第20話 小人の弱点

 ゲンジの元配下の三鬼と手を組む事に成功した鬼の将、赤鬼ヘイジ。

 そんな上り調子の彼の元に、更なる吉報が舞い込んだ。

 最強の小人グノウ。

 その圧倒的強さの秘密と、そこから導き出される弱み。

 そしてその弱点を今、グノウが晒しているとのことだった。


「何ィ? すると彼奴は今、無防備という事か!」

「ヘッ!」


 小人に城を預けた時点で、密に隠密を紛れ込ませていた。

 その話をまとめてみると、小人には弱点らしきものが判明してきた。


「おいコラ、ヘージジイ!

 テメエだけ納得してねーで、オレ様にも聞かせやがれ!」


 今は愛称で呼んでくる魔人ダラクに、ヘイジは咳ばらいをした。

 愛称というよりは蔑称である。


「彼の小人じゃが、彼奴には我らの攻撃は一切通じんかった。

 我が至宝“龍砲”の一撃さえも耐え凌ぎ、そればかりか粉々に砕きよったわい!」

「ちょっと待て、その至宝ってのは旧世代の遺物の事か?」


 ヘイジが渋い顔で頷くと、ダラクも渋い顔で冷や汗をかいた。

 それもその筈、旧世代の遺物、或いは古代兵器と呼ばれる代物は、その人智を越えた性能は勿論、滅多な事では傷一つ付ける事すら叶わない特別な材質で造られていた。

 その時点で、小人の実力は並みの魔人以上である事が窺える。


「じゃが、どうやら我が手の者によると、彼奴の頑強さにはカラクリがあるようでのォ」

「……勿体ぶんな。早く言え」

「彼奴の纏っとる鎧兜じゃよ。

 どうやらあれは、竜が変化しとるもののようなのじゃ」

「……なーるそういう事か。

 するってっと、小人自身にはそれほどの肉体的強度は無えっつーことか?」

「……おそらくじゃが、そう願いたいもんじゃ。

 さもなくばワシらに勝ち目はあるまいて!」


 「お手上げじゃ!」とヘイジは両手を上げて降参のポーズを取るが、その目は爛々と輝いていた。

 今にして冷静に思い返してみれば、グノウ自身の強さは圧倒的な戦闘技術のみで、その戦い方自体は小人の域を出なかった。

 それでも十分に脅威ではあるのだが、“龍砲”を放つ間際、あの男は「眠い」とのたまった。

 あれには無論、挑発の意味合いも込められていたのかも知れないが、実直なあの男のことだ。

 眠気が出るまで戦いをもたせた敵に対する素直な賞賛であった可能性も十分に考えられる。

 全く以って癪ではあるが。

 ともすれば、あの男は小人の体相応に、日に何度か休眠が必要なのかも知れない。

 例えれば小動物が一日に何度も眠る様に。

 だとするなら、そこにも付け入る隙がある。


「これも憶測じゃが、あの小人の強さはその竜の武具を自在に使いこなせる事じゃろう。

 ヒトを憎悪する竜が、何故小人なんぞに手を貸しておるかは知らんがの」


 竜族。

 この星が生まれて最初に誕生した原初の種。

 彼の種族は魔人を含めた全人類を忌み嫌い、決して相容れる事は無いという。

 その理由はこの星の起源にまで遡るが、今は関係の無い話である。


「……つまり、その竜の武具を引き剥がせば、小人を潰せるって算段か?」

「さもあらん。

 そして今、その竜は小人から離れておるらしくての。

 これを見逃す手は無いわい!」


 ヘイジとダラクがほくそ笑んだ。

 スサマとゴウマはやや微妙な面持ちだった。

 多分、生粋の武人である彼らからすれば、相手の弱みに付け入るのが気に食わないのだろう。

 だが、そんなものは無視である。

 そうでもしなければ、あの小人は倒せない。


「よー、ヘージジイ。

 先にその竜をオレ様が捕まえるっつーのはどうよ?」

「ほぉー?

 如何な魔人とはいえ、竜を生け捕りになぞ出来るのかのォ?」

「は! 確かに魔人は竜に敵わねーのが定説だ。

 だがよ。

 人間嫌いの竜族様にあって、人間。

 それも小人なんぞに従うヤツなんざ、たかが知れるぜ。

 大方まだ若い変わりもんなんだろうよ!」

「ふむ。成る程のォ……」


 ダラクはいやらしい笑みで提案してきた。

 差し詰め、その竜を我が物にして小人諸とも自分達をも出し抜く算段だろう。

 まあ、それで竜の加護の無敵性を取り除く事が出来るなら、目を瞑るのも手ではあるが。


「仮にも遺物を粉砕したヤツじゃぞォ?

