第14話 魔人ダラク

 頭に血が昇った。

 いつもなら殴り飛ばす下僕など掃いて捨てる程いるが、気づけば誰もいなかった。

 代わりに赤備えの敵兵が、ダラクを囲んでいた。


「……テメー! 何処から沸いて出やがった!?」

「無論、正面から入ったんじゃがの?」


 太鼓を担いだ老将が事も無げに宣った。

 おそらくこのジジイこそが噂に聞く智将ヘイジだろう。

 あのいかにも小賢しそうな面が鼻につく。

 だが今は、ヤツがどうやって城に潜入できたかを考えるべきであると、ダラクは自分の聡明さに感動していた。


「どうした? デカイの。何か言うたらどうじゃ? まさか今更、我らが如何にしてここに来れたかを考えとるんじゃなかろうのォ? だとしたら、とんだマヌケじゃぞ?」

「だ! 誰がマヌケだ!!」

「ほォ! こりゃあ図星だったかのォ! すまんすまん! ちと難しい事を言うたかの?」

「おい! 下僕共!! このジジイを黙らせろ!!」


 ダラクは城中に響き渡る大声で怒鳴った。

 だか、誰も駆けつける者はいなかった。


「うっさいヤツじゃのォ! おい! 木偶の坊! ワシャまだ耳は遠なっとらんぞ!」

「どうしたっ!? 愚民共っ!? 速く来ねえとぶち殺すぞっ!!」

「やめい! やめい! 誰も来やせんわい!」

「なにぃっ!?」

「おっと! 訳を話すから怒鳴るなよ! これ以上騒がれては敵わんわい!」


 ヘイジはやれやれと太鼓を叩いた。

 テメーの方がうるせえぞと、ダラクは苛立っていたが直後、目を見開いた。

 下僕共が、赤備えの姿で出てきたからだ。


「やい! 太鼓ジジイ! テメー何しやがった!?」

「だから怒鳴るなとゆーとろーがっ! 鼓膜が破れるわい!」


 テメーも怒鳴ってんじゃねーかと思いつつも、ダラクは聞く他はなかった。


「見てわからんかの? 皆、我らに下ったんじゃよ! お主、人望無いのォ~!」


 そんなものは見ればわかる。

 聞きたいのはその方法だった。

 用心深いダラクは、常に堅く城を閉ざしていた。

 外部から出入りできるのは、ごく一部の下僕と貢ぎ物の女のみ。

 そこまで思い返し、ダラクは顔を青くしたがもう遅かった。


「第一功はゴウマじゃ! よう堪えてくれたのゥ!」

「……なんの! これしき、何程の事もない……!」


 いつの間にか叩き潰した筈のゴウマが、ヘイジのもとに運ばれていた。

 その運び手は、ゴウマを連れてきた下僕である。

 金塊の下敷きになっていた筈だが、初めからグルだったのだ。


「……テメエら!」

「まったく! 女人相手になんちゅう無体なことをしよるか!」


 ヘイジは自分の装束を破ると、そのままゴウマに被せた。


「テメエらあああああ!!!」


 ダラクの我慢が限界を突破した。

 魔力が膨張し、ダラクの身体が爆発しそうになっていた。


「退け! 退けぇイ!!」


 ダラクの身体がみるみる膨張してゆき、遂には天井にまで届きそうな程にまで巨大化した。


「ブハ! ブハハハハ! どうだ!? 恐れおののけ!! これが偉大なるオレ様の力だ!!」

「……こりゃあ、たまげたわい!」


 ダラクは今までの意趣返しにと、ヘイジ達を巨大な手で払い退けた。


「ブハハ! 他愛無い! このオレ様を怒らせた報いだ!!」


 壁ごと根こそぎ凪ぎ払った。

 確かに手応えがあった為、流石に無傷ではないだろう。


「やれやれ、どこ狙っとるんじゃ? ここじゃ! ここ!」

「なにぃいいっ!?」


 そんな馬鹿なと、ダラクは動転していた。

 先程ぶっ飛ばした筈のヘイジが、玉座に居座っていたからだ。


「テメエ!! 何でそこに!?」

「さあて、何でかのォ!」


 ダラクは困惑しながらも玉座ごと殴り壊した。

 キラキラと残骸が飛び散った。

 やはり間違いなく叩き潰していた。

 ヘイジが腹を抱えて伸びている。


「ブハ! ブハハハハ!! 今度こそ潰してやったぞ!! カスめ!」

「カスとは言うてくれるのォ!」

「ブオ!? 何でだよっ!?」


 今度はダラクの背後にヘイジがいた。

 そして振り返ったと同時に、倒した筈のヘイジは消えていた。


「……テメエ! 何をした!?」

「さっきからそればかりじゃのォ、お主。ワシャ何もしとらんわい」

「ほざけ! ジジイ!」


 ダラクは怒りに任せてヘイジを攻撃した。

 何度も叩き潰したが、その度に現れては消え、そして再び現れる。

 分身の術か? いや、実体がある上に確かに倒している。

 影武者か? だとしても何人もあそこまでそっくりな者がいるものか? それともヤツは不死身なのか? ダラクは焦りと苛立ちで混乱していた。


「どうした!? デカイの! ワシャここじゃぞ!」

「クソがあアアアアア!!!」


 ダラクの怒りが爆発した。

 ダラクの身体中が破裂しそうになる程の膨大な魔力が沸き上がり、その巨体を更に巨大化させた。

 天井をも突破し、ダラクの牙城はダラク自身の怒りによって落城した。


「……何と。まさかこれ程デカくなるとは……。お主、いったい何者じゃあ!?」


 崩壊した城の外からヘイジの声が聞こえた。

 先程までダラクを手玉に取っていた時とは打って変わり、緊張した声だった。

 それに少し溜飲が下がったダラクは、ニヤリと顔を歪めた。


「オレ様が何者だって!? ブハハ! 我こそは魔人ダラク!! 貴様ら鬼の! 真の支配者だ!!」


 ダラクは大地に号を轟かせた。

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