第6話 大いに討議せよ、されど拳を振り下ろすことなかれ
ヤシュニナは連邦議会制を国家体制として採用している国家だ。国内の主要方針は各州知事と中央の国務長官による連邦会議によって決められ、国民はそのお達しに従う、という感じだ。
各省庁はヤシュニナの統治機構の下部組織にあたり、連邦会議で決められた国家方針を実際に実行する実働部隊と言ってもいいかもしれない。ちなみに組織図としては各省庁は国務長官の下にあり、国務長官が直接指示を出す、という組織体系になっている。
だが、これでは民意を無視した独裁政権が誕生してしまう。独裁政権が悪とは言わないが、権力への妄執というのは必ず国家を腐らせ、やがて政治家の腐敗が政治の腐敗へと変わる。これが独裁政権が悪と言われる所以だ。
この腐敗を防止するためにヤシュニナ黎明期から設けられたのが国民議会、と呼ばれる連邦議会とは独立した国家統治機関だ。
国民議会とは、各州の選挙で当選した規定数の国民の代表――議員が討論し、連邦会議の政策、予算案、その他諸々を精査し、反対し、国家権力の暴走を阻止する機関だ。
政治団体、いわゆる政党が議会の議席の多くを獲得しており、それぞれ現在のシド政権に対して肯定的、懐疑的、批判的な立場を明確にしている。
この国民議会の力はかなり強く、連邦会議への不信任案提出及び議決を始め、法案成立の可否、各省庁の長官の罷免、増税案や外交問題、戦争行為、果ては司法にまで関与できる。
立法、行政、司法の三権分立が成されていない、というわけではない。司法権を犯すことは議会の多数決でできなくはないが、反面リスクのある行為と言わざるを得ない。
ヤシュニナの法律では国民議会が司法権を犯す議決をした場合、議会は強制的に解散させられ、その時点で議員だったニンゲンは十年の間、政治活動を行うことができなくなる。
まぁ、議員に種族による制限はなく、長命種が議員となった場合は十年など瞬きに等しいので、リスクかどうかと問われれば難しいところではあるが。
その国民議会の場は現在紛糾していた。
「いったいどうなっているのですか!リストグラキウスが突然宣戦布告もなしに開戦など!なにか外交上のトラブルがあったのではありませんか!?」
「何を言っている!かの国は国際条約を平気で破ってのける問題児ぞ!我々が弾劾される言われはない!」
「講和は!講和はできないのか!リストグラキウスの大使館も閉鎖したと聞く。そんなことをしては落とし所が見えなくなるぞ!」
「いいや、ここは中央軍を出すべきだ!決まり事も守れぬ蛮族など、鎧袖一触にしてくれよう!」
「おお、その意気や吉!我が軍は常勝不敗、必ずや邪智暴虐なる狂信者共の素っ首叩き落としてくれよう!」
議会は真っ二つ、主戦派と講和派に割れ、誰か一人が発言をすれば一気呵成に他の議員が喋りだす。議長が何度「静粛に」と
紛糾する議会になど、まとまった結論を出せるわけもなく、先のような言い争いがすでに朝からずっと繰り広げられ、気がつけばもう夕暮れ時となっていた。
リストグラキウスとの戦争が開始された翌日のことだ。集まった345名の議員は政権に、つまりシドやリドルに状況説明を求めた。当然シドはまだ交渉もなにも始められていない、と語る。下手な嘘は逆効果だ、と身を持って思い知っていた。
だが、悲しきかな。この場では何を言ってもこっちが損するのだ。
例えゲームの中だろうが、現実だろうが、真実と嘘のどちらを口にしようと損する状況というのは存在する。
今回に関して言えば、「まだリストグラキウスとなんら話し合いをしていないなど政府は怠慢だ」と反政権派の議員は口を揃えてシドを糾弾するわけだ。
何より彼らはリストグラキウスの大使館を閉鎖したことを悪手だ、不条理だ、とシドの判断を責め立てた。
昨日、各長官らとの会議が終了した後、シドは国務長官の権限を行使して、リストグラキウスの大使館を閉鎖した。職員は半ば大使館に軟禁され、大使館の表門、裏門には憲兵が監視している。
強引、横暴と言われても仕方ないかもしれないが、自分にそんな権限を与えた国民が悪い。そしてそんな法案を通した議会が悪い、とシドは自己完結しており、何を言われても「どの口が」と聞く耳を持たなかった。
そもそも、こっちの話を聞かないどころか、本国と連絡を取る手段のない大使館など、閉鎖してしまった方がいい。最初から話し合いのテーブルに着くことを考えていないのだから。
