第8話 道を違えよ、さもなくば平穏は遠のくぞ

 ヤシュニナの首都、ホクリンの北側には国民議会重鎮御用達の『灼』というレストラン兼バーがある。多数の個室を有し、客同士が会わないようにしているという徹底ぶりからよく密談の場として使われている。

 また料理は首都圏では最上位の部類に入り、会話をはずませるほどに絶品だ。ゆえに密談など関係なく、この店を訪れる普通の客も多くいる。シドやセナなんかも利用するほどだ。


 その一角、黄金のシャンデリアの華々しい明かりに照らされた部屋で、葉巻の煙が天井を漂っていた。タバコの匂いを嗅ぎ慣れていなければあまりの臭さに鼻を覆ってしまいたくなるようなひどい匂いが室内に充満していた。

 集まっているのは反政権派の議員ら7名。先の国民議会が閉じた翌日の夜ということもあり、各議員の表情は固く、葉巻を雑に灰皿に擦り付けるニンゲンもいた。


 「まったく、徹底抗戦など愚かとしか言いようがありませんな」


 そのうち一人がやれやれとばかりに嘆息した。恰幅のよい人種の男で、明治日本の政治家に見られる可愛らしい髭が鼻息で左右へ揺れる。着ているスーツは一級品、彼の胸元の赤い宝石のペンダントや耳飾り、すべての指にはめられたマジックアイテムの指輪などは彼が富んでいることを表すいい象徴となるだろう。

 国民議会の反政権派の急先鋒であり同時にヤシュニナ内で二番目に大きな政党である、ファウスト・クロイツァーのナンバー2でもある、エンドラ・ヴィーゴル議員は不機嫌な心情を吐露した。


 「いやはや、まったくですな。戦争の長期化など本来ならば避けるべきであるのに。あの状態では彼の国への大攻勢なども視野にいれねばなりますまい。避けるべき悪手を打とうとする輩は止めなければ」

 「しかりしかり。されど、あの国務長官の演説に感化された議員は少なくありませぬ。それにリストグラキウスの今回の行動は容易に庇い立てできるものではりませぬ。下手に戦争反対、とは唱えられぬは道理かと」

 「それはある。しかし、連中とて無実の大使館員を大使館内に軟禁していると言うではないか。人道上の観点から見れば、そちらのほうが道理に外れている」


 ヴィーゴル議員の吐露した心情にその場の他のニンゲンがこぞって声をあげる。彼らはヴィーゴル議員と同じファウスト・クロイツァー所属の議員であり、またヴィーゴル議員と同じく長い間政治に携わってきた政界内の猛者だ。

 そんな彼らの正常な意見表明にヴィーゴル議員はほくそ笑んだ。よかった、自分の供回りはまだ正常に思考することができている、と知ることは上司の立場にいるものにとっては喜ばしいことでしかない。


 だが、

 「ヴィーゴル議員よ。貴殿は今時戦争をどう見る?」

 この場の支配者はヴィーゴル議員ではない。上座に座る今にも枯れてしまいそうなトレントだ。マルバ・キュースリーといい、ヴィーゴル議員が属するファウスト・クロイツァーのナンバー1、つまり総裁である。トレントである彼の寿命は正確にはわからないが、多くの知識と経験を持ち、また種族としての能力も遺憾なく発揮できる。


 ヴィーゴル議員も彼の前ではさすがに頭があがらない。質問されればすぐに最良の返答を用意しよう、と脳みそを回転させることだろう。実際、今ヴィーゴル議員は冷静に状況を俯瞰しながら、頭の中で作文を練っていた。

 「はい。私が思いますに、今時戦争はともすれば世界を巻き込む大戦に発達するやもしれませぬ」

 「ほぉ、それは古の書物に記される神々の戦争のようなものか」

 「ええ、もっとも戦うのはニンゲン同士ではありますが」


 キュースリー議員が語る神々の戦争とは、ソレイユ内の伝承で語られる神々の厄災、アバドンだ。簡潔にまとめれば、『ソールの海』が黒く染まり、異界より現れし四十八の化物がスコル大陸、ハティ大陸を蹂躙した、という伝承だ。七日七夜の戦争により、ソレイユのすべては焦土と化し、化物と戦った神々はそのほとんどが力を失った。

