第30話 魔王の凱旋

「まるで邪悪な一寸法師だ……!」

「言っとる場合かっ! 騎士団は何をしておるっ!?」


 大司教ウルサインは悪夢を見ている心境だった。

 恐れいていた以上の事態が起こってしまったのだ。

 小人グノウがいつ来ても遅れを取らぬ様に、五日も前から昼夜問わず聖騎士団に警戒態勢を命じていた。

 相手は得体のしれない小人。

 意表を突く為、小さな穴から侵入し教皇の目の前に飛び出てきては己の沽券にかかわる。

 今にして思えば、小人を大聖堂に通すかの判断責任をウラギヌスに押し付けられた格好となっていた。

 小憎らしい事この上ない。

 だが今はそれよりも、目の前に起きた事態はいったいどうした事か。

 教会の正門の前に、巨大な竜が千を超える魑魅魍魎を率いて押し寄せて来たのだ。


「団長は!? 騎士団長ダルイオスはどこじゃあっ!?」

「こちらに」

「ぬをっ!? そこにおったか!?」


 どうやら頭に血が昇って気づかなかった様だ。

 ウルサインは努めて冷静にならねばと自身に言い聞かせる。


「あれは何じゃっ!?

 まさか小人に先んじて悪魔共が攻めて来たとでもいうのかっ!?」

「いえ、よくご覧下さい」


 騎士団長に促され、ウルサインは門前に群がる悪鬼悪霊共をまじまじと覗き見た。


「あ! あれはっ!?

 邪竜アーブルムに瓜二つではないかっ!?

 バカなっ! 彼奴は今は無き勇者ヒュウ・ド・カーンに滅ぼされたのではなかったのかっ!?」

「その竜の頭上をご覧下さい」

「なっ!? 小人がっ! 小人が竜の頭の上におるっ!

 悪夢じゃっ! 邪悪なる小人! 魔王グノウが復活しよったっ!!」


 忘れもしない十年前。

 畏れ多くも小人グノウは現人神たる“リーヌブエル”に触れた事で神はその姿をお隠しになられた。

 そして代わりに世界に君臨しようとしたのが、原初の竜王アーブルムを駆る邪悪な小人グノウである。

 グノウは神に触れた事で強大な力を得たと言われており、数多の魔人達を力で捻じ伏せ魔王と成り果てた。

 しかし、勇者が邪竜を滅ぼしたのと同時期に徐々に力を失い、その消息を絶ったといわれていた。


「なぜアーブルムが復活したんじゃっ!?

 まさかグノウが蘇らせた!?

 バカな! そんな事ができる筈が無い!」


 そんな事ができるとしたら、それこそ神“リーヌブエル”ぐらいではないのか。


「どうします?」

「どうするもクソもあるかっ! とっとと追い返せっ!!」

「……そいつぁ難しいですぜ?

 何せやっこさん、俺等が手を焼いていた悪魔共の首を手土産に持ってきてるようですぜ?」

「なっ!? なんじゃとっ!?」


 よく見れば、魑魅魍魎だと思っていたのは千を超える武装した鬼の軍勢だった。

 各々の得物には悪魔たちの生首が突き刺さっており、それが悪霊の類に見えたのだ。


「むむむむむ……!」

「伝令によると、近隣の村々を救ったって事で絶大な支持を受けてるみてぇですね。

 そいつを追い返したとあっちゃぁ、教団の名も地に落ちますな」

「わかっとるわっ! そんなことっ!!」


 ウルサインは唾を飛ばして怒鳴り散らした。


(こうなったら彼奴等の自作自演と触れを――いや、ダメだ!

 ここは向かい入れるしか……だが、あんな悪鬼共を神聖な神の……)


『ブエル教会の信徒たちよ。我が名はグノウ』


 突如、ウルサイン含む全員の頭に、小人グノウの声が響いた。


『今俺は、我が友の力により、各々方の意識に直接語り掛けている。

 そなたらの呼びかけに応じ、そなたらの敵は打ち払った。

 歓迎してくれるとの事であったが、どうやら我らは招かれざる客の様だ。

 敵の首は門前に置いて帰る。

 では、さらばだ』


 その言葉の直後、グノウ率いる鬼の軍勢は悪魔たちの首を置いて撤退を開始した。

 ウルサインは頭が真っ白になった。

 帰ってくれるのは願ったりだが、ここで彼奴等を招き入れねば人心は教会から離れてしまうだろう。


『待たれよ! グノウ殿!

 私はブエル教、教皇ハヨネル二世と申します!

 我等はあなた方ご一同を歓迎致します!』


 どうやら教皇が拡声器を用いて小人を引き留めてくれた様だ。

 教皇の指示のもと、聖地の正門が開かれた。

 それを見越していたかの様に、小人は当然と言わんばかりに堂々と竜王を繰り百鬼の軍勢と共に聖域の地を踏み鳴らした。


「ようこそ、グノウ殿。

 先程は対応が遅れまして誠に申し訳ありませんでした。

 これより先はこのウラギヌスがご案内致しましょう」

「おう、よろしく頼む。枢機卿殿」

「ささ、こちらに」


 気づけばウラギヌスが。

 ちゃっかり騎士団長ダルイオスもいつの間にか兵を指揮して付き従っている。

 抜け駆けされた気分ではあったが、ウルサインの失態のフォローをするという恰好であった。

 これで今後の発言力は失われたに等しい。

 ウルサインは頭が沸騰しそうになりつつも、半ば諦めた様に見送るしかなかった。

 騎士団が左に右に道を開け切っ先を上に整列する中、あたかも主が帰還するかの様に小人グノウが邪悪なる竜王に座し、無数の悪鬼共を従え、教会第二位の枢機卿を下僕の様に先導させている。