「えぇい、貴様ら!道理を無視した罵詈雑言、あげく
「なにを、無礼な!そもそもかの国とここまで関係が冷え込み、凶行に及ぶまでその関係を修復せなんだは現政権だ。この戦争の責任は現政権にあることは明々白々よ。追求して何が悪い。貴様らこそ正しき眼、正しき耳を持つが良いわ!」
「
「貴様、今の発言を取り消せ!」
「いや、そちらこそ取り消せ。正しき道理を解せぬ下賤な輩が!」
「なにを!貴様、腹を切れ!」
「貴様こそ腹を切れ!」
いつしか議会はヒートアップしまくって、互いに一瞬即発の空気が漂い始めた。そして抗戦派の議員が非戦派の議員につかみかかった。反射的に非戦派の議員は相手の手首をつかむ。
互いの間に一瞬火花が散ったかと思えば、次の瞬間抗戦派の議員の拳が非戦派の議員の頬にめり込んでいた。
あ、と誰かが声をもらした。
そこからはもう収集のつかない乱闘だ。二分した議会内で議員同士がプロレスごっこだ。種族がバラバラであるため、単純な殴り合いではない。中には巨人種も混ざっているから、小突いただけで人は死んでしまうかもしれない。
だからこそ、そうなる前にシドが動いた。
「《零落するは星、すなわち天運なり》」
彼が詠唱した直後、波動が議会全体に伝わった。小規模の空間振動が今まさに争わんとしている議員らの頭上で起こった。しかし、その振動は議場全体を揺るがし、地震を起こす。
当然、議員らの動きは止まった。中にはひぃ、と息を吸い込むような声を漏らし、机の中に身を隠すものもいた。
彼らは何も我が身に起こっていないことを確認すると、ゆっくりと視線を天井へ、それから張本人であるシドに向けた。
「諸兄ら、少し頭を冷やせ。ここは議論百出を楽しむ場であって、拳で語り合うことを良しとする場ではないぞ?――暴力は国家の独占物、国家以外が暴力を行使するなど以ての外だ。
違うか、諸兄ら?」
視線が集中する中、シドはやや仰々しい口調で居並ぶ大小様々な議員達に語りかける。すっかり恐縮するもの、義憤にかられるもの、自らの行動を恥じるもの、その様相は様々だ。
すっかり黙ってしまった議員達にシドは柔和な笑みを浮かべると、着席を促した。
「諸兄ら、いつまでその足に重労を課す。立ったまま議論するなど、ただ疲れるだけであろう?」
そのあどけない容姿と声にはまるで似合わない堅苦しく、尊大な口調に居並ぶ議員は当惑を示した。いつものことだが、アンマッチすぎる。だが、まるで天上の支配者でも気取るようなシドの態度に気圧され、彼を支持する議員、支持しない議員に関わらず議員達は各々の席に座り出した。それはもうスムーズに、誰一人口を挟まずにだ。
そんな中、いざ議論を再開しようとした時だ。ある議員が突然立ち上がると、シドを名指しで批判しだした。
「シド国務長官!先程の議場での魔術の行使はどういうことでしょうか!議場での暴力行為は禁止されているでしょう!御自分で定められた規則を破るとはいかがお考えか!」
まだ若い――目算20代くらいの見た目の人種の――議員は声を大にして、シドの先の行為を批判する。それを聞いた他の議員はちぃ、と舌打ちをしたり、表情を曇らせたりする。中には馬鹿め、と声に出していうものもいた。
「シド国務長官」
黒山羊の議長の声が響いた。シドは不承不承、とばかりに立ち上がると辟易とした態度で議員の問いに答え始めた。
「えー、ゲインズバラ議員、だったかな?貴兄のおっしゃられる意味は私にとっては寝耳に水、と言わざるを得ませんな。そもそも、暴力行為などとおっしゃるがそんな事実、存在せぬでしょう。いやはや、困った方だ」
「な、何を仰るのか!先程、貴方はこの議場で魔術を行使したではありませぬか」
「ほう。それのどこが暴力行為なのでしょう?」
「馬鹿にしているのか!一歩間違えば……」
不意にゲインズバラ議員の声が途絶えた。彼の視線が左右へと泳ぐ。
目、目、目、目、目、目。彼のことを無数の双眼が見つめていた。同調の色などまるでない、異物を見る目だ。そう、それこそ正義と信じた行為が悪だった、と訴えてくる目だ。
ようやくゲインズバラ議員は自分が今何をしているのかに気づいた。自分がなぜ、そんな目で見られているのかに気づいた。だが、時すでに遅し。もうあとには引けない。的外れの議論をしようとした、過去の自分を撃ち殺してやりたい。
