熱い男がやってくる

 巨大な双つ影が消滅したのはそれから5分後の事。ことのほか手間取ったと、離れたところで笹良の隣りに立っていた秋月が呟く。


「しかし双つ影ってのはいろんな奴がいるんだな。いや、オレが最初に見たのもかなり異質だったけど、まさかあんな巨大な奴までいるとはな」


「世界というのはいろいろあるからね。この世界を普通と考えていると異質なものばかりだから。ちなみに、私のもう1人のいた世界はこことよく似ているんだけど、現代でも全員が帯刀しているって世界なの。それが魂に深く刻まれていて私の力となった」


 腰に手を当てて、引き抜く動作をすればいつの間にか手に刀を握っていた。


「風のもう一つの魂は西部劇に出てくるようなロープを扱うのが上手だったガンマンだと聞いている。嶄は話さないから知らないけど、凛華は猫だったね確か」


「……猫? 猫って動物の猫か?も う一つの魂ってのは人間だけじゃなくて、動物でも有り得るのか?それは新情報だ」


 慌ててふところから取りだしたメモに書き込もうとすると、笑い声が聞こえて顔を上げれば秋月が口元を押さえて笑っていて


「そうじゃないぞ?」


 胸の前で腕を組んで


「人の体に入るのは人の魂だけだ。彼女のもう一つの魂にあるのは猫のような人間だ。猫の身体能力と外見を持っている。ほら、見ての通りだ」


 彼女が顔で指す方向に目を移せば、風を先頭に3兄弟が近づいてくる。その右側、跳ねるように歩いてくる少女は隣りの2人とは違い、頭頂部から耳が生えてシッポがふさふさ揺れている。


「あぁ、そういえばさっきそんな風になっていたな。知れば知るほど面白いものなんだな双つ影ってのは」


「言われるほど愉快なものでは、無いけどね」


「そうだろうな、勝手にそんな風にされたんだもんな。メリット以上にデメリットが大きいか」


 口にしてから見られている視線に気がついて、そちらを向けば見上げてくる秋月と目が合う。


「ん? ……なんだ?オレなんか変な事でも言ったのか?」

 彼女は首を振って


「ううん、そうじゃない。ただ……めずらしいなって思って」


「めずらしい?」


 視線を反らした秋月に問いかける。小さく頷いて


「今の新宿は双つ影に襲われる人とその双つ影と、その双つ影を倒す双つ影の私たちしかいないから。キミの言うとおり勝手にこんな力を渡されて手放しで喜べるものではない。だけど、暴れる双つ影がいる以上それは贅沢な悩みだ。こんな事を言ったらただ襲われるだけの人たちに非難されてしまう。力があるんだから、守ってくれよ、とね」


「それはずいぶんとの勝手な願いだな。そんなに襲われるのが恐怖なら、この新宿から出ればいいだけだろ? なにも住む場所はここだけじゃないんだ。そりゃあそれぞれ事情はあるんだろうけどさ、だったら我慢するべきじゃないのか?」


 笹良も腕を組み


「そうじゃなきゃ……あ……きづき? 秋月さんで良かったよな? 今さら改めて名前確認するってのもなんだけどさ」


「それはお互い様だ」


「ん?」


 苦笑いを浮かべた少女の言葉に眉をひそめる。彼女は、少しだけ恥ずかしそうに視線を微かに反らせて


「私も聞かなければならない。いや、あの時耳には入れたつもりだったんだが、どうも……その……忘れてしまったみたいだ。……なんだ、耳から耳に通り抜けてしまったみたい」


「もしかして、オレの名前が判らない、と?」


 コクコクと頷く少女が年相応の女の子に見えて、反射的に頭を撫でてしまいそうだった腕を理性で押さえる。その様子がおかしかったのか、秋月は首を傾げていぶかしげな表情浮かべて


「忘れていたのがそんなにおかしいの? いや、それならお互い様だから私だけじゃない、お前もおかしいと」


 彼女の言葉を遮って


「いやいや違う違う。今のはちょっとこっちの事だから、気にしないでくれよ。じゃあ改めて紹介といこうか。オレは笹良慎二だ。あいにくといま名刺を切らしているので渡せないけど、ここにこうしている理由は……あらためて言った方がいいのかな?」


 少女は首を振って


「私はそこまでバカじゃない。お前が命知らずで私たち双つ影の事を取材するために一緒にいる事ぐらい判っている。私は秋月、秋月真央あきづき まおだ。秋月と呼んでもらって構わないよ」


