第14話 「……」

 〇神 千里


「……」


 俺は、かれこれ…10分近く。

 その様子を眺めた。


 その様子。

 ぼっち部屋で歌ってる知花に、声をかけようかどうしようか部屋の外で悩んでる風な…若い男。


 こいつ、見た事あるな。

 どこで見たんだっけな。

 そう考えながら、歌う知花の後ろ姿と、悩んでる風な男の後ろ姿。

 両方を…10分近くも。


 …用があるなら早く声かけろ。

 何なんだ。

 知花に近付く男には腹が立つが、息子ほど歳が離れてるなら別だ。

 …まあ、若い男が知花に惚れないとは限らないが…

 それはそれで、俺の嫁は幅広くの男から愛されるいい女だ。と自慢にも思える。


「……」


 小さくため息をついて、男に近付く。


「俺の嫁に何の用だ?」


「え…えっ!?はっ…かっかか神さんっ!!」


 男は俺の顔を見ると、思った以上に驚いて目を見開いた。


「ああああああっ…そのっ…」


「おまえー…」


 眉間にしわを寄せて少し考える。


「オタク部屋の者か。」


 そうだ。

 里中の部下だ。

 里中をどう思うかリサーチした時に、熱く語りやがった。


「そそそそっそうです!!本間と言います!!」


 ああ、そうだ。

 本間、だ。


 その本間はペコペコと頭を下げて。


「あ…あああの、最近…知花さんはオタク部屋にいらっしゃらないので…その…専門的な事を…質問したくても…あの…」


「……」


 なるほど。

 上司である里中も、社長就任に向けて忙しいはずだ。

 オタク部屋は出来る二人を欠いて、さぞかしまとまりがなくなってる事だろう。


 知花も気にはなっているはず。

 気分転換の意味でも、少しはオタク部屋には通った方が…


 …だが…


「…今集中してるみたいだから、もう少し待ってやってくれ。」


 ぼっち部屋の知花を見てそう言うと。


「あ…は…はい…」


 本間は小さく返事をして立ち去ろうとした。


「待て。」


 俺はそんな本間の肩を掴んで引き留める。

 まさかの出来事だったのか、本間は大げさに体勢を崩した。


「え…えっ…?」


「オタク部屋での知花は、どんな様子だった?」


 腕組みをして問いかける。

 俺にしては、優しい口調だったと思うんだが…


「すすすすすみませんすみませんすみません…」


 なぜか…本間は腰を低くして謝った。


「…なんで謝る。何か後ろめたい事でもあるのか?」


「とっとととんでもないっ!!で…ですが…あの…知花さんの事は…技術者として、とても…その、尊敬…しています。」


「ほお。技術者として。」


「はっ…いえっ…あの、もちろんシンガーとしても、素晴らしいと思っています。ビートランドの誇りです!!」


「ふむ…」


「ああっ…かっ神さんの事ももちろん!!先日のライヴ…しびれました!!ご夫婦共に、俺達全社員の自慢でしかありません!!なななのに、俺みたいなオタク部屋の下っ端が、気安く奥様にお声掛けしようなどっ…ほほほ本当に、申し訳ございませんー!!!」