みるみる内にゲインズバラ議員の両の耳が紅葉していく。うつむいたまま、恥をさらした議員を見て、何人かは苦笑していた。
「ゲインズバラ議員、騎士道精神も結構だが、もう少し貴君は状況を知るべきだ。この場で貴君が喋ることにはなんら意味はない、と知るがいい。糾弾すべき時、すべきでない時。その見極めは非常に大事だ。
まだ貴君は若いのだ。これからそういったことを学ぶがいいさ」
だが、ゲインズバラ議員が大手を振って恥をかく、ということはなかった。彼の隣に座っていた老齢のドワーフの議員が彼を諌めるように、フォローした。若いのだから仕方ない、と彼は議場に訴えかけた。
場を丸く収める、恥の尻拭いをする、と言ってもいい。ゲインズバラ議員の見当違いの糾弾を諌める、と同時に彼の発言も若さ故の過ちだ、として彼に降りかかる火の粉を最低限のものにしようとする立ち回りだ。
茶番だな、とシドは鼻で笑った。
今のゲインズバラ議員の発言は彼の真意であって真意でない。言わされたセリフ、というのともちょっと違う。言葉自体はゲインズバラ議員が選んだのだろうが、言わせた人間がいる。
ドワーフの議員にしてもそうだ。きっと仕込みの一種だろう。
仕掛けとしてはこうだ、とシドは頭の中で結論を出す。
まず、ゲインズバラ議員に誰か――多分反政権派の重鎮――が合図を送って、自分を糾弾させる。自分の魔術の行使に対し、少なからず疑問を抱いた議員を代表して。
そして自分に、しらを切るでも謝るでもいいから答弁させる。謝れば御の字、元々論点のズレた議論を展開しようとしているのだから、しらを切ればゲインズバラ議員が赤っ恥をかく。
だが、ただ赤っ恥をかくだけではゲインズバラ議員、つまり自分の派閥のニンゲンを失う、という結果になりかねない。そこで近くの議員にフォローさせる。そして最低限彼が大恥をかくことを避けようとした、といったところだろう。
正直、やる意味があるのか、と言われれば答えはNOだ。やる意味なんてせいぜい周囲の疑念を払う、ぐらいしかないだろう。
いや、払うのが目的か。どうやら、これを仕掛けた人物はよほどさっさと議論を進めたいらしい。反政権派であることに間違いはないだろうが、一体誰なんだろう。重鎮と言ってもかなりの数がいるからな。
などとシドが思考を巡らせる中、一人の議員が挙手した。黒山羊の議長が、ウェンザース議員、と低い声でその議員の名を呼ぶ。
「まず、こちらを御覧ください」
そう言って彼は近くに控えていた事務員に一枚のボードをもたせ、シドに見えるようにした。
ボードに書かれていたのは過去十五年のヤシュニナの軍事費の点グラフだ。見れば一目瞭然、上昇傾向にある。中には前年に比べて軍事費が跳ね上がっている年があり、その年は戦争があった、と誰の目から明らかだ。そしてグラフには目立つように赤いラインが引かれていて、前年の軍事費はギリギリラインを超えるか、超えないかだった。
「ご覧の通り、ここ最近のヤシュニナの軍事予算は増大傾向にあります。現在は少量の国債の発行と税金によりどうにか賄っているとはいえ、このまま軍事費が増えれば非情ながら増税、という手段を取らざるを得ず、また国債の大量発行も視野に入れねばなりません。
戦争などという愚行による結果です。我が国はより他国と歩み寄り、戦争に走らぬ国家を目指すべき、であると考えます。ですが、悲しきかな。シド国務長官はその職権乱用とも言うべき愚行により、リストグラキウスとの窓口を潰してしまいました。
国務長官、これについてはどう責任を取られるつもりでしょうか?」
言いたいことだけ言って、ウェンザース議員はどかりと発言台に用意された席にすわった。ギシリ、と席が鳴った。
「シド国務長官」
答弁しますよ、とシドが挙手すうると、議長の感情のない声がひびく。
「まず、ウェンザース議員のおっしゃりようをまとめますと、軍事費の増大に伴う国民生活の負担への危惧、そして我が国の外交努力が十分でない、という二点になります。――ああ、もし間違っているとしたらあとで訂正して頂いて結構です。
さて、この二点ですが全くもって偏見と悪意に満ちたものであると言わざるを得ません」
「なんだと」「違うだろー」「ふざけるな」と野次が飛んだ。シドは気にすることなく話を続ける。
