第27話 少年の夢

 “神”と戦う。

 そんな話になるなんて思わなかった。

 親の仇を取ることだけを思っていた少年のシンには、小人グノウの夢など大き過ぎてよくわからなかった。

 修行中の身とは聞いていたが、それがまさか“神”と戦う為の修行などと、誰がわかるだろうか。

 鬼との戦いの後、グノウと共にしばらく鬼の住み処に滞在する事になったシンは、タクマのもとに訪れていた。

 未だ鬼に恨みを持つシンにとって、タクマは唯一心を許した鬼だった。

 修練所にて、今や何百もの弟子を抱える仙女ソロモンが唸っていた。


「おっかしーわねぇ?」

「ヘェ……」


 あの日、仙術で腕を生やしたタクマだったが、あれ以来仙術が使えない様だった。

 タクマの師、ソルモンもその原因を探っているが、どうしたものかと悩んでいた。


「一度は術を発動できたのよねぇ?」

「ヘェ、その筈なんですが……」

「その時の事をもう一度聞かせてくれる?」

「敵将スサマに踏みつけれた痛みが切欠だったと思うんですが……。

 まるで体中に電撃が走ったみてェに――」

「よォ! 師匠!」


 タクマが仙術を発動させた時の事を思い返していると、チンピラの様なノリの男がやって来た。

 忘れもしない。

 シンを喰おうとした全身雷の様な傷と入れ墨だらけの青鬼スサマである。


「何だ、スサマか」

「何だとはご挨拶だなァ。隻腕明王せきわんみょうおう!」

「……それ、やめろっつってんだろ?」

「なんでェ? いいじゃねェか!

 なんなら、オレの事も鬼韋駄天おにいだてんって呼んでいいぜェ?」


 確か韋駄天とは、足の速いおとぎ話の神様だったかと、シンはおぼろ気に思い出していた。

 スサマの事は今でも嫌いだが、ちょっとカッコイイとシンは思ってしまった。

 ただ、いかに俊敏なスサマといえど、ちょっと誇張し過ぎではなかろうかとも。


「で? 鬼韋駄天のスサマさん?

 ちょっとは上達したのかしら?」

「へへ! 惚れんなよ? 師匠!!」


 言うとスサマは印を組み、仙気を発動させた。

 どうやらこのスサマも仙女ソルモンに弟子入りしていたらしい。

 グノウにベタ惚れのソルモンが、スサマ如きに惚れるはずないじゃんと、失笑する。

 気にせずスサマは仙気を練り上げると、利き手から電撃を迸らせた。


「どうよォオオ!!?」

「ほーん。

 仙気を雷に変化させるとは中々やるじゃない。

 成る程、調子こいて鬼韋駄天とかほざくのも仕方ないわよねぇ~」

「ちょ! 師匠! ヒドくね!?」


 「ケッコー頑張ったんだけどなァ~」とスサマは不貞腐れた。


「……よォ、鬼韋駄天」

「おい、今その呼び方すんのヤメロよ~」


 何故か真剣な面持ちのタクマが、スサマの肩をガシッと掴んだ。


「オラを、殴ってくれ!」

「ナッ!? どーしたよ!? テメエ!?

 仙気が練れねえあまりに狂っちまったか!?」

「違う。

 あの時、オメーに踏まれた時、全身が雷に打たれた様に痺れたんだ。

 そして気付けば、オラは仙術を発動させていた」

「つまりよ。

 オレの電パンチでテメーの仙気をムリヤリ発動させるっつーことか?」

「おう!」

「んなデタラメで何とかなるんかよ?」

「いいんじゃない?

 案外うまくいくかもよ?」

「マジかよ……」

(ちょっと前まで敵だったとはいえ、

 仲間を殴るなんざ目覚めがわりィったらねーぜ!)

「シン。

 危ねェから、少し離れててくれっか?」

「あ、うん。

 じゃあ、オレはそろそろ行くよ。

 頑張ってね!」

「おう!」


 シンは子供なりの気遣いで修練所を後にした。

 特にあては無い。


(どうしようかな?

 ……グノウ、どこかな?)


