第13話

「前から思ってたんだけど、私出ないんだから、ここに居なくて良くない?」

「そうは思うが、上が監視下に置けって言って来てんだよ」


 俺だってお前が兵器扱いされてんのは頭に来てんだけどな、と、艦長席の隣でブー垂れるエミリアと同じ、どこまでも不服そうな顔でシュールストロムはぼやく。


 デルタ中隊全12機と、『グリーンズ』のガンマ中隊12機中9機を出撃させた後、艦を反転させて元来た航路を引き返す事になった。


 友軍は復帰した『フレイム』、重巡級1、軽巡級3、駆逐級4の第5・第3艦隊混合の組合わせで、現場指揮権は階級が一番高いシュールストロムになった。


哨戒しょうかい機からの映像、メインモニターに映します!」

「あいよ」


 通信長がそう言って表示した映像には、


「なんだよ。『ファイター』と3隻しかいねぇじゃねえか」


 『シップ』は軽巡級2、駆逐級1と『ファイター』20機しかいない――様に見えた。


「――艦長、これ『ファイター』じゃなくて小さい『シップ』だよ」

「これがか?」

「上と下にいっぱいジグザクの切れ目みたいなのあるでしょ? あれが対空砲になるんだよ」

「確かか?」

「うん。私を見たら逃げたけど、撃ってるとこ見たし」

「うっそだろ……」


 他のクルーも、なんだ、という空気だったが、ふざけが一切無いエミリアの指摘に目を剥いた。


 後に、空防級、と命名された魚型に見えるそれは、『ファイター』と駆逐級の中間の性質があり、防御力はそこまででもないが、駆逐級の砲の火力と『ファイター』並のスピードを兼ね備えている。


「全艦最大戦速! 何隻墜とされるか分かんねえぞ!」


 シュールストロムは珍しく焦った様子で、指揮下の艦全てに指示を飛ばし、ラジャ、と答えが返ってきて、一斉にエンジンが全開になった。


「コイツはあれだな、エアリーズが出ねえ法則読まれたな」


 だから反対したってのによ! と、キレながらシュールストロムは帽子を床にたたき付けた。


「今すぐ出てもいいよ?」

「いや。ちょっとまて、理由も無しにはマズい」

「了解」


 手元のモニターのレーダー画面をにらむ彼に、エミリアは帽子を渡しながら訊いて、帰ってきたその指示通りに自分の椅子に戻った。





 空防級の出力に任せたスピードと、ハリネズミの様な対空砲火に曝され、デルタ中隊は逃げ惑うしかない。


 すでに隊長機を含めた6機が撃墜され、真っ先に落ちたデルタ5が上げた悲鳴のせいで、すぐ次に墜とされた中隊長と、ムラクモ以外の全員が恐慌状態に陥っていた。


「『ファイター』じゃねーのかよ!」


 撤退命令がすでに出ていたが、全機食らいつかれていて、そうもいかなかった。


 『ランサー』エース部隊のジャック中隊が救援に向かうも、敵軍のエース部隊に阻まれてそれもままならない。


「うわああああ! 死にたくない死にたくない死にたく――」


 そうこうしている内に、エンジンに被弾したデルタ7が絶叫と共に爆散した。


 恐れるな恐れるな……ッ! 姉さんならどうするか考えろ……ッ!


 左右にランダムの急旋回やロール挙動を繰り返し、急減速で海防級の背後に付いたムラクモは機銃を発射する。


 硬い……ッ!


 しかし、いまいちダメージを与えられず、エンジンの出力に任せた、左下への捻る様な降下で逃げられた。


 その後を追うムラクモ機は、どうしても大回りになる海防級に食らいついて、左後ろに近い、横並びの補助『ブースター』ノズルのせいで対空砲火が薄い位置をとり続ける。


 すると、空防級は艦首を上げる動きを見せ、8時方向にいるムラクモ機も僅かに機首を上げる。


 しかしそれはフェイントで、前方2基の『リフター』の出力だけを上げて、空防級は急減速して即座に降下した。


 高度が上がったムラクモ機を見て、空防級は続けて素早く上昇に転じ、その後ろについた。

 

