第15話 格の違い

 生まれながらに格が違う。

 格の前には、いかなる努力も無意味である。

 それが、魔人ダラクの持論である。

 ならばその格とは何か。

 わかりやすい例が、種だ。

 この世界の種族は、基本的に生まれた順に強い。

 最初に誕生したのは竜族。

 続いて魔人。

 後は、有象無象だ。

 有象無象では多少の強い弱いはあるが魔人の前では無力であり、その魔人も原初より生きる竜族には到底敵わない。

 これぞすなわち、格の違いである。

 鬼族は有象無象の中でも、平均より少し腕っぷしがたつだけの蛮族だ。

 どれだけ数を頼もうと、強大な魔人に勝てるような種族ではない。

 だからこそ、魔人たるダラクは当然の真実を口にする。


「鬼じゃ魔人には勝てねえ! ガキでも知ってるジョーシキだ!」


 巨大化し、魔人としての力を見せ付け、ダラクはその強大なオーラを解き放った。

 流石に無知な鬼共も肌で感じ取ったのか、恐れを滲ませ身構える。

 無理もない。

 一般的にただの人間の魔力が1としたら、鬼はその5倍。

 強い鬼なら10倍がいいところである。

 魔人たるダラクの魔力は強い鬼の更に10倍。

 つまり、人間100人分の魔力に相当する。

 これ程の越えがたい格差で勝負しようというのが、そもそも無茶な話だった。

 その証拠に、周りの鬼どもは赤い額を青くしていた。


「わかった。わかった。ならば取引といこうかいのぅ!」


 戦慄する影武者達から、臆すること無くヘイジが悠然と歩み出た。


「ハァ? わかってねーだろ、テメエ。テメエとオレ様とじゃ格がちげーんだよ! 取引なんざ成立しねーだよボケェッ!」


 ダラクが魔人のオーラを込めて威圧した。

 魔力圧により衝撃波が生まれ、周囲の鬼どもが膝をついた。

 しかし、ヘイジは微動だにしなかった。


「無駄だ! ヘイジ殿! そのブタに話など通じない!」


 回復したのか、武装したゴウマがヘイジを庇うように前に出た。

 今、ヘイジを失う訳にはいかないとの判断だった。


「そうかのォ? 案外通じると思うがの。のう? 魔人ダラクよ」


 ヘイジはニヤリと不敵に笑みを浮かべてダラクを仰いだ。


「ワシら鬼なんぞを相手にするのも馬鹿らしいが故に、考える手間さえも惜しいんじゃろ? 本来のお前さんは用心深く、ずる賢い」


 意外な言葉に、ゴウマはじめ周囲の者達が静まり返った。


「フハ! フハハハハ! フハハハハハ! だったらどうした? 鬼の将よ?」


 ひとしきり笑い、喋りだしたダラクの口調は、これまでのくぐもったものとは異なる鋭さがあった。


「演技していたのか!?」


驚くゴウマの言葉をヘイジは手で制した。


「いや、単に面倒くさかったんじゃろ? のう? ダラクよ」

「まぁ、そんなところだ」


 別にダラク自身に思慮深い自覚は無いが、そもそも魔人は皆、常人など及びもつかない程の処理能力をもつ頭脳が備わっている。

 だからこそ、ほぼ思考を停止していても尚、馬鹿な鬼共を支配できたのだ。

 ダラクにとって、そんな事はどうでもよかった。

 ゴウマを嗜めるヘイジを、ダラクは見据えた。

 ただの老いた鬼だ。

 そう見かけだけは。

 だが、その外見だけでは測り知れない風格を、ヘイジに感じた。


「ゲンジを、倒したくはないか?」

「なにぃ?」


 ゲンジの名を出され、ダラクは引きつりにやけた。


「あの忌々しいゲンジが、負けよったのは知っておろう? 小さな小人にじゃ」

「ハ! 報告なら受けてるぜぇ? だからどうした? ただゲンジの野郎がヘボだったつーだけだろーが!」

「ほう? 本当に、そう思うとるのかの?」

「……何が言いてぇ?」

「格が違うんじゃろ? 魔人ダラクよ!」


 ヘイジは巨大なダラクを仰ぎ宣った。

 それが、ダラクの琴線に触れた。

 「ゲンジが怖いのか?」と言われた様な気分になった。


「ジジイ。どうやら今すぐ死にてぇようだな?」

「カッ! ワシを殺しても“赤鬼ヘイジ”は倒せんぞ!? 利口なお主なら解るじゃろォ!?」

「……影武者か、つまらんぜ!」

「カッカッカッ! 違うわい! 我が赤軍は、全員がワシの子供たちじゃア!!