 シンはグノウを探すことにした。

 グノウは手のひら程の小さな小人だが、見つけるのは簡単だ。

 とにかく目立つのだ。

 いついかなる時も白金の鎧兜を身にまとい、聖剣の如き竜の剣の上に立ち、堂々と振る舞う。

 まるで高潔なる伝説の勇者か、はたまた全てを圧倒する魔王の様な威圧感を放つ最強の小人。

 体の大小なんて関係ない。

 グノウがそこにいるだけで、その場は彼の独壇場と化す。

 大きな鬼が暴れているのを見つけた。

 咄嗟に木陰に隠れる。

 案の定、グノウは当然の様に戦っていた。

 独壇場である。


「グヲオオオオオオオオオ!!」


 大きな黒い鬼がぶっ飛ばされていた。

 最強の鬼。黒鬼ゲンジである。

 グノウとの戦いで手足と角を一本ずつ失ったが、ソルモンの仙術で再生されていた。

 ソルモンに再生してもらうと、代償に仙術が使えなくなるらしいが、タクマと違い仙術が使えないゲンジは躊躇無く肉体の再生を選んだ。

 そして懲りずにグノウに挑んでいるのである。

 今のグノウは万全の状態である為、当然の様にボコボコに打ちのめされていた。

 仰向けのまま、黒鬼が唸る。


「よー、どうしたらテメエに勝てる?」


 実力差は明白だった。

 それがわかっている上で、ゲンジは問いかけたのだろう。


「俺より、お前の方が強い」


 ゲンジの問いに、グノウはそう答えた。

 正直、意味がわからない答えだった。

 勝った方が強いのではないのか?

 グノウの言う「強さ」とは、肉体の事を言っているのか?

 それとも、武のなんたるかを極めなければわからない事なのか?

 グノウの言葉の意味を考えてみたが、やはりわからなかった。


「……なら、なんで勝てねんだ?」


 ゲンジの言葉に、シンも同じ意見だった。


「それがわかればお前の勝ちだ」


 そう言うと、グノウは背を向け跳び去って行った。

 剣を車輪の様にぶん回し、もう見えなくなっていた。


「なんだそりゃ……」


 そう呟くと、ゲンジは眠ったのか目蓋を閉じた。

 無防備である。

 今なら、親の仇であるゲンジを討つ事ができるかも知れない。

 シンはゴクリと唾を飲む。

 グノウから、護身用にと小刀を渡されていた。

 かなりの業物で、子供のシンの力でも、容易く鋼鉄をも両断できる代物である。

 実際に試してみたから間違いはない。

 これならば、鋼の肉体を持つゲンジを切る事もできるだろう。


「どうした? ガキィ?」


 目を閉じたままのゲンジに問われ、シンは身の毛がよ立った。

 グノウの様に野生の勘が鋭い鬼の王には、シンの殺気など筒抜けだったらしい。

 シンはひきつる足を必死に動かし、両手で小刀を握りしめ、恐る恐る木陰から出た。


「どうした?

 オレを殺してェんだろ?」


 頭に血が昇り、小刀を両手で振り上げていた。

 ゲンジが眼を見開く。


「ヘ! いいぜ! 相手になってやらァ!!」

「バ! バカにするなっ!

 動けないお前なんて!!」

「ハ! 確かにオレはこのザマだ!

 だがよ? オレを切りに近寄るガキをブチ殺す事ぐれェはできんだぜ?」


 シンは怒りと恐怖で固まっていた。

 この鬼が憎い。

 最愛の母をただのエサとして喰らったこの化物が。

 だが、あのグノウと渡り合える程の手練れである。

 例えまともに動けないとしても、片手でひと掻きすればシンの様な子供など簡単に引き裂いてしまえるだろう。

 それに、万一これでゲンジを殺せたとして、それが本当にシンの望む仇討ちとなるのだろうか?