 実は四聖教の教義の一つである、春に争いをしてはならない、というのはこの伝承が元ネタだ、と言われている。春を代表する神がその戦争で死んだからだ。ゆえに、その時期は神を供養するものとして、争いごとを禁じているのだ。


 ソレイユ各地で口伝でのみ伝わっているアバドンはどこでも凄惨なものだった、と語り継がれている。キュースリー議員はそんな戦争を想像すると、苦しげに唸った。

 キュースリー議員は反政権派ではあるが、国を良くしよう、と思っていることに変わりはない。国家が間違った方向へ進もうとしているのならば、我が身を賭してでも止めなければならない、と思ってすらいる。


 この場にいる議員達だってそうだ。皆、キュースリー議員に将来を見込まれ、そして何よりヤシュニナという国家を愛しているニンゲンに他ならない、とキュースリー議員は信じている。

 彼のやや曇った黒真珠のような目には自分が選びぬいた六人の議員が鎮座している。皆、趨勢に左右されることなく各々の意見を言える、素晴らしい政治家だ。特にヴィーゴル議員は中でも突出している。彼こそ、次代のヤシュニナを背負うべき議員だとすら思っていた。無論、下手に公言はしないが。


 「もし、そんな戦争になれば我が国は戦犯扱いだな。……だが、そんな戦争が起こるとどうしてわかる。仮にリストグラキウスを我が国の精兵が平らげたとて、世界が動くのはさすがに妄想の域ではないか?」

 だが、いくらなんでもヴィーゴル議員の意見は素っ頓狂に過ぎた。当座の目的であるリストグラキウスの撃退、そしてそこから普通の思考で考えられるのはリストグラキウス本国の蹂躙ぐらいなものだ。とてもではないが、世界を巻き込む大戦争に発展する、など考えもしない。


 「いえ、我が国の国務長官であるシドならば考えないことではありますまい。現に国民議会での蛮勇演説は常軌を逸したものでした。彼の思考から考えますに、リストグラキウスを灰燼に帰した後、他国、周辺国へ軍事侵攻をする可能性があります。

 というのも、これまで我が国は幾度となく侵攻されつつも撃退し、そしてその後はナァナァで済ませてまいりました。ですが、国民議会で徹底抗戦が採択された以上、今回はリストグラキウスを潰すことは確実、そしてしかる後、我が国に仇なる国家があろうものなら、殲滅の一択となりましょう」


 「それはわかる。今の路線を突き進めば、貴殿の考えること、言の葉に乗せんとすることも間違いではないだろう。しかし、なればこそ世界を巻き込む大戦争が起こるなど予想ができん。一体いかなる根拠があってか?」


 「キュースリー議員、まずは想像してみてください。仮にリストグラキウスを平らげた場合、我が国はハティ大陸にまでその支配の手を広げることとなります。これまでハティ大陸の大国家らはヤシュニナなどスコル大陸の北に存在する辺境の国に過ぎませんでした。

 しかし、我が国がリストグラキウスを支配下に置く、ということは潜在的な脅威となります。ともすれば、ヤシュニナの強大な軍事力が自国に及ぶかもしれない、という感情が国家の首脳部に生まれるのです。


 同時にスコル大陸の国家はどうでしょう?スコル大陸の国家にとって元よりヤシュニナは脅威の一つでありました。そのような国家がさらに肥大化するなど、周辺国や大国、果てはスコル大陸のはるか果ての国家にいたるまでヤシュニナという国が潜在的脅威ではなく、目に見える脅威となるでしょう。

 しかる後、他国はヤシュニナを押さえ込もうと動き始めるに違いありません。経済制裁や借款などを始め、軍事的威圧に乗り出すことも考えられます。ですが、そんな状況下で座して死を待つシド国務長官ではありますまい。


 彼や外交長官であるアルヴィースは自分らと轡を並べて戦わんとする国家を勧誘するはずです。手っ取り早いのは他のプレイヤーの国家でしょうが、まぁここでは敢えて触れません。

 しかし、そうなれば我ら煬人とプレイヤー同士のちみどろの争いは避けられぬは道理。どちらが弓を引いた、刃を忍ばせるか、あるいはわずかな手違いによって先端は開かれ、このソレイユという世界は崩壊するのです。さながら伝承の戦争、アバドンを彷彿とさせる凄惨なものへと……」


