第14話

 真っ2つに割れた駆逐級をバックに、そのまま真っ直ぐに横に飛び、即座に直径を広げながらバレルロールし上昇していく。


 空防級全艦が残り3機のデルタ中隊を放り出し、一斉にエミリアを狙って、3隻ずつ5つに分かれて迫ってきた。


 相手のエース中隊も応援に駆けつけたが、風に舞う落ち葉の様に不規則かつ、超高速なエミリア機の挙動に誰もついて行けず、1分もかからない内に『ファイター』が全滅した。


 空防級の船員は半狂乱になって、エミリア機に対空砲火を浴びせるが、機体が通った後をむなしく追うだけだった。


撃ち方、始めファイヤーー!」


 そして、1列に並んでしまった空防級艦隊に、『連邦』連合艦隊からの一斉射が飛んできた。


 エミリアの挙動は回避と攻撃だけではなく、空防級を誘導するものでもあった。


 次々と撃沈していく空防級の援護に、『公国連合』軍西中部艦隊の分艦隊2隻だけでなく、『ランサー』他と交戦中だった主力も駆けつけたが、


「全艦に告ぐ! 敵艦隊を撃滅せよ!」


 『連邦』も『キング・ジェイク』以下主力艦が駆けつけ、激しい砲撃戦が始まった。


「准将。なぜエアリーズ伍長が出撃している?」

「はっ。大将閣下! 直掩機ちよくじようきとして出撃させました!」

「そ、そうか」


 ジュールストロムは個別回線での大将からの問いに、すっとぼけて堂々とそう言い張った。


 鉄火場だったこともあり、大将は納得して、シュールストロムへ指揮下の艦隊で後方にいる『ランサー』の護衛に加わるように指示し、戦闘指揮に集中した。


「ガンマ中隊の連中は『ランサー』の指示に従え。デルタ中隊の連中はこっちこい」


 エミリアのデタラメっぷりに仰天しているムラクモ機他に、シュールストロムは回頭して後方に向かうの『グリーンズ』への帰還命令を出した。


『ウィーッスー。お疲れちゃん。よく頑張ったねデルタ中隊の皆ー』


 プラットホームに向けて他の2機と共に降下していると、ついでに敵の艦載機6機と、敵旗艦の砲塔を全部破壊してきたエミリアが、『グリーンズ』の上空で並行しつつ、デルタ中隊をたたえた。