「……」


 なんつーか…

 俺は好きなようにやってるだけなのに、こんな感じで溝を作られがちだ。

 それを思うと…BackPackみたいに平気でベタベタして来てたやつらは貴重だったな。

 とは言っても、そうされたいわけじゃない。


 まあ、あいつらもLive aliveの後からは態度も改めて…しばらくは頑張っていたが…

 結局、解散。

 今はゼブラさんとミツグさんの孫達だけが、社員として働いている。



「春からメディアに出たとして…あいつには今までになかったようなストレスも加わる。」


 知花の背中を見ながら、小さくつぶやく。


「……」


「そうなった時は、オタク部屋に誘ってやってくれ。俺には分からないが、基盤いじりがストレス発散になるみたいだからな。」


「神さん…」


「あいつは、俺にとっても自慢でしかねーからな。」


 つい、しみじみとそう言ってしまうと。


「…知花さん、同じ事言ってましたよ。」


 本間は、俺につられたように知花の背中を見て言った。


「神さんの事、自慢でしかないって。」


「……」


「シンガーとしても、夫としても…って。」


 今すぐドアを開けて、知花を抱きしめたくなったが…それはやめた。



 知花が一息ついたのを見て、ドアをノックする。


「…千里?」


 ヘッドフォンを外した知花が目を丸くした。


「オタク部屋から質問に来てるぞ。」


「え?」


「あっ…あ、練習中…すみません…」


「本間君?」


 俺の後ろから出て来た本間に、知花はますます驚いて。

 ぼっち部屋から出て本間の質問を聞くと。


「ああ、それはね…一度バラして裏側を見たらいいかも。CQ25とMMC12の間ぐらいに、もしかしたら半田漏れがあったりするから。」


「えっ、そんな所にですか?」


「あの基盤、結構小さな穴が開いてるの。特に、RRYTの横の所。」


「な…なるほど…」


 本間はポケットから取り出したメモ帳に色々書き込みながら、知花の話を必死で聞いている。

 俺は…分からないなりに、二人の会話を何となく…聞いてしまう。


「勉強になりました!!ありがとうございます!!」


 俺にはわからないが、何か納得した本間は満面の笑みで知花にお辞儀をすると。


「あの…俺なんかがこんな事を言うのも…恐縮なんですが…」


 ふいに、俺と知花を交互に見た。


「なんだ。」


 相変わらず腕組みをしたまま本間を見ると。


「…F'sのライヴの後からの、お二人のファッションが…色々と噂になってまして…」


 本間はニヤけた口元で、知花を見た。


 知花はと言うと…


「だ…だよね…ごめんね?おばさんなのに、若い子みたいな恰好して_| ̄|○」


 そんな事を言って、俺の後ろに隠れようとする。


「おい。俺が気に入ってんのに、なんでそんな否定的だ?」


「だって…やっぱり無理が…」


「無理なんかないですよ。」


「……」


「……」


 知花と二人して、無言で本間を見る。


「ずっと違和感だったんですよ。反対に。」


「…違和感?」


「神さんはずっとピシッとされてて…知花さんは目立たないようにって意図的にされてたのか…なんて言うか…」


「地味だったよな。」


「あ…はい…すみません…そうです。」


 本間にそう言われた知花は、小さく『年相応だと思ってたのに…』なんて言ってる。


「だけど、今日もそうですし…ライヴの翌日の知花さんの可愛い格好、オタク部屋では『正解!!』って話題になってました。」


「ほら。だろ?そうだよな?」


 俺のセンスが褒められたどうこうと言うより…

 可愛い知花が正解と言われた事が嬉しい。

 …まあ、少しは複雑な気持ちもあるが…誰が惚れても、知花は俺以外には目もくれない。

 はずだ。



「神さんのラフな格好も…すごく素敵です。」


 照れながらそう言った本間に、俺は鼻で笑ってしまう。


「華月さんのインスタグラム、もう…なんて言うか…いいねの連打がしたくなりました。」


「おまえ、インスタしてんのか。」


「あ…見るだけです。」


「アカウント持ってんのか。」


「はっ…す…すみません。俺みたいな下々の者が、華月さんをフォローするなんて…」


「いや、そうじゃない。」


「…え?」



 それから俺は…

 インスタグラムとやらのアカウントを、本間に習って作って。

 本間に、知花とのツーショットを撮らせた。


「ふ…震えてしまいます…」


「いいからしっかり撮れ。」


「ち…千里…何もこんなにくっつかなくても…」


「記念すべき一枚目だ。」


「……そんな大事な写真を俺が…」


「早く撮れ。」


 結局本間は三回撮り直した。

 知花の顔はまだ出せねーから、頭を抱えるようにして俺の鎖骨辺りで隠した。



「…やべ…神さん…セクシー過ぎます…」


 撮れたいくつかの写真を見ながら、本間が言った。


「男にセクシーって褒められてもな。」


「これ…俺が一番にフォローさせてもらって良かったんですか…?」


「別に構わねーよ。」


「あ…ありがとうございます!!」


 知花は、俺と本間のやり取りを笑いながら眺めて。


「千里が始めちゃうなんて、ビックリ。」


 なんて、可愛い笑顔で言うから。


 チュッ。


 本間の前だろうが、お構いなく唇をいただいて。


「もうっ!!バカっ。」


 猫パンチをくらわされた。

 痛くねーっつーの。



「あああああ…お…俺は何も…何も見てませんから……」


「気にするな。いつもの事だ。」


「ごめんね本間君…ほんと…」


「…いえ、ここに居るのが夢みたいです…」


 そう言われて、ふと気付いた。

 俺はー…アーティスト以外の社員と、ここまで話した事がない。

 溝や壁を作ってたのは、俺自身かもしれねーな。


 会長である高原さんは、数え切れない社員のほぼ全員を知ってるんじゃないかってほど…

 ロビーや、エレベーターで自ら社員に声をかける事がある。


 …里中も、再入社して数年なのに。

 無意識にそうしてたのか、それが当たり前なのか。

 オタク部屋と、音響関係以外の部署にも交流は広い。



「で?華月はセピア色にしてるのとかあるが、編集はどうやるんだ?」


「それはですね…この中から選んで…」


「へー…」


「さらに、ここで明るさや濃さを…」


「なるほど。淡い感じにしてーな。」


「…こんな感じですか?」


「お、それにする。」


「じゃ、決定にして…ハッシュタグ、どうしましょう。」


「ハッシュタグ?」


「えーとですね…ここに#って書いて、同じハッシュタグの人から見てもらいやすくするんです。」


「ああ…華月がいつも書いてるな。」


 少し悩んで、華月の真似じゃねーけど…

『LOVE』と書いてupした。



 そしてその俺のインスタ第一号は。

 帰るまでにはネットニュースになり。

 フォロワーもあっと言う間に華月を越して。

 家族のLINEグループには。


 華月『父さん‼︎インスタ始めたの⁉︎』


 華音『親父がSNS…続くのかよ』


 聖『姉ちゃん娘みてーだなー』


 義母さん『やだ〜♡可愛い〜♡』


 咲華『どうしたのかなあ?あたしの両親、日に日に若返ってる気が…』


 高原さん『不適切な写真は載せるなよ』


 今朝渡米した海以外からは、すぐに反応があった。



 …不適切な写真って、どんなのだよ。




 これからしばらくは…

 知花との甘い写真を載せてくかな。

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