 気づいたときにはヴィーゴル議員の瞳から涙が流れていた。先見の明がある彼だからこそ、ヤシュニナが亡国の危機に瀕する、と予測できたのだ。変わり果てたホクリンの光景を想像し、彼は涙を流していたのだ。

 感極まる、とばかりにヴィーゴル議員はしゃくりあげる。愛国心の表れとも取れるが、同時にやや泣かせが過ぎている、と思った議員は少なくはない。オーバーアクションというのが適切な泣きっ面だった。


 「ヴィーゴル議員の案はやや突飛過ぎはしませんか?いくらあの国務長官でも世界と戦争をしよう、などとは思わぬでしょう」

 「いや、そうとも言えんぞ。元々あの国務長官は軍拡を推奨している節があった。もしやこういったことを見越して、軍事費を投資していたのかもしれない」

 「……ない話ではないな。だが、仮にヴィーゴル議員の案が合っていたとしても、我らではどうすることもできん。不用意に小突こうとすれば、あの国務長官は卑しき牙を剥きかねん」


 様々な憶測が議員達の間を飛び交う。皆一様に国家の趨勢を思ってはいるが、いかんせん相手が強大に過ぎた。

 今、この場に集まっている議員らのレベルは4から9だ。一番の長生きであるキュースリー議員ですらレベルは9とかなり少ない。一般人のレベルが1であることを考えれば十分高い数字ではあるが、それでもシドやリドルが力を込めて殴るだけで、殺されてしまうだろう。


 そんな彼らが唯一反抗できるのが国民議会だが、今の国民議会はシド派、つまり政権派が多数を占めてしまっていた。特に先のシドの蛮勇演説の効力はすさまじく、国民議会の最中、離党届を出してきた議員が数名いた。

 頼みの綱である弁論すら封じられ、今のファウスト・クロイツァーや他の反政権政党には反撃の狼煙はおろか狼煙をあげる材料すら買えない有様だ。


 ヴィーゴル議員の案を次の国民議会で議題として出せないか、と言った議員もいたが、その案はすぐに却下された。自分達ですら半信半疑かつ憶測の域を出ない妄想を議題に出そうものなら、嘲笑のいい的になるのは明々白々だ。なにより、当のヴィーゴル議員が議題として提出するという案を却下した。これではまず議題にあげる云々以前の問題だ。

 談話の最中、予めオーダーしておいたフルコースが彼らの食卓に運ばれてくるが、味をまるで感じないほど神経は参ってしまっていた。


 「……ひょっとしたら、シド国務長官は我らを殺すつもりかもしれんな」


 とつぜん、とある議員の口からそんな一言が漏れた。他の議員らはぎょっとしてその議員へと視線を向ける。一瞬にして舌の上から味覚が消え、無味無臭のスポンジのような味わいが口内にひろがっていった。別に軽口を言ってもかまわない席ではあるが、今の発言は軽口かどうか怪しいところだ。

 そもそも、どうしてそんなことを言う、と不思議そうに多くは目を丸くしていた。


 見つめられた議員はかなり痩せており、こげ茶色のスーツを着ている。馬面の人種であり、灰色のペンダントをこねくり回している。この場でもっとも窮してそうなイメージを持つ男だ。男はたじたじと焦りながら姿勢を正すと咳払いし、発言の意図を説明し始めた。

 「いえ、その、例えばの話ですよ?現在の国民議会や連邦会議はすべてシド国務長官に掌握されているわけです。そんな状況下で反抗の意思を持つ我らを見逃しておく理由がありましょうか。

 いえ、ないのです。我らは今や彼にとってはただ一矢報いるかも、と思われているだけに過ぎぬのです。であるならば、早々に暗殺者を送り込もうとするのでは……?」


 怯えながらもはっきりと、見つめられた議員は答弁する。彼の言葉を聞き、わずかだが各議員は目の前に自分の死に顔を幻視した。身震いを感じずにはいられない。自分の死に顔などを幻視した暁には情緒も不安定になるというものだ。

 「キートン議員、さすがに……貴殿の考え過ぎではないか?いかにあの国務長官とて我らを暗殺するなど冗談であろう。ならば何故あの国務長官はこれまで我らを生かした?これまでも我らはあの国務長官の政策を頓挫させてきたではないか?」


 苦言を呈したのはヴィーゴル議員と同じくらい恰幅のいい小人種ドワーフ――ただしそれなりに大柄な――の男だ。サンタクロースと見まごうばかりの立派な灰色の髭にソースがついていて可愛らしい。すべての指には指輪がはめられており、そのすべてがマジックアイテムというヴィーゴル議員に勝るとも劣らない裕福さを醸し出していた。


