第12話 獣の騎士 

 三つに別れていた。

 元々まとまりなど無かったが、たった一人の鬼が腕ずくでまとめあげた。


「違えな。皆アニキ、ゲンジさんにぶちのめされて、勝手についてっただけだ」


 ヘイジは相棒の獏で駆けながら、スサマの話を聞いていた。

 スサマの素早さは大したもので、息も切らさす喋りながら早駆けについてきていた。


「成る程のォ。まったく彼奴らしい事じゃわい!」


 長年争ってきたからか、宿敵ゲンジの人柄は熟知していた。

 縛らず縛られない、勝手気ままな無頼漢。

 それがゲンジという漢である。

 それにも関わらず自然と慕われ王と仰がれるのは、ゲンジの生まれもった器量というものだろう。

 この漢に認められたい。付いていきたい。

 そんな風に思わせるカリスマ。

 同じ男として、己では敵わないと思い知らされる部分である。

 そういえば、あの小人もまた、有無も言わさぬ覇気の持ち主だった。


「故に、ゲンジひとりでこの騒ぎか」


 ヘイジの言葉にスサマは苦い顔で俯いた。

 お前には人望が無いと言われた様なものだったかと、ヘイジは目を上に向けた。


「ま! ワシが彼奴の腹心だったとしても、オロオロ慌てとったであろうよ!」

「ブチギレつつも策を練るだろ? アンタなら。それにオレは腹心なんてご大層なもんじゃ無え。その他大勢の腰巾着に過ぎねえよ」

「その腰巾着が敵将のワシに、彼奴の腹心だと思われとるのは不服かの?」

「……悪かねぇな」


 フッと、スサマは苦笑した。

 徐々によく喋る様になっていた。

 中々話せるヤツだと、ヘイジも気に入ってきたところだった。


「悪かねえが、他二人はオレより厄介だぜ?」

「白鬼ゴウマと緑鬼ダラク、か」


 ゴウマとは何度かやり合ったことがある。

 鬼にしては珍しく線の細い美形で、虎に騎乗した兵をまるで一つの生き物の様に巧みに率いる手練れである。

 数で勝るヘイジの騎馬隊が、ことごとく蹴散らされたのは苦い記憶だった。


「ダラクとはどんなヤツじゃ?」

「いけすかねえ食い意地の張ったブタ野郎さ。普段は戦にも出ねえで食っちゃ寝してるから、アンタは見たこと無えかもな」

「ま、強いんじゃろな」

「アニキ程じゃねえが、デカさとタフさだけならピカイチだな」


 スサマ達を追い出したのは、多分そのダラクだろう。

 獣を愛で、原野に生きるゴウマが城に執着するとは思えなかった。

 スサマに直接聞けば話してくれるだろうが、己の負けを語らせる事になる。

 それを慮った、ヘイジの気遣いだった。

 スサマからの情報をまとめると、ゲンジの復帰を望むスサマ一派、ゲンジ不在を機に台頭し出したダラクの勢力、我関せずを貫くゴウマ一味。

 現在この三つの勢力にヘイジの軍勢が割り込んだ格好である。


「虎に豚か、どっちも骨が折れそうじゃのォ!」

「ゴウマは権力争いに興味無さそうだし、どこにいるかもわからねえ。オレとしては一刻も早く、あのブタ野郎をぶちのめしたいんだが……」

「まあ、慌てるな。今、ワシの配下が森中の木を切りまくっとる。のう? ダイゴ」

「ウッス! あの森一帯を丸裸にしてやりやしたぜ!」

「なっ!? 馬鹿か!? 貴様ら!! そんな事をすればゴウマが!!」

「カカッ! 怒らせたようじゃのォ!」


 木々を失った山中から、獣の軍勢が大地を響かせ這い出てきた。

 一糸乱れず真っ直ぐに、ヘイジの本陣へと向かってくる。


「おい! オレは逃げるぞ!!」

「慌てるなとゆーとろーが!」


 ヘイジが太鼓を叩いた直後、地響きが止まった。


「ジジイ! 何をした!?」

「イチイチ五月蝿いヤツじゃのォ! 黙って見とれんのか!」


 怒鳴り終えたと同時に太鼓を鳴らした。

 するとまた地響きが始まったが、その音は何故か遠ざかっていった。


「燃えてる……!?」

「良い眺めじゃろォ!」


 ヘイジの本陣は小高い丘の上に築かれていた。

 そこに運び込まれた丸太に火を付け坂に転がしたのだ。

 逆落としにおける戦法の一つだが、ゴウマ率いる騎兵には子供騙しの障害物に過ぎなかった。