「じゃあオレの事も笹良と呼んでくれよ。お前って呼ばれるのはちょっと慣れないからな」


 胸の前で開いた手のひらに拳を打ち込んで


「じゃあ話を戻そうか……と、オレなんの話をしていたっけ?」


「それを私に聞かれても困るな。自分で考えるんだ」


「冷たいねぇ。……確か、あぁそうだ。勝手だなって話をしていたんだな。勝手に新宿に住んでおいて、襲われそうだから力のある奴が守るのが当たり前だろ? ってのは勝手な話だろ? だったら新宿から出ていけばいい。ここしか行く場所がないって言うのならそれに我慢しろ。……いや、こんな事をオレが言うのはおかしいな」


「ん? なぜだ?」


「だってそうだろ? 今オレはこうして取材するために新宿にいるが、元は外の人間だ。外に家がある外の生活がある。今は一時的にここにいるだけに過ぎない。外にいる場所がある人間がなにをえらそうにって言われるのがオチだ。現にオレは服などを取りに一度家に戻っている」


「その外にいる人間が、2度も命を奪われそうになっていながらも逃げ出さずにいる、それだけでも私は笹良を賞賛するぞ。外の人間にしては肝が据わっているよ」


「命よりも野次馬根性が勝っている、それだけだ。それに秋月に助けられなければオレはとっくに殺されていたしな」


「じゃあ私が認める。笹良は私たちの仲間だ。だから外の人間じゃない」


 こんな優しげな笑顔を浮かべる事もできたのかと、思わずみとれてしまい理性が負けて秋月の頭をくしゃりとなでる。その行動を、秋月はあっけにとられて瞬時にはなにをされているか把握できず、ようやく把握できて目を見開いて


「ひゃっ!」


 可愛らしい悲鳴を上げて手から逃れようとするが、彼がそれを押し止めたわけでもないのに、顔を真っ赤に染めて顔をうつむかせてその場に立ちとどまり、静かになにも言わずに小刻みに震えていたが、どうやら怒っているわけではなさそうだ。それを肯定と取っていいのか否定と見ていいのか判らずに、それでもまたくしゃりと髪を撫でてみる。そのたびに微かに体を揺らすリアクションを見せる彼女が妙に可愛らしく思え、表情をゆるませて反応に楽しんでいると、いつの間にか視界の中に凛華がいた。


「おぅわっ!」


 その声に秋月も隣でしゃがんで顔をのぞき込んでいた猫のような少女の存在に気がつき、今までは違う感情で顔を赤く染めて


「凛華っ!?」


 少女の名を口にして笹良の手から逃れて、腰に手を当てて見えない鞘から刀を抜き出す。


「い、い、いつからそこにいた! いつから見ていた!」


「んっとね、ずっと?」

 

 首をかしげる。

 その返答にめまいがして、額を手で押さえる。


「って言うか、あたしたちがここに向かって歩いてきていたのまったく気付いていなかった?」


 そう口にしてのは凛華ではなく、凛華とは逆の方向に立っていた風。そして彼女の後ろに控えているのは嶄。


「知ってる? アンタたちみたいなのってバカップルって言うんだってね。まったく回りが見えないのも程があるわよ。って言うか、いつの間にそんなに仲良くなったわけ? あたしが先に手を出そうと思っていたのにさ」


「――っ!?」


「っと、そんなに睨まなくたっていいんじゃない? 今にも殺されそうな気がするよ。そんなに彼を取られるのがいやなわけ?」


 さらにキツく睨まれて風の背筋が凍りつく。


「あは、あはははは。冗談冗談だって。だから刀を握る手に力入れないでくれない? でもさ、仲間ってのは同意だよ。もう笹良は仲間に違いないよ。仲間ってのはいいもんだよ」


 笹良の背中を容赦なくばしばしと叩く風。それを痛がる声は耳には入っているだろうが、完全無視されている。


「いま新宿内ではさ、暴れる双つ影に対抗する双つ影が集団になってあちらこちらにいるのさ。結構一緒に行動する事が多いから、家族って言っていいのかもしれないね。だからこそ、最悪なのはその家族を裏切るって事」


 先ほど巨大は双つ影が暴れていた方角とは逆に延びている道、その先から1人の男が歩いてくる。先ほどから笹良は暑さを感じていた。それは妙なところを3人に見られて、その極度な恥ずかしさから来る照れに含まれる暑さだと思っていた。それが違った。男が向かってくる方角、その方角から熱さがやってくる。


「どうだい神楽坂。その家族裏切ってまであの男についた、その気持ちは?」

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