 「リヴァティ議員、これまでの見逃しはあくまでも布石なのです……。今の現状を見据えての壮大なシナリオなのです」

 「妄想癖がすぎるぞ、キートン議員。あの国務長官ならさもありなん、といったところだが、思い込みをこじらせると待っているのは果てしなき胃痛ストレスだ。貴殿はやや危機意識が高すぎるのではないか?」


 なおもシドが暗殺を仕掛けてくるのでは、とおびえるキートン議員にキュースリー議員は苦言を呈する。優秀ではあるが、臆病すぎるのが彼の困りどころだな、と頭の苔をかいた。周りも、なにただの冗談であろうよ、とすでに鎮火ムードになっていた。

 このままただの冗談、で済みそうな話だったが、ここでヴィーゴル議員が口を開いた。


 「皆様、楽観的になりすぎるのもどうかと思います。キートン議員のおっしゃっていることはないかもしれないにしろ、万が一の対策は……いえ、ちょっとお待ちを……」

 発言した矢先、ヴィーゴル議員は黙りこくる。何かを思案するかのように口元の髭をこねくりまわしていた。


 「なるほど……。ふむ、考えられる限りでは最良か」

 「なんだね?なにかこの状況を覆す妙案かなにか思いつたのかね?」

 詰問するような口調で、キュースリー議員はヴィーゴル議員に発言を求めた。ヴィーゴル議員は、はいと応答し、軽くほくそ笑んだ。


 「キュースリー議員、キートン議員がおっしゃったようにシド国務長官が暗殺を仕掛けてくる可能性がないわけではありません。ですがあまりに低い可能性です。しかし万が一ということもあるのです。そこでここにいるメンバーだけでも護衛を雇うべきだと提案いたします」

 「護衛?護衛ならば外で待たせておるではないか。レベルは60を超え、そんじょそこらの賊など返り討ちにできよう」

 「いえ、彼らではできるのはせいぜい時間稼ぎ、真なる賊を返り討ちになどできますまい。もっと高い練度の護衛をこちらに引き込むべきでしょう」


 キュースリー議員はヴィーゴル議員の言葉に目を細める。推察するにレベル100を超えるプレイヤーなり煬人なりを雇おう、と言うのだろうが、そんな高レベルの護衛を雇うには莫大な金がいる。金で動くやからはいざという時に役に立たない、とキュースリー議員が考えているせいか、ヴィーゴル議員の案には懐疑的だった。

 他の議員もだ。護衛とは即席の信頼でまかり通るものではない。長い間の付き合いがあればこそ、自分の命を預けてもいい、と言えるのだ。


 「私にはとあるギルドにツテがあります。どうでしょう?そのギルドに護衛の依頼を出してみては」

 「なんというギルドだ?」


 ギルド、という響きにキュースリー議員は嫌な樹脂を流す。

 ヴィーゴル議員が言うギルドとは、プレイヤーや煬人の寄り合い所のことだ。もっと厳密に言えば、冒険者の寄り合い所、ということになる。ギルドの実力はピンからキリであり、弱いところもあれば強いところもある。

 ヴィーゴル議員が推薦しているのは多分強いギルドなんだろう、とキュースリー議員はあたりをつけるが、それでも疑念は拭えなかった。


 まず、ギルド――ひいては冒険者――は金で動く集団だ。中には未知を求めて世界を冒険する、無償で人を助ける、などという酔狂なニンゲンもいるが、多くはモンスターを狩って、手っ取り早く金を手に入れたい、と考える輩が多い、とキュースリー議員は考えている。

 なによりキュースリー議員がギルドを快く思っていない理由は、このヤシュニナという国を建国したのがシドを頂点とする20の大手ギルドによるギルド連合という点だ。


 ともすれば国家を打ち立てるような勢力相手に金を払うなど、反乱軍に投資しているようなものではないか、とキュースリー議員は腹の中で憤慨していた。

 だが、今の状況を考えると乗らないのは悪手である、ともわかっていた。暗殺があるにしろないにしろ、自分の身を守るニンゲンは強ければ強いほどいい。我が身可愛さと謗られるかもしれないが、国家が破滅へと導かれるのを死して傍観することなどできはしない。