『よくやったエアリーズ』

『へいへいどうもー』


 大戦果にもかかわらず、特に高揚している様子も無く、エミリアはいつも通りの調子でシュールストロムと話していた。


 ムラクモはそれを無線で聴きながら、プラットホームに着艦した。


 ガクガクと震える足で機体を降りたムラクモは、内部格納庫横にあるパイロットの控え室に入り、中のベンチに座ってヘルメットを外した。


 控え室といっても、階段下の一角を鉄板で溶接した壁で囲っただけで、ドアも付いていないため、艦砲の発射音や作業している音は筒抜けではある。


『流石エアリーズ伍長だぜ! あの程度朝飯前ってか?』

『敵じゃ無くて良かったね、本当』

『あんたがいると負ける気しねーわね』

『さんくすー』


 誰かが勝手に持ち込んだ、電源を切り忘れた無線機から、パイロット達の無線通信の音が垂れ流されていた。


 友軍機パイロット達が、エミリアへ惜しみない称賛を贈っているのが羨ましく、ムラクモはスイッチを切った。


「すっげえだろアイツ。俺もまあ長いが、あんなヤツぁ1度も見た事ねえ」


 控え室に入ってきたシュールストロムは、腕組みをしながら、脱帽した、といった様子でそう言った。


「……なぜ、前線まで出てきたのですか?」

「ん? なもん、戦闘艦は前に出るもんだろ」

「旗艦が突出するなど、危険にも程があります」

「結果的に対艦戦闘やってんだ。問題ねえ」


 淡々と訊くムラクモを、シュールストロムはのらりくらりとかわしていたが、


「あなたが、そのようなギャンブルをしない方である、と記憶していますが」


 その一言で彼は、おっ、という顔になって止めた。


「ほー。調べたのか」

「はい。一応、一時的とはいえ命を預ける相手ですので」

「しっかりしてやがる」


 そう言って舌を巻いたシュールストロムは、観念しつつ――。



                    *



「な、なんとおっしゃったのですか?」

「私が夭折ようせつされた奥様に似ていたから、私情が混じった、だそうです」

「いらしたんですね……」

「ええ。あの方はそういうこと言われませんから」


 無理もありません、と少し弱々しく微笑ほほえむムラクモが、少し遠くを見る目をしていると、フナがもう1匹かかって釣り上げた。


「他人のためなら危ない橋をいくらでも渡るくせに、その事を全然表に出さないから困りますよ」


 いい年しても青臭い、どうしようもない人です、と呆れた口振りのムラクモだが、実に楽しそうな顔をしていた。


「あっ、おいムラクモ。お前、またなんか吹き込んだな?」


 バケツにフナを入れたところで、疲弊した少将が戻ってきて、疑いの眼差しをムラクモへと向けて言う。


「まさか。単なる雑談ですよ」

「そうかぁ?」


 どっちだか分からない、イタズラっぽい笑みを浮かべて、彼女は立ち上がりつつはぐらかす。


「とっ、ところで、エミリアさんは……?」

「アイツなら、食料庫で期限ギリのレーション貰いに行ったぞ」

「おーい、セフィロー。いっぱい貰ったんだけどいるー?」


 セフィロが隠し扉の方に視線を向けると、ちょうどエミリアが木箱を抱えてやってきた。


「あ、はい! 一緒に持ちましょうか?」

「おー、おねがーい」


 セフィロは嬉しそうに立ち上がると、軽く走ってエミリアの元へと向かった。


「じゃあとりあえず傘の下においとこ」

「流石にこの暑い中置いておくのは……」

「あー、そうだね。じゃあ兵舎持って帰ろうか」

「はい。ところで、この缶詰お好きですね」

「うん、美味しいからねー。じゃ、ゆっくり運ぼー」

「はいー」


 2人は仲良く箱を一緒に持って、もう一度基地内へと戻っていった。


「――また、笑う様になったな。アイツ」

「なんです? その子離れされた父親の様な反応は」

 

 サングラスの下で、優しくも寂しそうな顔をフッと浮かべる少将は、ムラクモに的確な分析をされた。


「……その例えはやめろ」

「ふふ、すいません。でもその場合、私はあなたの妻になってしまいますね」


 涼しい顔で微笑むムラクモの言葉はからかいが半分だったが、


「実際になっても構いませんが」


 もう半分は完全に本気だった。


「馬鹿言うな――」

「俺みたいなロートルより良いヤツいるだろ、ですね」

「……んだよ」

「私枯れ専ですからご心配なく。まあ、はまだお元気ですけど」

「お前なあ! 時間と場所を考え――」


 先回りして言ってニヤつくムラクモに、少将は照れ隠しにキレながら立ち上がった。


「あ」

「あ」


 しかし、その勢いでバケツを蹴っとばしてしまい、6匹いたフナが全て池へ逃げてしまった。


「やはり受けたからにはご自分で、という事なのでしょうね」

「えい畜生! やってやらあ!」


 ギャグみたいな光景に苦笑するムラクモにそう言われ、少将はヤケクソになってそう叫んだ。


 だがその後、タイムリミットである日が沈むまでに、結局1匹もつり上げることは出来なかった。


 個人戦に変更して行なわれた勝負で、1番釣ったのはムラクモで、ドベの少将が基地内食堂のデザート券をおごる事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彷徨う“孤狼”とメカニック 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