「……まるで魔王の凱旋ではないかっ!」


 ウルサインは半ば諦めつつも馬を走らせ、大聖堂に先んじた。

 一応、迎え入れる準備は済ませてあったが、ウルサインには心の準備が必要だった。

 大聖堂には、既に教皇が待ち構えていた。


「猊下っ!!」

「落ち着きなさい、ウルサインさん。

 後は私と枢機卿に任せなさい」

「め……! 面目次第もございません……!」


 もう終わったと、ウルサインは肩を落とした。

 しかし、かえって肩の荷が下りた心境でもあった。

 そして我等が教皇の胆力は流石だと、改めて尊敬の念を抱いた。

 また、ライバル視していたウラギヌスにも。

 そう思えたからか、視界が開け、頭も心なしか冴えてきた気がしてきた。

 大聖堂の前でウラギヌスが立ち止まった。


「グノウ殿。

 申し訳ないが、これより先は聖域故武装を解いて頂きたい」

「で、あるか。アビィ!」


 グノウが呪文の様に言うと、白銀に輝く鎧兜が一瞬の内に消え失せ、下に着ていたであろう服装姿となった。


「ゲンジ、ヘイジ。お前等はどうする?」

「殿が仰せとあらば、如何様にも」

「オレも構わねェぜ」


 グノウが問うと、一際屈強そうな明王の如き黒鬼と、後輪の様に銅鑼を担いだ雷神を思わせる赤鬼が、小さな小人の一言に跪いた。

 後に続く鬼の軍勢も、皆一斉に追従する。

 そんな一目で大将首とわかる鬼が、明らかな臣下の礼とっている。

 何れも、神仏さえも恐れぬであろう悪鬼共が、己の拳よりも小さい、たかが小人に対してだ。


「ウラギヌス殿。

 武具を外すにしばし待たせても良いか?」

「勿論でございます」

「お預かりします」


 ウラギヌスが言うと、騎士団長ダルイオスの指揮のもと騎士団が鬼達の武具を預かった。


「ほらよ、頼まァ」


 ゲンジとかいう黒鬼がダルイオスに鉄塊をぶん投げた。

 ダルイオスは受け止めたものの、そのあまりの重さに地面に腕をめり込ませた。


「ワリィな! 騎士様にャア、ちィと重かったか?」


 言って黒鬼はダルイオスの鎧を掴むと、ダルイオスごと地面にめり込んだ鉄塊を引っこ抜いた。

 何とデタラメな力なことか。

 あれでもダルイオスは教団が誇る最強の騎士である。

 並みの悪魔ならば容易く勝てる程の剛の者なのだが、あれにかかれば赤子同然の様だ。

 他の騎士達も、雑兵とおぼしき鬼の武具を二人がかりで持つのがやっとのようである。

 これには武器を奪えてほくそ笑んでいたウラギヌスも心中苦々しい所だろう。

 これ程の膂力差があっては、対して意味をなさないからだ。


「これで良かろう?」

「恐れながら、その竜――!?」


 ウラギヌスが言い終わる前に、竜が怒りの雄叫びを上げた。

 その咆哮に、ウラギヌスはもとより付き従っていた護衛たちすら吹き飛ばされた。


「おお、すまん。すまん。

 このデカさでは如何に大聖堂といえど入れんな。

 アビィ!」


 アビィというのは、どうやら竜の愛称らしい。

 ヒトを憎み、同族を食い尽した邪悪なる竜王アーブルムを、ペットにつける様な名で呼び慣らすなど、正気の沙汰ではない。

 伝承によると、かの邪竜はかつて全人類を根絶やしにしようと暴れまわったとある。

 その伝承通りであるとするなら、いったい何をどうすれば愛馬の如く使役できるというのか。

 小人の指図通り、太古の邪竜はその体躯を聖堂に入れる大きさに縮んだ。

 それでも十分デカいのだが、何とか這入れる大きさとなった。


「いえ、そういう意味ではなく。

 失礼ですが、その竜の名は……?」

「なんだ、アーブルムの事か。

 俺はアビィと呼んでおるが」

「大変申し訳無いのですが、アーブルムといえば我らが神を忌み嫌う邪竜と同じ忌み名。

 聖堂に入れる訳には参りません」

「ならば、アビィで良い。な? アビィ!」


 アーブルムは別に構わぬといった表情でグノウに顔を差し出した。

 グノウは犬でもあやす様に竜の鼻をかいている。


「これで問題あるまい。な?」


 問題無い訳がない。

 一応ウラギヌスとしては、あの竜がという事にして場を収めようとしたに過ぎない。

 そもそも教会では、竜は神に反逆した邪悪の化身という位置づけなのだ。

 竜がこの聖地に足を踏み入れた時点で問題だというのに、それが竜王アーブルムというのなら尚の事許されざることである。


「……しかし!」

「良いではないですか。ウラギヌス卿。

 あまり客人を待たせるべきではありません」


 大聖堂の中より純白の法衣を纏った貴人が悠然と歩いてきた。

 我らが教皇である。


「ようこそ、小人グノウとその眷属達よ。

 あなた方に、神の祝福があらんことを――」


 流石は教皇。

 場を飲み込もうとした小人を制した。

 教皇に導かれ、卑しき者共が大聖堂に入っていった。

 ウルサインは今ほど教皇に憧憬の念を抱いたことは無かった。

 だが――。


「神の祝福は要らん。

 代わりに、引導をくれてやる」


 その物言いは、やはり邪悪な魔王そのものだった。

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