 「そのギルドは要人の護衛を専門に行っており、名をチュートン騎士団といいます。全員が最低でもレベル100を超える猛者であり、またギルドマスターに至ってはレベルは143、と聞き及んでおります」

 「なんと!それはまことですか、ヴィーゴル議員!」

 「嘘は言いませんよ、リヴァティ議員。事実であり、これからは彼らが我らを守って下さるのです」


 おおそれは心強い、と各議員は歓喜のあまり頬を紅葉させた。さきほどまでは暗かった夜道に一筋の明かりが灯されたと知るがごとく、彼らは有頂天になり途端にさきほど食べた料理の味が口内に充満する。多幸感で満たされていった。

 「その……チュートン騎士団なる者共は信用できるのか?」

 「はい。二年前、一度彼らの手を借りて難を逃れたことがありまして。その際に見た彼らの腕前は筆舌に尽くしがたいものでありました。」

 「その際、いくら払った?」

 「そうですな。護衛を二人ほど雇いましたね。一人一月五百万ルールだったかと。ですが、妥当だと私は思っております。偶然のこととはいえ、見ず知らずの私を助けてくれる程度には、高潔なニンゲンでありましたから」


 ルールとはヤシュニナ内の通貨だ。他の国がそうであるようにヤシュニナは金本位制――そもそもヤシュニナには金鉱山があるので――を採用しており、金による信用による紙幣の発行を行うことができていた。

 庶民、一般人の平均的な年収が六百万ルールほどなので、五百万ルールというのはかなりの大金である、というのがわかるだろう。今この場に集まっている議員だって年収で言えば二千万ルールほどであり、五百万ルールというのは大金だ。


 そんな大金を提示され、議員らの春は過ぎ、夏と秋が来ぬまま冬になった。

 「五百万……か。一人五百万……。かなりの大金だな。即座に出せる金額ではなかろうて」

 「……割引とかはできないのですか?」

 「自分の命と引き換えに、と思えば……安い……でしょうか?」

 「わからん。そも、チュートン騎士団なるものがどれほどの技量を持つかもわからぬのだ。今この卓で議論できることではなかろうて」


 各議員の反応はまちまちだ。皆難色を示していて、五百万ルールという大金が足かせになっていた。いかに議員とて私腹を肥やしているものばかりではない、ということだ。

 ヴィーゴル議員もそのことをわかってか、すぐに次の一手を打った。


 「皆様、それでは最初の一月に限り、私めに皆様を援助させていただきたい」

 「援助、それは貴殿が金を払う、と捉えてよいのか?」

 「ええ。幸いにも私は金鉱山の採掘権の数割を保有しております。皆様方と比べれば多少は余裕があります」

 「おお、それはすばらしい。ではこちらが半分、そちらも半分というのはいかがでしょうか?半分の二百五十万ルールならば問題なく出せるでしょう」

 「おや、リヴァティ議員。そう言ってくださると助かります。私めも啖呵を切ったはいいが、七人分も出せるか、と気を揉んでいたところですよ」


 うわっははははは、と室内で笑い声がこだました。皆一様に表情を明るくしている。まさしく我が世の春を満喫するがごとく、議員らは互い互いにワインを酌み交わす。

 問題の解決は人の疑念を一瞬にして取っ払い、気を良くしていた。ある意味でそれは幸福の瞬間と言えよう。破滅の未来を前にして狂乱の中で生きるよりも、歓喜の中で生を終えることは処世術として間違ってはいない。


 だからこそ、ああ、だからこそ。

 この場にあつまった議員は己の未来が絶対に安泰だ、と考えてしまった。レベル100を超える猛者、その甘美な響きに魅了され、正常な判断能力を失ってしまっていた。

 これがシドやリドル、セナなどの長い時を過ごした戦闘経験者ならば、レベル100以上にも弱いのがいる、ということはわかっていたことだろう。しかし、結局のところ彼らは政治家であり、一般人にすぎない。レベルも高級食材を食べて得た経験値によるものに過ぎない。


 政治家たる彼らは祝杯をかわす。己の安泰、国家の安泰を祝して。国家とは個人の裁量でどうにかなるべきものではない、と知っているにもかかわらず、間違った考えをしてしまったことも知らずに、ただ平和を享受して、彼らは笑って、安堵して、そして……


 最後の瞬間を受け入れる。


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