 後方からの機銃の雨をバレルロールで回避したムラクモ機は、左方向に機体を捻りながら降下すると、空防級は付いてこようと右方向にターンして機首を下げる。


 背面飛行をしていたムラクモ機は後部『リフター』と、機体制御用の前方上向きノズルを無理やり噴かしてターンした。


 落ちすぎた速度をメインノズル全開で補い、ちょうど180度反転した空防級の後ろに付く。


 今度は機銃ではなく、補助翼の端にマウントされているロケット弾を発射するためにロックオンするが、空防級はマナ撹乱かくらんのチャフを放出して妨害を試みた。


 ロケット弾は『リフター』放射波追跡型と、マナ放出源追尾型があり、チャフは前者を回避するための物で、直後に空防級補助翼下からフレアも放出した。


 しかし、ムラクモは追跡機能を切って、衝撃検知センサーのみにすると、対空砲火が擦るのもいとわずに、空防級に肉薄して放った。


 機体を立てて急速に右旋回し、ムラクモ機は全力で真っ直ぐ空防級から離れる。


 補助ノズルにロケット弾が直撃した空防級は、メインノズルと後部『リフター』も損傷し、火を噴いてフラフラと墜落していった。


 一連の挙動は姉が代名詞としていたもので、彼女は『シップ殺し』の異名を付けられていた。


 少しは、姉さんに近づけたかな……。


 ムラクモはその高揚感で、ほんの一瞬だけ警戒が緩んでしまった。


 その直後、ロックオンのアラームが鳴り響いた。ハッと振り返ると、ムラクモ機の背後にもう1隻の空防級がピッタリ追尾していた。


 一直線に逃げるだけでは動きが読みやすいため、1度喰らっていた、ムラクモ機と交戦していた艦の艦長がとっさの発案で、自艦を囮に、ともう1隻の空防級に指示を出していた。


 ちなみに姉は何パターンも逃げ方を用意していたが、ムラクモはそれを知らなかった。


 右旋回して逃れようとするが、その先にいたさらにもう1隻の空防級に並ばれ、慌てて捻り落ちる挙動で高度を落としたが、下には雲に隠れていた駆逐級がいて、対空砲火を開始した。


 加速しながら大きく右旋回したが、その先には空防級2隻が横向きに待ち構えていて、対空砲火のカーテンを作っていた。


「――あ」


 上にも下にも弾幕がある上、背後にも2隻いてターン出来ず、ダイブするにも高度が足りないため八方塞がりだった。


「お、姉ちゃ――」


 確実な死が見えたムラクモは、頭が真っ白になって、スローモーションで動く視界をボンヤリと眺めるしか出来なかった。


 だがしかし。


『――なんだ、この音?』

『なんか遠吠え、みたいな……』

『まさか……』


 空域に狼の遠吠えの様な音がムラクモ機の下方から鳴り響き、


『――エ、エアリーズだああああッ!』


 敵の通信手が焦ってオープンな回線でそう絶叫した直後、翼の生えた狼のマークが付いた、ガンネットダイブ型の機体が、ほぼ垂直に急上昇しながら突撃してきた。


 その遠吠えの正体は、全ノズルの出力を全開にした際に出るノイズだ。


 ちなみにこの挙動は、『エアリーズAブーストBドライブD』と呼ばれ、非常に繊細なコントロールが要求され、普通のパイロットの腕では容易にバランスが崩れて墜落してしまう。


「よっしゃー! 後は任せろーい!」


 下を見ると、『グリーンズ』が低空でエミリアの後を追って突っ込んできていて、その背後に連合艦隊が縦1列に並んでいた。


 まず待ち構えていた2機の『リフター』が、カスタムで付けた、正面の大口径機関砲に粉砕され爆散した。


 そのまま上昇して、トップスピードでループし、追跡している2機の後ろに付けると、避ける間もなく2隻同時にノズルを破壊すると、空防級はきりもみ回転して落ちていった。


『ぶちかましてやれエアリーズ!』

「あいよー」


 ついでに、左旋回で逃げようとしていた駆逐級に、『A・B・D』で再度上昇したエミリア機は、対空砲火をものともせず捻り落ちる挙動でロールしながら急降下し、


「まさか急降下爆撃を!?」

「取舵一杯!」

「間に合いません!」

「くッ……。全員退避ーッ!」


 左右の『リフター』間にマウントされた、対艦爆弾をかなり至近距離で投下し、船体上部にある第1砲塔にたたき込んで爆散させた。

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