第29話 神に仇なすもの

「失礼します」

「素晴らしい。時間通りですね」

「は! 猊下直々のご指名、光栄の至りでございます!」


 ブエル教会の総本山、その象徴たる教皇ハヨネル二世は、奇跡の生還を果たしたという女騎士イオカリテを呼び出した。


「ホホホホ。そう畏まらなくて結構ですよ。

 お加減はいかがですか? イオカリテさん」

「も! 勿体無きお言葉!!」


 教皇たるもの、身命を賭して戦う騎士には報いねばならない。

 ハヨネルは我が子を愛でる様にうんうんと頷いた。

 敬虔なる子羊ほど、可愛らしいものはない。


「帰還早々に申し訳ありませんが、確かめねばならぬ事があります。

 大司教」

「は!」


 イオカリテからの報告は事前に受けていたが、厄介な問題があった。

 故に真偽を確認する必要があった。

 大司教ウルサインに後を任せ、ハヨネルは椅子に腰かけた。


「さて、イオカリテよ。

 悪魔に敗れそうになった所をグノウなる小人に助けられたとの事だが……。

 本当に、グノウという名の小人だったのか?」

「は! 確かにグノウ様と名乗っておいででした!」

「バカモンっ!!

 グノウと言ったら我らが神を仇なす神敵の名ではないかっ!!

 そんな者を我が聖域に招くとは何事かっ!!

 十年前! 彼奴が犯した大罪を知らぬと申すかっ!?」


 大司教は真っ赤な顔でイオカリテを怒鳴りつけた。

 青ざめたイオカリテは床に額を擦り付けて平伏ひれふした。


「ももも! 申し訳ございませんっ!!

 何分まだ自分が6歳の頃の!

 それもあまりに荒唐無稽かつ、一般信徒に秘されていた事でしたので……!」

「大司教、その辺で。

 如何に神敵と同じ名といえど、命の恩人には代わりありません。

 彼女の身になって鑑みれば、それもやむかたなしというもの」

「……は! ……しかし!」


 大司教は教皇の前に跪きつつ是非を問うた。

 穏やかな笑みを浮かべ、教皇はなだめるように大司教に手を差し伸べて語り掛けた。


「良いではありませんか。

 そのグノウなる御仁が、我らの救いとなるか、それとも本当に神に仇なすものとなるのか。

 いずれ審判が下ることでしょう」

「……仰せの通りかと!」


 大司教は感服したと言わんばかりに頭を垂れた。

 それを憧憬の眼差しで見守るイオカリテに、教皇は満足そうな笑みを浮かべた。


「安心なさい。イオカリテさん。

 教会を上げて我らは恩人を迎え入れます。

 恩には、報いねば」

「あ! 有難き幸せ!!」

「さて、ご足労を掛けましたね。

 本日はゆっくり休みなさい。

 寝不足は美容に悪いですからね」

「お心遣い! 痛み入ります!

 では! 失礼致しました!」


 うやうやしくイオカリテが扉を閉めたところで、ハヨネルは穏やかな笑みを解いた。


「お疲れさまでした。ウルサインさん」

「まったくバカな真似をしてくれましたな、あの娘は。

 いかがいたしましょう?」

「あの様子なら問題ないでしょう。

 むしろあの従順さは、我等にとって都合が良い。

 それより、本題に入りましょうか。

 ウラギヌスさん」


 ハヨネルは控室に待たせていたウラギヌス枢機卿を呼び出した。

 はかりごとに関して最も頼りになる側近である。


「懐かしい名が出ましたな。

 前教皇ダマスス一世が失脚された原因が、まさか生きていたとは」

「卿が言われますか。

 いやはや、人の悪いお方だ」

「私は手を下しておりませんぞ?」


 ウラギヌスはウルサインを見向きもせず、教皇に念押しする様に答えた。


「いやいや! 怖いお方だ!」


 ウルサインも張り合うように教皇にすり寄るように吐き捨てた。

 相変わらず、ウラギヌスとウルサインはて結構な事だ。

 権謀術策を好む枢機卿と、保身のあまりに権力欲に取りつかれた大司教が互いを追い落とそうと切磋琢磨する。

 実に頼もしい側近だと、ハヨネルは微笑した。


「ウルサインさん。

 小人への対応ですが、あなたの考えを聞きましょう」


 いつものように、まずはウルサインに案を出させる。

 まずは自己顕示欲の強い彼の発言を許し、次に高飛車なウラギヌスに指摘させる。

 ウルサインはいつも悔しい思いを味わうものの、立場上はウラギヌスが一段上の為、双方の面子は保たれる。


「あの恐れ知らずの愚か者が何をしでかすなど、私には見当もつきません。

 礼だけ言ってさっさと追い返すのが最善かと」


 想像通りの答えだった。

 己の保身しか頭に無いウルサインは、例え無能と言われようとリスクを冒す事を嫌う。


「それでは少々勿体ないかと。

 聞けばかの小人は我等が教会を悪魔共から守ってくれるというではないですか。

 ならばここは丁重に持て成し、我等の盾となって頂くのがよろしいかと」

「相手はあのグノウですぞ?

 遇した結果思い上がり、我らが敬虔な騎士団を我が物顔で私物化されては堪らん!」

 「なに。かのグノウといえど所詮はいち戦人いくさびとに過ぎぬ。

  戦うしか能の無い蒙昧もうまいなど如何様いかようにも言いくるめれば良いのです。

  如何に強大な力があろうと、たった独りで教会をどうこうできる道理はありますまい」

「教会の神威が損なわれる危険性を憂いとるのです!」

「無頼の輩さえも丁重に迎える。

 教会の神威は益々ますます高まることでしょう」

「あの罰当たりめに大聖堂でも破壊されたらどうなさるおつもりかっ!?」

「無論、まずは聖騎士団がエスコートし、武装解除させた上で大聖堂に通すかは貴公が判断されるがよろしかろう」

「ぐぬぬぬ……!」


 此度もいい塩梅になった。

 ウラギヌスは切れ者だが、己を過信するあまりに時にリスクを冒しすぎる傾向がある。

 それを阻止したいウルサインは、体の良いストッパーとなる。


「決まった様ですね。

 では、お二人とも、くれぐれも抜かり無きよう準備をお願いします」

「「はっ! お任せを!」」


 二人が退室した後、ハヨネルは溜息をついた。

 ハヨネルは教会を愛している。

 たとえ今の信徒が一人残らず死に絶える事があったとしても、教会さえ残っていれば良いとさえ思っている程に。

 何故なら人類が滅びぬ限り、教会の存在は必須であると信ずるからだ。

 故にそれを脅かしうる小人グノウは厄介極まりない存在である。

 今日はぐっすり眠れそうに無い。

 ハヨネルは密かに例の計画を進める事にした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る