第31話 審判の時

「呪縛せよ!!」


 教皇ハヨネル二世は聖騎士団長に号を発した。

 一斉に讃美歌が響き渡り、神の背信者達の自由を奪った。


「発言だけは許します。

 ただし、言葉は選びなさい。

 高慢なる小人グノウよ」


 次に神を穢す事を言えば、その時は自らの手で断罪してくれよう。

 ハヨネルの口許が愉悦に歪む。


「集団術式か。

 これ程一糸乱れぬ合唱は、信仰心の賜物か?

 見事なものだ」

「この状況で減らず口を吐けるその胆力は、称賛しましょう。

 そして、我等が神敵を下したその武勇にも。

 しかし、あなた自らが主の敵となるのであれば、断罪せねばなりません」


 ハヨネルが手を掲げると、讃美歌が次の章へと移行し、より強い力でグノウ等を縛り上げた。

 勇猛を誇るグノウ配下の中でも、思わず膝をつく者等が出始めた。


「さあ、勇敢なる小人グノウよ。

 己の浅はかさを認め悔い改める事こそ、誠の勇気足り得ましょう。

 さすれば主は、寛大なる御心で全てを許しましょう――」


 ハヨネルは武器を奪われ、身動きさえできぬ哀れな小人に救いの手を差しのべた。

 悔い改めればその愚行を許すと。

 しかし――。


「フ、フフフ。

 フハハ、フハハハハハ。

 ハハハハハハハハハハハハ――」


 小人グノウは愚かにも、その功徳に唾するが如く嘲笑った。


「懐かしいなぁ、アビィよ。

 あの時も皆、"奴"を前に、身動ぎさえできず心が折れた」


 グノウがそう言うと、竜王アーブルムが大気が震える程の雄叫びを上げた。

 衝撃で聖堂に鐘が鳴り響く。

 そして教皇は、信じられないものを見た。


「なっ!?

 何故動ける!?」


 小人グノウが、悠然と歩き出した。

 全聖騎士の合唱による人類最高峰を誇る拘束術が打ち破られたのだ。

 続いて、竜王アーブルムも追従する。


「馬鹿な!? あり得ぬ!

 この術式はその邪竜を百年封じ込めたもの!

 聖剣の楔が無いとはいえ!

 こうも容易く動ける筈がない!」


 そう、かつてこの邪竜は、神より聖剣を授かった"はじまりの勇者カーン"によって敗れ、瀕死のところをこの術式で封印していたのだ。

 勇者カーンが聖剣を持ち出した時も、この竜は身動き一つできなかったと記録にある。

 事実、鬼共は未だ動けずにいた。


「聖剣とはこれのことか?」


 言ってグノウは竜の口から剣を取り出し、教皇の前に放り投げた。


「こ! これは聖典に記された聖剣の通り!

 お主……!」


 ハヨネルが剣を取ると、強大な力の奔流を感じ、咄嗟に剣を手放した。

 これは確かに聖剣だ。

 常人が持てば、その力に耐えきれまい。


「なんだ、要らんのか?

 俺には使えんからくれてやろうと思ったが」

「待て……!」

「ん? 何だ?」

「返せ……! それは我等が神の……!」

「違う。

 これはカーンの、我が宿敵ともの形見だ」


 小人は聖剣を拾うと再び竜の口に収めた。

 はじめから返す気などなかったのだ。


「最後の審判!

 神を讃えよ!!」


 教皇の号令で讃美歌が最終楽章に突入した。

 聖域全体に、空と大地が軋む程の圧力が加わる。

 聖地の守護に回していた全防壁の力をグノウの軍団に注ぎ込んだ。

 皮肉にもグノウ等によって外敵が倒された為、その防衛力を回すことができた。

 これにはあの竜王アーブルムさえも倒れ付した。


「これは報いだ! 神を貶めた神罰だ!

 神の――!!?」


 教皇ハヨネル二世は絶句した。

 この星において最初に生まれた最強の竜王すらも平伏す程の力を一身に受け、それでも尚歩み来る小人の姿に。

 術が通じていない訳ではない。

 それが証拠に、全身から血を滲ませている。

 しかし――。


「はは! はははは!

