第28話 小さな救世主

「くっ、殺せ!」


 強大な悪魔を前に、女騎士イオカリテは死を覚悟した。

 神に仕えし聖騎士たる者、悪魔に辱しめを受ける位ならば潔く散る覚悟だった。

 ならば、せめて聖職者らしく空を仰ぎ、主の奇跡にすがってもバチは当たるまい。


「おお! 神よ! 我等に祝福あれ――!!」


 その祈りが届いたのか、天空より剣が飛来し暗雲を切り裂き悪魔を貫いた。

 悪魔の断末魔と共に晴天がもたらされた。


「……これは、神の思し召しか?」

「神じゃない。グノウだ」

「ひゃっ!?」


 聖剣の如き美しい剣の柄の天辺に、拳ほどの小さな男が胡座をかいて座していた。

 身にまとう鎧兜もまた、剣と同じ材質なのか神聖ささえ放っていた。

 また、"グノウ"という名には、何故か聞き覚えがあった。

 その由来はわからないが、それが彼女の信仰心と混ざり合った。


「……貴方は、救世主様でありましょうか?」


 彼こそ、天空より魔を滅ぼすために遣わされた救世主に違いない。

 さもなくば、あれほど強大な悪魔を一撃で屠れる筈が無い。

 そう確信したイオカリテは彼に問うた。

 しかし――。


「救世主? この俺が?

 はははははは!!

 だとしてら、トンだ世界もあったものだ!」


 何がおかしいのか、小人は呵々大笑した。

 神の御使いには似つかわしくない、威圧するような哄笑である。

 イオカリテの戸惑いをどう受け取ったのか、小人は気軽に答えた。


「なに!

 困っている女子を見殺ししたとあっては、男が廃る!

 故に助太刀したまで!」


 そう言って、小さな救世主は踵を返した。

 どうやら言葉通り、ただ単に助けてくれたらしい。

 その気風きっぷうのよさに、イオカリテは惹かれた。


「お! お待ちを!!」

「ん? どうした?

 見たところ無事の様だが?」

「その出で立ち、勇者様とお見受けしました!」

「はっ! 今度は勇者か!」


 またも笑いだしそうな小人。

 いったい彼の何がそうさせるのか。

 そんな小人の笑い声を、イオカリテは手を突き出し遮った。


「その聖剣が何よりの証拠!」


 イオカリテの言葉に、小人の表情がやや硬くなった。

 彼の座す剣は、本当に見事な剣である。

 まるで原初の頃からこの世界に存在していたかのような、大いなる力を感じる二つとない逸品だ。


「ふむ。

 イオカリテとやら、ここで会ったのも何かの縁だ。

 いいものを見せて貰った礼に、俺で良ければ力になろう!」

「本当ですか!?」


 願ってもいない申し出に、イオカリテは何の礼なのかも聞き流して飛び付いた。


「おう! 俺にできる事ならな!」

「おお! 神よ!!」


 イオカリテは感激のあまりに小さな勇者を拝んだ。


「……どうでも良いが、そろそろ名で呼んでくれんか?」

「そんな! 畏れ多い!!」

「あまり担がれるのは好かん」

「はっ! では、グノウ様と」

「よろしくな! イオカリテ!」

「はい!」


 グノウに名を呼ばれ、イオカリテは誇らしくなった。

 これ程の強者は、聖騎士団の中にもいまい。


「で、俺に何を求める?」

「我等が故郷を悪魔の軍勢からお守り下さい!」

「悪魔、か」

「あ……、いえ! その……!

 すみません!」

「ん? 何を謝る?」

「いきなり無茶なお願いをしてしまい――!」

「は! 無茶なものか!

 良かろう! 引き受けた!」

「えっ!? でも……!」

「案ずるな。

 こんな成りだが、先の魔人程度なら物の数でもない」


 確かにあの強大な悪魔を一撃で仕留められるのだ。

悪魔の十や二十など一閃で薙ぎ払える事だろう。

 相手は数千にも上る悪魔の軍団だが、勇者がひとり先陣を切ってくれるのなら、聖騎士団も士気が上がり活路も見出だせる。


「……わかりました。

 よろしくお願いします!」

「うむ!」

「では、お話しは――」

「聖ブエル教会に向かえば良かろう?

 成りからして」

「お察しの通り!」

「そちらにも準備があろう?

 1週間後、そちらに出向く」

「おお! ありがたき幸せ!」

「よろしく頼む!」

「我等一同歓迎いたします!」


 これは天啓に相違ない。

 終わりの見えない悪魔の侵攻に、民も信徒も疲弊しきっていた。

 そこに小さな救世主が現れたのだ。

 我等は見捨てられてはいなかったのである。

 イオカリテは神に感謝して祈りを捧げた。


「最後にひとつ」

「はい! 何なりと!」

「乙女は、恥じらう方が良い」


 風のように飛び去る小人が見えなくなると、イオカリテは身なりを確認した。

 何と今までパンツ丸出しだったのだ!

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