第13話 王の品格

 飽きていた。

 今ある女にも、貢ぎ物にも飽きてきた。

 飽きが来ないのは、飽くなき欲望だけである。


「他に無えのかッ!?」

「へ! ヘエ!! これで全部でさ!」

「アホかテメー! 無けりゃあ探すんだよ! とっとと行ってこいや!」

「へ! ヘイ!!」


 全く、どいつもこいつも使えない無能共だと、ダラクは鼻を鳴らした。

 それもこれも、全てゲンジが下僕共を甘やかしていたからである。

 王の意を汲み、何も言われずとも満足させるのが、弱者の勤めなのだ。

 それをわからせる為には教育である。

 恐怖と暴力による支配で、覚え込ませる必要がある。

 今、自分がゲンジの尻拭いをしているかと思うと、ダラクは無性に腹が立ってきた。


「酒! 女!」

「へ! ヘイ!」


 イライラした時は酒と女、そしてーー。


「……不味い!」


 暴力である。

 酒を持ってきた下僕に、安酒をぶちまけた。

 これもまた、教育である。

 ダラクは仕方なく女の髪を引っ張り上げた。


「……おい! これ、昨日の女じゃねえか!」

「へ!? そちらはダラク様のお気に入りで……!」

「このボケがッ!! んなもん気分で変わるだろうがッ! 全部連れて来いっつうんだよッ!」

「へ! ヘイ!」

「あークソッ! 腹が立つ!」


 怒りを鎮める筈が、余計に苛立ちが増してしまった。

 だが、これでもまだ誰も殺さずに仕えさせてやっているのだ。

 ダラクは己の慈悲深さにうちひしがれていた。

 正に王の中の王。

 ゲンジの様なただ腕っぷしだけの馬鹿とは比べるのも烏滸がましい、高貴なる自分。

 生まれながらに違うのだ。

 品と格というものは。

 ダラクは優越感に浸ることで怒りを抑え込んだ。

 結局は己の自制心である。

 自分はなんて心が広いのだろうと、ダラクは感じ入っていた。


「お待たせしやした!」


 下僕が女共を連れてきた。

 再教育が必要であるとダラクは立ち上がった。


「テメエ、何で剥いてねえんだ?」

「す、すいやせん! 今すぐ……!」

「あーもういい」


 下僕の頭を片手で掴み上げ、軽く投げ飛ばした。

 下僕が壁に激突し、壁に大きな亀裂ができていた。

 これが人間だったなら、身体中の骨がバラバラになっていたことだろう。


「直しとけよ。今日中に」

「……へい……!」

「興が醒めた。下がれ」


 ダラクが手をヒラヒラさせると、女共は顔を下に向けて出ていった。

 ダラクの寵愛を受け損なって哀しいのか、覚悟を踏みにじられて憤慨したのか、いずれにせよ可愛いものである。

 自らの美貌に自信のある女共を袖にするのは気分が良い。

 分をわからせるのもまた、王たるダラクの務めである。

 だが、いまいち物足りない。

 中には悔しそうに睨み付けてくる女もいたが、それだけだった。

 女だけではない。

 誰も彼も、ダラクに歯向える程の者はいなかった。

 ゲンジさえいなければ、何も恐れるものはない。

 ゲンジが消えてすぐ、まずは城を制圧した。

 そもそもは王たるダラクの居城だった。

 それをある日突然やってきたゲンジが、卑怯なトリックを使って奪い取ったのだ。

 だから、本来の主が戻ったに過ぎないのだ。

 それを愚かな愚民共は何を血迷ったのか、正当なる王であるダラクに反抗してきたのである。

 仕方なくダラクは自らの偉大な力によって屈服していった。

 大半の鬼共を下したが、まだ抵抗する者達がいた。

 だが王たるダラクが自ら城を出て戦うなど沽券に関わる為、下僕共に任せた。

 そのせいで少々庭が汚れたが、どうでもよかった。

 森など、勝手に生えてくるのものだ。

 粗方片付けたが、ゲンジの手先とゴウマは未だに服従の意を見せないでいる。