 ははははは! ははははははは!

 はははははははははははははははは――!」


 小人は暴虐の限り嗤いに嗤った。

 その小さな全身から血を噴き出して。

 その剣幕に、教皇は圧された。


「ヒィ! 来るな!!」


 教皇は恐れおののきつつも、術を発動させた。


「光あれ――!」


 無数の光が小人目掛けて飛び交う。

 しかしその全てが躱される。


「おのれ! バケモノめ!

 光あれ! 光あれ! 光あれえええ!!」


 小人は血を噴きつつも難なく教皇に肉薄した。


「うぐっ!?」


 全身を讃美歌で強化していたにも関わらず、非力な筈の小人に蹴り飛ばされ、気付けば喉元を足蹴にされていた。


「こ……!

 こんなことをして……!

 ただで済むと思っておるのか……!」

「そうせざるを得まい!」

「な……、何を訳のわからぬことを……!」

「慌てるな。

 じきにわかる――」


「伝令! 悪魔の軍勢が侵行との情報あり!」

「伝令! 悪魔により、四つの同盟国が陥落!」

「伝令! 防衛ラインが突破されました!!」


 何が起きているというのだと、一瞬ハヨネルは理解が追いつかなかったが、みるみる内に青ざめていった。


「貴様!! 何をした!?」


 グノウは答えず、ただただ邪悪な笑みを浮かべるのみだった。


「貴様っ……!」

「さて、どうする? 教皇よ。

 我等ならば、貴様等が忌み嫌う悪魔共を容易く撃退できるぞ?

 我等にかけた呪縛を加護に転ずればの話だがなあ!」

「くぅっ! おのれぇ!!」


 教皇ハヨネル二世は小人グノウに膝を折った。


「猊下!?」


 大司教ウルサインの言いたい事はわかる。

 わかるのだが、最早こうする他はない。


「我等に……、救いを……」

「猊下っ! お気は確かかっ!?」

「うるさいんじゃ!! 黙れ!!」

「なっ……!」


 ウルサインは絶句した。

 それはそうだ。

 ハヨネルがこれ程声を荒げた事など無い。


「……グノウは戦の天才です。

 我等は彼の軍略にまんまと嵌められてしまったのです……!」


 ウラギヌス枢機卿が苦々しく言った通りだ。

 全ては小人グノウの思惑通りの筋書きだろう。


「どうした? 神に祈れば良かろう?

 神を差し置き、この罰当たりめに何を乞う?」

「……我等を悪魔共からお救い下され!」

「誰が、何を、どうすると?」

「小人グノウよ!!

 聖ブエル教会を!!

 魔人共の驚異から護って下され!!」


 ハヨネルは神ではなく、神敵たる小人グノウに救いを乞うた。

 深々と頭を垂れて。


「ふむ。

 このグノウ。

 神の教えとやらは聞けんが、己を頼る者の声を無下にする程人でなしのつもりもない」


 小人はその小さな手を教皇に差しのべた。


「我が手を取れば、勝利を掴めよう」


 ハヨネルは震える手で恐る恐るその手を取った。


「曲を替えるか?」

「彼らを讃えよ!!」


 教皇の号令で讃美歌が小人の軍を縛る呪いから祝福する加護に切り替わった。

 グノウはじめその配下が光に包まれ、その傷が癒えてゆく。


「ははははは!

 ははははははははは!

 はははははははははははははは!」


 神々しく光を纏った小さな救世主は、まるで悪の大魔王の様に大聖堂を制圧し、神の威光を嘲笑うかの様にその笑い声を轟かせた。

 その小さき暴威に、竜も鬼も追従する。


「審判は下った!

 さあ、征こうぞ! 我が盟友達よ!

 共に敬虔なる子羊達を護ろうぞ!!」


 食い散らかすの間違いでは?

 と、教皇ハヨネルは諦観するしかなかった。

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最強の小人グノウ 電出デン @ehiro

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