「というのも、我が国は元より軍事によりその独立性を保ってきました。その強靭なる兵士の血と汗による不断の努力により、維持され続けてきたのです。そのために、兵士の組織たる軍隊へ資金を多く流すことはしごくまともかつ道理に基づいた行動であり判断である、と言えます。
もし我らが軍事への注力を怠れば我が国の希少な鉱物資源を目当てに隣国が、海の果ての国が、こぞって我らの土地を踏み荒らし、民を殺し、家畜を奪うことでしょう。
ウェンザース議員がそれを望まれるのでしたらお止めはしません。ですが、私個人といたしましては貴方が正義と倫理に基いて英断して下さることを望みます。
外交に関しても同じです。そも、外交とは言葉が通じ、互いに意思が共有できる相手とのみ成り立つのであって、
そして戦争が起こってしまう、というのは外交努力の不足によるものではありません。戦争の原因となるのはいつだって正義と理論に基づく会話ではなく、どうしようもない我らニンゲンの感情であるのです。
『あいつが嫌いだ』、『怖い』、『神が望まれる』、『あいつのあれが欲しい。嫌悪、恐怖、狂信、欲望。そういった人の心が生み出した感情によって人は戦争をするのです。
我が国は常にその感情に悩まされてきました。我が国は戦争などしたくないのに周辺国は『潜在的脅威』などという不明瞭であり非合理的であり道理に基づかない不条理を我が国に押し付けてきたのです。
そんな不条理に屈したくない、その一心で職務に邁進した外交官、彼らの努力を無下にせんと血と汗を流した戦士達に対し、今のウェンザース議員の発言はあまりに非情、冷徹と言わざるを得ません。
軍事費を増やすな、外交的努力をしろ。ええ、そうしたいですとも。ですが、大前提となる外交は
いつしか、野次もなくなり、議員達はシドの言葉に聞き入っていた。彼が示したのは国家としての尊厳であり勲功を示した国民への感謝の意だ。詭弁を通り越してもはや扇動とすら言える。
講和したいんです、でも相手が話を聞いてくれないんです。戦争したくない、でも相手が戦争を仕掛けてくる。なんて悲しいんだろう。
要約すればこんな短い文章になってしまう。だが、勇壮に、慈愛を込めて演説すればどうだ。『健気に他国の侵略に立ち向かう国家』に尽くすという聞くも涙を流す美談の完成だ。
議場の空気は一気に戦争ムードへと変わっていく。シドが最後、以上です、と口にして数瞬後、万雷の拍手が議場内にこだました。抗戦派の議員だけではない。非戦派の議員からも拍手があがる。
まさに国家に尽くす人間の言葉だ、と拍手している議員の多くは思ったことだろう。言葉の中身自体もそうだが、何より演説者があどけない外見の少女、という事実がより場の空気を熱くさせた。
いつの世も戦争へ勇んで歩を進める乙女というのは群衆の心を高揚させるものだ。いや、違うな。世間的に弱い、と思われる見た目の存在が前を歩くことが意識を高揚させる、と言うべきだろう。
だからか、今のシドの姿は国民を扇動する独裁者に見えた。戦争を自分の人気取りの道具として議会を掌握しようとする政治家の行動そのものだ。しかもその独裁者がか弱き乙女の容姿をまとっているのだから質が悪い。
あまりの喝采に質問をしたウェンザース議員や反政権派の議員は動揺の色を隠せない。これまではまだ同じ土俵で議論ができたが、一気に形勢はこちらに不利になった。喝采を浴び、愛想よく手を振るシドを、彼らは忌々しく睨んだ。
ひとしきり拍手が鳴り響いた頃、議長が「静粛に」と小槌を叩いたのを皮切りに次第に拍手の音は静まっていく。
議長はウェンザース議員に起立を求めたが、当のウェンザース議員は立ち上がろうとしない。サイクロプスのその巨体は縮こまり、屈辱だ、とひと目で分かるほど顔を赤くしている。
「……シド国務長官。貴方の発言はまさしく道化師のそれだ。無礼を承知で尋ねるが、貴方はヤシュニナを滅ぼすつもりか……」
やがてか細く、正面のシドくらいしか聞き取れない声でウェンザース議員は言葉を吐き出した。それはまっとうな返答など期待していない、どこか投げやりな質問だった。
「ヤシュニナが滅びるなどありえません。我が国は不退転の覚悟で常に戦争に望むのです。しかるに、同じ志をもつ私がヤシュニナを滅ぼすなど、有り得ぬ話。しかるに貴兄の発言は的外れですよ」
