第5話 小人の反省会

 死ぬかと思った。

 それはいつものことである。

 戦人たる者そうでなくてはならんと、グノウは噛みしめていた。

 だが、今回はここまでの戦いになるとは思ってはいなかった。

 正直、鬼を舐めていた。


「そう怒るなアビィ。まさか古代兵器が出てくるとは思わんだろ?」


 憤慨する竜の相棒を、グノウは首を撫でて宥めていた。

 アビィが怒るのも無理はなかった。

 なにせ、彼女が古代兵器の砲撃をレジストしなければ、小さな小人の身体など、一瞬で消し飛んでいたに違いなかった。

 グノウには小人としての数多くの弱点がある。

 その弱点を補い、小人の実力を極限にまで引き上げてくれているものこそが、竜王たる彼女の加護である。

 例えば、小人の小さな声を魔術で拡大させ、遠くに飛ばしたり。

 例えば、小人の小さな足では何時間もかかる距離を、背に乗せひとっ飛びしたり。

 例えば、小人の脆弱な肉体を守る為に、全ての攻撃を無効化したり。

 例えば、一日に三度の睡眠が必要な小人の代わりに自ら動く鎧と成り、彼を守りつつ戦ったり。

 他にも色々きりが無いが、だいたいこんなところだろう。

 これだけの強力なサポートを受けて戦うことをずるいと思う程、グノウはお人好しでも命知らずでもない。

 裸で戦う馬鹿など稀だし、戦士ならば優れた武装を備えるのは当然である。

 アーブルムの支援は少々反則的だとは思うが、ここまで恵まれている今に至るまでに、幾多の苦難を乗り越えたのだ。

 それにずるいというのならば、生まれながらに大きく恵まれた肉体を持つ、己以外の人類全てに物申したいぐらいである。

 格好悪いから、けして口には出さないが。

 グノウは苦笑すると、自身の不甲斐なさに、溜息をついた。


「……勝てんかったな」


 竜の加護を得ても、完勝できなかった。

 流石に鬼達との戦に負けたとは思ってはいないが、結局痛み分けで退いたのだ。

 そして戦術的には完敗だった。


「ヘイジと言ったか。あの鬼の将にはしてやられたな。は? そう思っているのは俺だけだと? 言ってくれるな」


 言葉による意思疎通はできないが、その顔や仕草を見れば何が言いたいかなどすぐにわかる。

 それはアビィも同じだと、グノウは思っていた。

 アビィがそばで眠っている子供に首を向けた。

 あれをどうするのかと。

 旅の邪魔になると、不愉快そうに眼で訴えた。


「許せ。戯れだ」


 聞いて呆れたようにアビィは眼を閉じ首を降ろした。

 どうやら渋々ながらも許してくれたようである。

 だがグノウ自身も、何故シンに旅の同行を許可したのかわからなかった。

 放っておけないとは思った。

 ただ、それなら人里にでも連れて行き、誰かに引き取ってもらえば良かった。

 始めは、そうしようと思っていた。

 だが、そのつもりが無くなった。

 あの目だ。

 あの真っ直ぐな瞳の奥にちらついた炎。

 悔しさ、悲しさ、なぜ自分だけがこんなにも辛いのかという、世の不条理さに対する怒り。

 どこか他人事とは思えなかった。


「……似ていると思ったんだ」


 それは、声にならないような呟きだった。

 そんな自分に、グノウ自身も戸惑っていた。

 誰に似ているのか。

 俺か? 亡き友か?

 何故そう思うのか、答えは出ない。

 そんな小人の心情を察してか、小さな竜が咆哮した。


「だな、アビィ! 勝ち切れんかったから調子が狂ったんだ! はは! 俺らしくもない! 今より鬼の寝所に攻め込んでくれよう! 慌てるぞ、奴ら!」


 グノウが跨ると、アビィは嬉しそうに飛び立った。

 寝ているシンは、魔法でアビィの体内に避難させている。

 人智を超える頭脳を持つ竜王にとっては、造作も無い魔術である。


「全く! 頼りになる相棒だ!」


 言われてアビィは誇らしげに鼻を鳴らした。

 本来ならば人間の子供をその身に宿し守るなど、人間嫌いのアビィには我慢ならないことだろうにと、グノウは心の中で感謝していた。

 夜空の中、グノウは地上を見渡す。

 探すのは赤鬼の住処。

 鬼の王ゲンジとは、既に決着がついている。

 ならば残すは、鬼の大将ヘイジを屈服させるのみ。

 鬼共を完膚なきまでに打ち負かせば、シンの気も少しは晴れるだろう。

 それに、古代兵器さえ所有する鬼だ。

 小人の体を大きくできる宝などを、持っているかもしれない。

 グノウの密かな、旅の目的の一つである。

 あまり期待はしていないが、もしもという事もある。

 アビィが羽ばたき、前進を止めた。

 かなり大きな建造物を発見した。

 中から何人もの声が聞こえる。

 間違いなく、ヘイジの声である。

 耳の良さは小人としての利点というよりは、戦人として生きてきて身に付いたものだった。

 標的を見定め、グノウは今一度建物を眺めた。

 赤い瓦屋根は所々欠けており、色彩豊かな壁は色褪せ、折れた柱が突き出ていた。

 かなり古い廃墟である。

 これならば、少々壊しても罰は当たるまい。

 グノウは悪びれもせず、どこをぶち壊して突入しようかと見分していた。

 小人の登場は、派手でないと気付いてさえもらえない。

 静かに忍び込むには有利だが、誇り高き武人であるグノウにとって、それは屈辱でしかない。

 威風堂々、真正面から挑むのが、グノウの流儀である。

 小人だからと、姑息な真似はしたくない。

 だから先の戦いにおいても、遥か上空から必要以上の大見得を張ったのだ。


「よし、決めた。夜明けと共に突撃する」


 アビィにそう告げると、小人は本日三度目の休息に入った。

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