 最強の小人に憧れた。

 それはその圧倒的な強さもさることながら、その生き様にこそ惚れ込んだからではないのか。

 本当は小さく弱い体しか持たない筈の小人が、その意志と努力で技を磨き、強大な敵に立ち向い、打ち勝ってきたという。

 そんなグノウの様になりたいと願う自分が、仇とはいえ動けない者を一方的に殺して、それで本当にいいのかと。


「カカッ!」


 そのシンの葛藤を、ゲンジが嘲笑う。

 シンの手に再び殺気が宿る。


「何がおかしい!?」

「そりゃ笑うぜ!

 テメエみてェなガキが何を勘違いしてやがる!?」

「……勘違いだと!?」

「大方、動けねェ奴を殺すなんざ卑怯だとか思ってんだろォ?

 バッカじゃねェの!?

 テメエがこのオレをどうこうできるわきゃねェんだよ!」

「このっ――!」


 シンは怒りのあまりに剣を振りかざした。

 煮えたぎる様な眼で、仇敵を睨む。


「それでいい。

 グノウだってそうすんだろうよ」

「グノウはそんな事しない!!」


 グノウが無防備な相手を手にかけるなどする訳が無い。

 誇り高き彼ならば、正々堂々と戦うに決まっている。

 「お前なんかに何がわかる!?」とシンは怒りを募らせていた。


「わかってねェのはテメエだ、ガキィ。

 わかんだよ。

 ありゃあテメエの思うようなヒーローなんかじゃねェ。

 オレらと同じ、突然来る理不尽だ」

「ウソだ!!」

「そう思うなら好きにすりゃアいい。

 オレを殺すもテメエの勝手だ」


 ゲンジの言葉に、シンは取り乱し混乱していた。

 こんなヤツのいう事など聞く事は無いと思う自分と、どこかでゲンジの言う通りかもしれないと思う自分がいた。

 誰が何と言おうと、グノウはシンにとってヒーローであり、命の恩人だ。

 だが、グノウがただのヒーローではない事も薄々気付いていた。

 どこか孤独で、恐ろしい側面も併せ持つ戦闘狂。

 敵に対して容赦なく苛烈に追い詰める様は、まるで悪の英雄とでも言いたくなるような振る舞いだった。

 だからこそ、余計に惹かれたのかも知れない。

 その、邪悪な魅力に。


「殺りたきゃ来い!

 死ぬ気でな――」


 黙って動かないシンに、ゲンジはそう言って目を閉じた。

 シンは小刀を掲げて「わああああああああ!!!」と叫んだ。

 そして気が付けば逃げていた。

 怖かった。

 あの動けない筈の黒鬼が、途轍もなく恐ろしくなってしまったのだ。

 シンが走り去った後、ゲンジが人知れず「……命拾いしたぜ」と呟いた。

 そんな事とは露知らず、シンは思い知った。

 自分は弱い。本当に弱過ぎる。

 グノウの様に強くなりたいのに、こんな自分では無理なのかと。

 グノウの言葉を思い出す。

 「強いチビは無理だ。勝てるチビになればいい」

 その言葉の意味を噛みしめる。

 そう、勝てばいいのだ。

 なら、その勝ちとは何か。

 何をもって勝ったと自分は思えるのか。

 せめて、それがわかる男になりたい。

 そうすれば、少しはグノウに近づけるかもしれない。

 気付けば夕暮れだった。

 夕日を睨む。

 何かに挑む様に。


「良い顔になったな、シン」

「グノウ!?」


 いつの間にか、シンの肩にグノウが乗っていた。

 「な?」と、いつもの様に頬をつく。


「迷いは晴れたか?」


 シンの心情を察した様に、グノウが問う。


「正直、まだ迷ってる……」


 シンは正直に答えた。

 親の仇は憎いし、自分が強くなれるかも、わからない。


「でも、勝ちたい!

 オレは! 勝ちたい!!」


 それは何に対して勝ちたいのか、シンにもわからないでいた。

 ただ、心のままに叫んだ。


「フ! それでいい!!」


 グノウが跳び、剣の上に立つ。

 夕日に照らされ、導く様に拳を突き出す。


「征こう! 友よ――!」

「ゆこう! 友よ――!」


 小さな拳に拳をぶつけ、少年は大志を抱く。

 友と同じ夢を見る為に。

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