裏切り


「ま、まさか彼が飛鳥さんを裏切ったのか!?」


「う~ん、そうみたいだよ」


 ムチを出した姉に続き、凛華も戦闘態勢を取る。信じられないように秋月は刀の切っ先を彼に向けずに


「どうしてだ神楽坂! お前は飛鳥さんの右腕だったじゃないか! あんなに双つ影を倒す事に熱心だったお前が、なぜあんな男についた!」


 ポケットに手を突っ込んだまま神楽坂と呼ばれた青年は立ち止まり、鼻で笑って見せて


「なぜだって? そいつはお前さんと同じ理由からだぜ?」


「……なんだって? どういう意味だ?」


「いつだったか言っていたじゃないか。勝手にこんな力を与えられて、勝手に早いところ倒してくれとせがまれていると。そうなんだよ。俺たちにはこんな力が与えられた」


 表に出した手の先が赤く灯っている。


「こんな力が与えられたって言うのに、なんで俺たちが弱い奴らのお守りなんて事をいつもしていなくちゃならない?」


 一本だけ伸ばされた人差し指の先に小さな火が灯る。


「悩むことはない。答えは簡単だ。その人の言うとおり暴れればいいだけだ。この力を与えてくれたのもあの人だ。なにを悩む?」


「な~に言っちゃってるのよ。アンタだって自由気ままに暴れるのがいやだから、あの男の下から去ったんじゃなかったの?」


 身長よりも長く伸ばしたムチをしならせて、地面にぴしゃりと叩きつける。


「最初はな? けどだんだん気付いてきたんだ。この力をもっと有意義に使うべきなんじゃないかって。暴れる双つ影をただ焼きつかせるためだけじゃなくて――」


「――あの男に敵対する双つ影を叩き伏せるため?」


 言葉を遮って奪い取って、瞬時に延ばされたムチが神楽坂の体を絡め取る。完全に行動の自由を奪い取り、そのまま宙に浮かせて地面に叩きつけようとしたのだが、それよりも早くからめとったムチが燃えてちぎれる。


「俺によ、こんなのが聞くとでも思っていたのか?」


 口元をつり上げて笑う神楽坂の全身が、朱よりもオレンジに近い炎に包まれている。

「知っているか? 俺のもう一つの魂はな、幼い頃に両親を火事で失って以来、人が炎の中で死んでいく様を見るのが快感になっていたんだ。それ以来自分で火事を起こし人を焼死させ、最後は自分に火をかけ死んだ。そんな魂を得た俺も興味を持ったんだ。人が焼死していく様子を見たいんだよ」


 体を包み込む炎がふくれあがり、呑気に喋っている最中に仕掛けようと近づいた凛華が、それ以上近づくどころかその場に立っていることもできずに涙を浮かべて後退してくる。


「アンタさ、もしかしてもう一つの魂に飲まれかけているんじゃないの? あたしとしてはそっちの方がいいかな? だってその方が思う存分叩き伏せることができるしさ」


「あいにくと俺は正気だぜ? ちゃんと心を保って、これからなにもかもを燃やし尽くすんだが?」


「そいつはやっかい。でも、手加減はしないよ?」


 風のその言葉に神楽坂を包んでいた炎がさらにふくれあがる。それは彼の怒気に同調しているかのようで、目をつり上げて


「言っておくが手加減なんかしやがったらこの新宿ごと燃えつかせる。俺は燃えるような闘いを希望しているんだ。本気で来やがれ。お互い、それが役目だろ?」


 次は口元がつり上がる。再びムチを取り出した風に左右に、猫のような姿になっている凛華と、ふところからナイフを取り出した嶄。それぞれ構えを保ちながら、会話は生まれない。


 風が吹き、神楽坂の炎が微かに揺れ、どちらも撃ちにかかるタイミングを生まずに、ただ時が過ぎ、それに耐えられなくなった者が一番最初に動き出す。地面を蹴り上げてビルの側面を走り、三次元の移動で神楽坂にその課程でつかんだこぶし大のガレキを投げつける凛華。妹がそのタイミングで動き出すことを予測していたのか、ほぼ同時に嶄も歩を進めてナイフを投擲する。ガレキを腕ではじいて、その隙に背後に接近した凛華に炎を浴びせ、飛ばされたナイフは炎に焼かれてあおられて神楽坂には届かず落ちる。しかし、その次に風を斬って飛んできたムチに炎は届かず、とっさに腕をクロスしてガードしたが彼の体が背後に飛ばされる。腕に痺れを残してガードを解き、再度炎が体を包み込む。


「ふん。風林火山のコンビネーションとやらはこんなものなのか? 噂ほどでもないんじゃないか?」


「あ~ら、言ってくれるじゃない?」


 たった今まで神楽坂がいた地面がムチによって削られる。間一髪で避けたその転移先にもさらにムチが伸び、そのたびに間一髪で神楽坂が後退していく。


「ほらほら! そんな危なっかしい足つきじゃ、次には追いつかれちゃうわよ!」


 そう言いつつ伸ばされたムチが今度は神楽坂の目の前で引き戻される。しかしそのムチは風を斬り炎を一時的に消し去る。そこを無数のナイフと凛華自身が襲いかかるが、炎の爆発を推進力として利用して神楽坂の体が、文字通り爆発的に後退していった。


「まだまだだぜ?」

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