 当然の様に失速することなく炎の丸太を避けながら駆け上がってきた。

 だが、そんなことはヘイジの予想通りだった。

 最初に気づいたのは、やはり先頭のゴウマに違いなかった。


「そらそら! 早う消さんと森が丸焼けじゃぞォ!?」


 避けた炎の丸太が坂を転がり続け、森にぶつかり飛び火していた。

 自然を愛するゴウマなら、戦いよりも山火事の消火を優先させるに違いないとヘイジは読んでいた。


「やっぱヤなジジイだぜ!」

「カカッ! 褒めるな! 褒めるな!」


 褒めてねえ、とドン引きするスサマの頭上を何者かが飛び越えた。

 白地に黒シマの虎に跨がった、美しい鬼武者である。


「よう来たのォ! ゴウマ!」

「おのれヘイジ! 貴様の仕業か!?」


 ゴウマは白く端正な顔を歪ませて怒鳴り付けた。


「だったらなんじゃい!」

「許さぬ! 素っ首斬り落としてくれる!」

「じゃとよ! 怖いのォ! スサマよ!」


 ゴウマに凄まれ、ヘイジが親しげにスサマの肩を組んだ。


「……スサマァ! 貴様、其奴とグルだったのか!?」

「ちょ!? おまっ!?」

「問答無用! まとめて叩き斬ってくれるわ!」

「クソジジイ! テメ! 畜生!!」

「ホレホレ! 来よるぞ!」


 スサマは破れかぶれでゴウマに突っ込んだ。

 何だかんだ言おうと、思い切りの良さは流石だった。

 ゴウマの突撃を上手くかわしつつ撹乱していた。


「チィッ! 二人分の攻撃かよ!?」

「我と白虎は一心同体! 貴様一人で勝てる道理は無い!」

「なら、二人ならどうじゃ?」

「なにぃ……!?」


 ゴウマの背後を一閃襲った。

 咄嗟に不意打ちを捌くゴウマだが、流石に動揺したのか白虎との連係が途絶えた。


「な……!? スサマが二人!?」

「んなアホな……!?」

「おいおい! オレ自身が驚いてちゃ世話ねえぜ!」


 突然現れたもうひとりのスサマに、ヘイジは満足げな顔を向けた。

 偽スサマの正体はダイゴである。

 普段はノリの軽いヘイジの使いパシリだが、ヘイジの影としてあらゆる技を修めた忍者である。

 早い段階からスサマに変装し、気配を断って隙を窺っていたのだった。


「……貴様にそんな力があったとはな!」


 何を勘違いしたのか、ゴウマが憎々しげに吐いた。


「は! ただの分身じゃあねぇぜ!」

「お、おう! これがオレの真の力よ!」


 偽スサマの啖呵に本物のスサマが合わせて攻撃を仕掛けた。

 中々に機転が利くヤツだと、ヘイジは感心した。


「クッ! おのれ! ちょこまかと!」

「どうやらスピードはオレのが上の様だな!」

「何を!? オレのが速えーし!」

「何をごちゃごちゃ言っておるかっ!」


 ゴウマから冷静さが消えていた。

 人をおちょくるのが得意なダイゴの作戦通りである。

 スサマさえも挑発し、即席のコンビネーションを成立させていた。

 そろそろ頃合いだろうと、ヘイジは太鼓を打ち鳴らした。


「そこまでじゃあ!!」

「はっ! まだ勝負はついておらぬわ!」

「見てみィ!」


 ヘイジが示した方を見ると、ゴウマの部下達が虎諸とも縛られていた。


「な!? んだと!?」

「お主の配下達が火を消しとる隙をワシの伏兵が突いた。

 自信があるのは結構じゃが、一騎で攻め込んだのがお主の敗因じゃ。

そもそもお前さんの真価は、軍を一頭の巨大な獣の如く動かす統率力じゃろうに」


 ニヤリと嗤うヘイジをスサマは「えげつねえ!」と顔を引き吊らせていた。

 ゴウマもまた、怒りの形相で睨み付けている。


「私は負けてなどおらぬ!」

「ほう? 部下達を見殺しにすると言うのか?」

「我が同胞を侮辱するか! 命なぞ惜しくない!」

「ならば何故、死んでおらなんだ?」

「なにぃ!?」

「お主は命なぞ惜しく無いと言った。ならば何故ダラクと戦いもせず、こそこそと隠れとった? 何故おめおめと生き延びとる?」

「……」

「お主等は逃げたんじゃ。ダラクが怖くてな!」

「こ……! 我らは逃げてなどおらぬ!」

