜は…楽しみだね。」


 腕組みをして言った。


 …何だろう。

 何となくだけど…ちょっとトゲがあるように感じる。

 そう思ったのはあたしだけじゃないようで。

 瞳さんも、あたしの隣で少しだけ目を細めた。



「ライヴ、急に決まったんですか?」


 センがそう言うと、ポールは一瞬間を開けてクスクスと笑い始めて。


「ふっ…こりゃいいや。」


 何か…一人でつぶやいてる。


「……?」


 あたし達が顔を見合わせて首を傾げると…


「ニッキーがライヴって言ったのかい?」


 ポールは…意味深に…あたし達を見渡した。


「…ええ…精鋭達のライヴがあるから、ついでに何曲かやったらどうかって。」


 聖子がキョトンとして答える。


 うん…確かに父さんはそう言った。

 …違うの?


「今夜は…フェスのオーディションだよ。」


「えっ?」


 オーディション?


「俺達が推してるアーティストのオーディションをするって、本当についさっき言われてね。」


「……」


「君たちはオーディションは関係ないんだろうが…」


 ポールはゆっくりとドアノブに手をかけて。


「映像バンドって言われ続けてたにもかかわらず、オーディション免除の実力を、じっくり堪能させてもらうよ。」


 半笑いで…そう言った。


「ま、売り上げだけはトップだから免除も当然と言えば当然か。本当に演奏してるのかを見れるのもありがたい。」


「……」


 ポールの言葉に…静かに怒ってるあたしがいた。


 元はと言えば…あたしがみんなをメディアに出させなくした。

 結果良かったと言ってくれたけど、ずっと罪悪感はあった。

 この歳になって…ようやく踏ん切りがついて。


 だけど、それまでの間…メディアに出ない分、最高の楽曲を世に送り出して行こう…って…

 あたし達は、ずっと事務所でトップの成績を守り続けて来た。

 大げさに聞こえるかもしれないけど…命がけで。

 それを…

 こんな風に言われるなんて…。


 …ううん。

 仕方ないのよ。

 誰の努力も、目に見えたりはしない。

 ましてや、メディアに出ないあたし達がどんな努力をして来たかなんて…

 分かるはずもない。



「…楽しみにしてて下さい。」


 あたしが低い声でそう言うと、部屋を出掛けていたポールは顔だけ振り返った。


「あたし達が、どうしてトップであり続けてるか…」


「知花…」


 みんなが驚いてあたしを見る。

 あたしは…あたしの大事な人が侮辱されるのが大嫌い。

 あたしの大事なみんなを…バカにするなんて許せない。


「違いを…見せますから。」


 口にしながら…

 ああ…あたし、とんでもない事言ってる…って思った…けど。


「…そりゃあ楽しみだ…」


 鼻で笑ったポールに。


「度肝抜かれる覚悟、しといて下さい。」


 光史が一歩前に出てそう言って。


「ああ、マジで。」


 陸ちゃんが斜に構えて。

 みんなが…それに並んだ。


「…みんな…」


 あたしはパチパチと瞬きをして、みんなを見る。


「…ふんっ。」


 ポールは…気に入らなそうな顔でみんなを一瞥すると、大きな音を立ててドアを閉めて部屋を出て行った。


「……」


「……」


「あー…足震えた…」


「ぷはっ!!何だよ光史!!かっけーなって思ったのによ!!」


「陸だって震えてんだろ?」


「俺のは武者震いだっつーの。」


 光史と陸ちゃんのやりとりを聞いて…あたしは…


「…っ…ごめん…」


 みんなに頭を下げた。


「…まーた何か気にしてるのがいるー。」


 聖子に頭をわしゃわしゃっとされて。


「まだ謝んのかよ。しつこいっつーの。」


 陸ちゃんに背中をポンポンってされて。


「謝る暇あったら、今夜存分にシャウト出来る選曲してくれる?」


 瞳さんにも背中をポンポンってされて。


「俺達、みんなで決めて、みんなで今日を迎えてるんだぜ?」


 センに右腕を掴まれて。


「知花、いつまで下向いてるんだよー。」


 まこちゃんに左腕を掴まれて。


「宣言通り、度肝抜くぜ?」


 光史に顔を覗き込まれた。


「…みんな…」


 あたしは、ゆっくりと顔を上げる。


「…あたし…全力で行くから。」


 みんなを見渡して言うと。


「俺は全力以上で行くけどな?」


 陸ちゃんが腕組みをして言った。


「俺もそうしたいけど、空回りが怖いから全力にしとく。」


「あっ、きったねーな、セン。そこは俺に乗っかれよ。」


「僕も全力にしとく…」


「まこまで…」


 何だか…ちょっと笑えた。

 あたしが少し笑顔になると。


「高原さん、たぶん気を使ってライヴって言ってくれたんだろうけど…知れて良かった。応えるためにも、全力以…全力を尽くそう。」


 光史がそう言って。


「おまえまで~!!」


 陸ちゃんが光史に抱き着いた。


「あははは。」


「もー、緊張感なーい。」



 あたし達は…ずっと一緒にやって来た。

 メディアに出ないから、悩まなかったわけじゃない。

 それにはそれでの、抱える問題もあった。

 誰一人欠けることなく…音楽を愛して楽しんで…続けて来た。



「俺達もオーディションされる側だ。」


 光史の言葉に、みんなの顔が引き締まった。


「俺達のせいで悪者になっちまってるかもしれない高原さんのためにも、俺たち自身…今夜のステージを楽しもう。」


 陸ちゃんがそう言うと、自然と…ハイタッチが始まった。







 スイッチ…





 入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る