 お主の手に負えるのかいのォ?」

「……チッ! うるせぇジジイだぜ!

 準備は出来てんだろうな?」


 どうやらダラクに遺物を破壊できるだけの力は無いらしい。

 敵を侮っておいて自ら墓穴を掘るなど、奴の方こそ底が知れたというものである。

 やはり、ダラクを当てにする選択肢は無い。

 適度に共闘関係を保ちつつ、いざとなれば切り捨てる。

 どうせ向こうも同じ考えの筈だ。

 ヘイジは覚悟の溜息をついた。


「万端とは言い難いが、仕方あるまい。

 何せこちらの戦力を揃えるより、小人の隙を付く方が勝算がありそうじゃでのォ!」


 ヘイジは太鼓を叩いた。

 戦支度の合図に、城中がざわめき始めた。

 数時間で鬼の連合軍は全ての戦支度を整えた。

 これはヘイジの統率力もさることながら、本気を出したダラクが飴と鞭で軍団をまとめ上げたのが大きかった。

 更に再び戦いの場を与えられ、スサマ、ゴウマをはじめとした武人たちの息も高揚していた。


「ヘイジの旦那よォ! 城の連中も忘れて貰っちゃア困るぜ?

 舎弟共によりゃァ、近頃仙人の修行を受けてるって話だぜェ?」


 ここぞとばかりにスサマが後押ししてきた。

 この一見チンピラの青鬼は、人一倍空気を読む事に長けている。

 おそらくヘイジへの確認というよりも、士気を高める為の発言であろう。


「無論それも織り込み済みじゃア!

 以前より隠密を通じ、ひとりひとりに指示を出しちょるわい!

 こういった事態が起きた時に備えてのォ!

 まったく!

 獅子身中の虫を育てよるなぞ、酔狂な事をしよってからに!

 その油断、高慢さが彼奴の敗因となろうぞ!!」


 ヘイジも全てを承知していると宣言する事で、配下はおろかかつて敵だった者達もが、憧憬の目を向けてきた。

 それを見てニヤリとしたり顔のスサマ。

 かつて死闘を演じたとは思えぬ、できた息子の様に可愛いヤツである。


「だが、そ奴らは我らに即応できるのか?

 事情は知らぬが、そ奴らは小人に恩義を感じてはおるまいな?」


 折角の盛り上がりに水を差す白き女武者ゴウマだが、これでいい。

 美しきこの戦姫は、無意味に口を開かない。


「案ずるでないわ!

 ヤツらもまた、可愛い我が息子たちじゃ!

 例え小人に恩を感じようとも!

 親であるこのワシを差し置いて、彼奴になびく事などありゃせんわい!

 まァ! 大人しいヤツらじゃて、積極的に彼奴に挑む事はなかろうがの!」


 この言葉に、一瞬曇りかけた兵たちの表情は軽くなった。

 隊の一体感を重んじるゴウマもまた、部下たちの抱く僅かな疑念を解消する為、敢て苦言を呈したのだろう。

 それに応える事で、ヘイジの株は益々上がった様である。

 最早恐れる事は無い。

 ヘイジは全軍を招集し、号を発した。


「皆の者聞けィ!!

 これより我らは彼の忌まわしい小人を討つ!

 敵は今、竜の加護を失い裸も同然!

 今こそ天に与えられし絶好の好機ぞ!

 さあ! 征くぞ! 我が同胞よ!

 彼奴を突き刺し踏みにじり!

 地獄に叩き落として勝鬨を上げよ!

 百鬼夜行を!! 踏み鳴らせェエエエエイ!!!」


 ヘイジの激励に、全ての色の鬼が一斉蜂起し雄叫びを上げた。

 かつて赤とそれ以外で争っていた無頼の徒は、それぞれ思惑はあるだろうが、一つの意志の下に結束した。

 白鬼ゴウマ率いる虎の騎兵隊を先頭に、本隊を智将ヘイジと魔人ダラクの左右にわけ全速力で駆け抜ける。

 戦の中で生まれ出で、戦に生きてきた鬼達に、飲まず食わずで昼夜疾走するなど日常茶飯事の事だ。

 むしろその疲れと飢えが、悪鬼羅刹の如き闘争本能を呼び覚ます。

 此度の戦、勝敗を決するのは兎にも角にも速さである。

 既に先行させたスサマ、ダイゴからの合図が出たその時、ヘイジの策が動き出す。

 全ては、最強の小人グノウを倒す為に――。

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