 故にワシが死のうが! 最後のひとりが死ぬまで“赤鬼ヘイジ”として貴様を討つ!!」


 ダラクは自分より遥かに小さな赤鬼達を見渡した。

 ただの有象無象だ。

 だが、その有象無象全員から、ヘイジの気配を感じ取った。

 顔も体格も実力もそれぞれ違う。

 それにもかかわらず、全員が同じ気配をまとっていた。

 それはとても異様な気配だった。

 一匹残らず踏み潰せば終わる。

 そう、終わる筈なのだが、本当にそれで決着が付くのかと、ダラクは嫌な予感を感じとっていた。


「……本当にメンドくせえな。テメエら鬼はよぉ!」

「その面倒な鬼の先に、最強の小人がおる――!」


 最強の小人。

 ダラクは思考の中で反芻した。

 ゲンジが小人に圧倒された事は、ダラクも下僕から聞いていた。

 だが、馬鹿馬鹿しい戯言だと無視していた。

 いや、信じられなかった。

 ダラクが唯一、その格を測れなかった鬼。

 魔力は自身の半分以下、肉体的膂力も己よりも遥かに劣っている筈の、ちょっと強いだけの鬼。

 その、ちょっと強いだけの鬼に、ダラクは勝てなかった。

 無論、本気で勝負した訳ではない。

 ある日突然ダラクの城にやって来て、不意打ちでぶっ飛ばされ、面倒だから部下のフリをしたまでだ。

 本気を出せば、ダラクが勝つだろう。

 だが、その気にはなれなかった。

 もしも真の力を発揮して勝てなかったら?

 そんな思いが頭をよぎり、ダラクは面倒臭さを口実に戦いを放棄した。

 本来ならば鬼如き、ノーモーションの魔人にさえ手も足も出ない筈なのだ。

 そんなイレギュラーが、小さな小人に負けたなど誰が信じられるだろうか。

 種族をも超えた格を持つ存在を、ダラクも認めてはいる。

 だが、果たしてゲンジがそれ程までの存在かと問われれば、微妙でもある。

 かつて、神の如き存在に、たった一人で立ち向かった愚か者がいた。

 そいつがどんな人物かは知らないが、竜族どころか魔人ですらなく、一切の魔法も使えない、たかが人間だったと聞く。

 そんなたかが人間の分際が、本来触れる事さえ叶わない筈の存在に触れ、その名を唱えさせたのだ。

 “あの存在”が、初めて自らの口で、他者の名を呼んだ事で、世界にその名が刻まれた。

 その名は“グノウ”。

 いったい何者なのか。

 名前からしておそらく男だろうが、名前以外詳しくは知らない。

 だが、“あの存在”が、自らの声でそう号した事により、今を生きる全ての生物の脳裏に、“グノウ”という名だけが刻まれたのだ。

 その“グノウ”こそが、種をも超越した“格”の持ち主だろう。

 それに比べれば、ゲンジなど木っ端もいいところである。


(……まさか、その小人っつーのが、“グノウ”ってんじゃねーだろーな?)


 ダラクは一瞬そんな予測を立てたが、すぐにその考えを否定した。

 何故そんな別格の存在が、こんな何もない辺境の地に来ると言うのか。

 それに万が一、その小人が“グノウ”だとするなら、一魔人でしかないダラクなど相手にもならないだろう。

 だからダラクは、その小人の名を確認しない事にした。

 何が最強の小人だと、不愉快に思ったのも理由の一つだった。

 だが仮に、その最強の小人をうまく利用できれば、労する事なく鬼共を完全に支配できるかもしれない。

 本当にあのゲンジを圧倒できるなら、全ての鬼に勝てる強い駒に成りえるからだ。

 うまく取り入り鬼共を無力化した後、隙を突いて踏み潰せばいい。

 ダラクはそう目論んだ。


「……いいぜ、ジジイ。ゲンジの野郎をぶちのめすまではつるんでやんよ。だがその後は、テメエをぶっ飛ばすからな?」

「カカッ! 交渉成立じゃァ!」


 ダラクは元の大きさに戻ると、無造作に壊れた玉座に腰かけた。

 ヘイジの差し出した手を無視しつつ、鼻で笑いそっぽを向いて溜息をついた。


(けっ! 面倒な事になりやがったぜ……!)


 その顔は、嫌らしくニヤついていた。

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