「ほう? 機を窺っとったとでも? ならば何故我らは攻めたんじゃ? 勝てると踏んだからか?」

「貴様等が森を破壊したからではないかっ!!」

「破壊? 可笑しなことを言いよるわい! よう見てみい!」


 ヘイジの示した先を、ゴウマが見ると山火事は消えていた。


「馬鹿な! あれ程燃えていたというのに!?」

「ワシも緑が好きでのォ。火が燃え広がらんよう主らの住み処を囲うように木を切ったんじゃ」


 ゴウマはハッとしてヘイジを見た。

 この老将は、自分達の居場所を突き止め誘きだし、まんまと策に嵌まった所を一挙に絡め取ったのだ。

 勝敗は、戦う前から決していた。


「確かに我等は森を壊した。じゃが、見てみい! ワシ等よりも先に、戦うべき敵がおるじゃろう!?」


 見るまでもなく、見るに耐えない荒れ果てた荒野。

 かつての美しい緑の園は見る影もなかった。


「もう一度問おう。何故其の方等は、死ぬまで戦わなんだか?」

「……ゲンジが消えてすぐ、ダラクが城を占拠し籠城した! 城に籠られては! 我等に勝機は無い!」


 ゴウマは悔しさに顔を歪めつつ、槍を構え直した。

 確かに、獣に騎乗して戦う彼等に攻城戦は分が悪いだろう。

 だが白兵戦となれば、命を賭して戦う所存であろう。

 ならば、ヘイジが侮られたという訳では無いということだ。


「構えられよ! ヘイジ殿! 例えこの身が果てようと! 死力を尽くすのみ!」


 そして今こそ、玉砕覚悟で敵将たるヘイジに挑もうとしているのだ。

 ヘイジは内心焦っていた。

 ハッキリ言って自分達三人掛かりでも、ゴウマには勝てないだろうと思っていた。

 白虎と一体となったゴウマの実力は、あのゲンジにも迫るものがある。

 だからこそ、策に嵌めて投降を促したのである。

 追い詰められたのは、実はヘイジ達の方だった。

 ヘイジは言葉を探った。

 この局面を切り抜ける言葉を。


「惜しいのォ! 全くもって惜しい! 其の方等が加勢したなら、ダラクの奴めを攻め落とせるんじゃがのォ!」


 相手は誇り高き騎士。

 詭弁も誘惑も通じまい。

 ならば、本心を語るのみ。

 ただし大袈裟に、老人特有の嘆かわしさを込めて宣った。

 ゴウマは無言を貫くが、攻撃を仕掛けては来ない。

 ならば仕掛けて来るまで喋るまでである。


「お主は強い! おそらくワシ等三人ぐらいなら突破できるじゃろうよ! じゃが! ワシの部下達は、固いぞォ!」


 ゴウマは知っている。

 ヘイジの兵達の堅固さ、その一体となる錬度の高さを。

 幾度となくぶつかり合った。

 攻めに長けたゴウマの騎兵が、いかに盾を鎧を打ち砕こうとも、ヘイジの護衛を突破したことは無かった。

 そして、例え大将が討たれたとしても、その堅陣が揺らぐことは無い。

 これでもかという程守りを固めた上で、地の果てまでゴウマの首を狙い続ける事だろう。

 ヘイジは死を覚悟はしたが、自軍の勝利を微塵も疑ってはいなかった。


「……それで貴公は満足か? 無念に散っても遺志を継ぐものがおれば良いと?」

「満足な訳あるか! 言うたじゃろ!? 惜しいとのォ!」

「……フフ。流石はゲンジが認めた御仁だ」

「アッ!? なんじゃって!?」


 本当は聞こえていたが、ヘイジは惚けるように聞き返した。

 照れ臭いのと、滅多に人を褒めないであろうゴウマの口から今一度言わせたかった。


「私の負けだ! ヘイジ殿! 煮るなり焼くなり好きになされよ!」


 どこか晴れやかに、ゴウマが兜を外した。

 凛とした、美しい白い顔が夕陽に映える。


「煮るのも焼くのも勿体のうてできゃせんわい! 故に生のまま釣り餌に使おうかいのォ!」

「この私に女人としての色香を期待されるか! どこまでも油断ならぬ御仁よ! 良かろう! このゴウマ! 踊り子にでも毒婦にでも成ってくれようぞ!」

「えっ!? 女だったの!?」


 驚くダイゴとスサマに「見りゃわかるじゃろ」と呆れつつ、ヘイジはゴウマと握手を交わした。

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