 だが、そんなことはダラクにとって何ら問題にはならない。

 ゲンジの次に勇猛と言われていたゴウマでさえ、戦いもせずに森に逃げた。

 ゲンジの手先共も既に追放している。

 最早ダラクの支配は磐石であった。

 だからこそ、退屈だった。


「ダラク様!」

「何だ? 騒々しい。つまんねー用ならぶち殺すぞ?」

「ゴウマを捕らえました!」


 言って下僕が縛り上げられたゴウマを運んできた。

 急ごしらえの磔にあられもない姿で拘束されていた。

 鎧兜はおろか衣服さえも剥ぎ取られ、恥辱で顔を歪ませていた。

 あの気位の高い男勝りが成す術もなく痴態を晒す様は、見ていて非常に愉快だった。


「お前、最高! 褒美を取らす!」


 ダラクは手元にあった金塊を下僕に与えた。

 下僕は押し潰されていたが、黄金の下敷きになれたのだから本望であろう。


「ブハハ! イイ! 実にいい眺めだ!」


 ダラクはまじましとゴウマをねめまわすと、指で顔をあげた。


「ギハハ! なんだ!? その顔は!? そんな格好で凄まれても滑稽でしかねーよ!」


 ゴウマの股を踏んづけた。

 声を上げなかったのは流石だが、目に涙が浮かんでいた。

 こんな状況にあって尚、その反抗的な表情が堪らない。

 嗜虐心が刺激される。


「よぉ、ゴウマ。オレ様の女になれ。そうすりゃあカワイーおべべを着せてやるぜぇ?」

「……誰が! 貴様になぞ……!」

「あーそうかよ!」


 ダラクはニヤニヤしながらゴウマを蹴り倒して踏みつけた。

 巨大なダラクの足から、ゴウマの顔と手足だけが覗いている。


「ならテメーは一生裸でいな! だがまあ、テメーも一応は騎士だ。特別に兜だけは着けてもいいぜ? ギハハハハ!」

「……下衆……め……!」

「……あ?」


 ダラクは足の踏み込みを強めた。

 ゴウマは嗚咽しつつも、態度を変えなかった。


「……下衆だと……言ったのだ! 豚め……!」


 一度足を浮かし、強く踏み直した。

 さしものゴウマも堪えきれず悲鳴を上げた。


「……誰が? 何だって?」

「貴……様は、下衆……な! 豚野郎だ……! ダラクめ……! ……いや! 豚と比べては豚に悪い……な……! 品性の……欠片も……無い!」

「増えてんじゃねーよ! 悪口!」


 ダラクは自分への悪口は一字一句聞き漏らさなかった。

 全体重でゴウマを踏みにじった。

 ゴウマの絶叫が木霊する。


「オレ様は王だぞ!? 王たるこのオレ様に! 文句垂れてんじゃねーよ!」

「貴様が……王……だと? 笑わ……せてくれる……! 王とは……ゲンジの様な漢にこそ……相応しい!」


 言ってやったと言わんばかりのゴウマに、無性に腹が立った。


「は! ゲンジだと!? それこそ笑うぜ! ヤツがテメーらに何かしてくれたか!? 何もしてねーだろ!! そんな手前勝手な無責任野郎が! 王なわきゃねーんだよ!!」


 ダラクは渾身の力を込め、ゴウマに殴りかかっていた。

 折角の、滅多に手に入らない貴重なオモチャを壊すつもりなどなかったが、自分で思うよりも沸騰していた。

 床下までぶち抜いていた。

 ゴウマも拘束さえされていなければ逃れられただろうが、これではお陀仏だろう。


「けっ!! ゲンジがなんだってんだ!!」

「まったくじゃ!!」


 ダラクは咄嗟に身構えた。

 突然現れたそいつが、幾つもの太鼓を担いでいたからだ。


「確かにお前さんの言う通り! ゲンジのヤツは身勝手で無責任な男じゃわい! じゃが、そんな彼奴が人を惹き付けるのもまた、確かじゃわい! 悔しいのォ! のう? ダラクよ!」


 それは、初めて見るゲンジの宿敵だった。

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