「そうではない……。そうではない……。亡国の始まりとはいつだって民の意識の掌握、これに尽きる。ただ一人の王が国家を落とすのと同じように、国民の総意が国家を滅ぼすこともあるのですぞ。
シド国務長官がおっしゃるのはその可能性への……」
「――だとしても」
議長の指名を待たずに発言したウェンザース議員の言葉を遮り、シドは自分のエゴを彼に押し付けた。
「今、議論すべきことではありません。今我々が論ずるべきはこの国が今立たされている逆境にどう立ち向かうべきか、です。そうでしょう、ウェンザース議員。そうでしょう、この場にお集まりいただいた国民の代表であり総意の象徴たる皆々様。我らの義務を果たすべき時ではありませんか!」
再びシドは議会に訴えかける。そうだ、そのとおりだ、と野次が飛ぶ。彼に同意する勇ましい声が飛ぶ。その日、議会の方向性は決定された。
リストグラキウスへの徹底抗戦。相手が無条件降伏を呑むまで戦争は継続し、流血を強いる。条件付き講和など認めない。我らの要求を認めぬならば、戦争あるのみ、という強気な態度が表れた方向性だ。
「シド、やり過ぎだな」
国民議会が終わり、ようやく開放されたシドを待っていたのはリドルだった。腰の剣に左手を添え、険しい目つきでシドを睨んでいる。シドに付き従っていた事務員や議員はその目を見て、ひっ、と息をもらす。
ヤシュニナ軍最高司令官としてのリドルの姿がそこにあった。空気は熱く、息苦しくなる。歴戦の猛者であり、ソレイユ・プロジェクト最強プレイヤーの一角である男が体から開放した殺気は常人ならばショック死してしまうほど濃密で舌触りがよくない。
「徹底抗戦、それはまだいい。こっちにちょっかいかけてきた奴らだ。徹底的に潰してやればいい。――だが、向こうからの講和を受け入れない、というのはやり過ぎだ。こちらの要求を一方的に押し付けるのは覇者の所業だぞ。俺らは覇者にはならない、いやなれない」
リドルの口から漏れた言葉は武官のトップのものとは思えないほど、消極的でかつ職務への不誠実さが目立った。当の本人は気にすることなく毅然とした態度でいるが、周りのニンゲンはそうはいかない。
「リドル軍務長官!今の発言は不適切に過ぎますぞ!」「左様。職務に対してなんたる無責任な態度か」「軍人の発言とは思えぬわ!」「今すぐにでも更迭されてもおかしくありませぬぞ!」
シドの後ろで議員らが喚く。そして議場の外でたむろしていた記者達はなんだ、なんだ、と野次馬気分で集まってくる。
口々に自分を非難する議員達を見て、リドルは鼻で笑った。シドと共に出てきた彼らは皆シドの取り巻きの議員達だ。中にはシドに媚びを売って議員になったニンゲンもいる。そんなやつらが、シドに隠れて自分をけなすなんて、笑わずにはいられないほど滑稽だ。
「シド、俺は一応お前の国の軍の長だ。だが、だからといってこんなバカげた政治ショーの決定に盲目的に従うつもりはないぞ。ただお前が戦意高揚のためだけにあんな馬鹿げた演説をした、というのなら俺はさっさとこの役職放り出して、別の国へ亡命させてもらう」
リドルの言葉にその場のニンゲンの顔が青ざめた。議員らは歯をガチガチ鳴らし、記者らはメモを取ろうとするペンを留め、硬直した。
「早計すぎやしないか?」
「いや?これくらいがちょうどいいジャブだろ、お前にとっては。だから、聞かせろ。何を考えている?」
リドルの真剣な瞳に見つめられ、シドは降参だ、と言っているかのように両手を上げてみせた。
「そのためにもまずは場所を変えないか?ここは雑音が多すぎる」
後ろの記者らを見て、明日変な記事書かれるんだろうな、と思いつつ、シドはリドルの返答を待った。
「いいだろう。だが、どこで?」
「そうだな……。じゃぁ、俺の執務室で。そこなら盗聴の危険はないからな」
「そうだな。じゃぁ、向かうとしよう」
意思を統一して、二人はポケットから銀色の懐中時計を取り出した。これは一種の転移装置であり、予め十二の番号のいずれかに場所を登録し、長針をその番号に当てはめることで転移することができる。
二人が合わせたのは12の番号。二人が番号をあわせた瞬間姿が消え、あとに残ったのは動揺しっぱなしの議員らと記者達だった。
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