一刀

 遠ざかりつつある闘いの中心地を眺めながら、熱さから以上に命をかけた闘いの圧力に、顔中を汗でびっしょりと濡らしてため息をついている笹良。


「本当になんでもありなんだな、双つ影ってのは。

 手のひらからムチを出したり猫になったり……彼はあのナイフを創り出しているのか? それに炎かよ」


「今さらなにを言ってるのよ。それを取材するために笹良はここにいるんでしょ? それとも、今の闘いを見て怖じけついた?」


 座り込んだ笹良の横に立ち、胸の前で腕を組んで彼を見下ろす秋月。


「いやいや。こんなもんじゃオレの記者としての魂は挫けないぜ。

 だがよ、ここまで現実離れしていると、ちゃんとした現実を書き記しているはずなのに、どうもフィクションを書いているような気がしてならないんだよ。こんなの発表しても今の段階じゃ誰もがフィクションの小説としか思わないだろうよ」


「でしょうね。真実を知らない人から見たら、誰もこんな真実があることを理解しないでしょう」


「でもな」


 いつまでも自分よりも年下に思える少女に見下ろされていたくなかったのか、立ち上がってわざとらしく胸を張る。


「いつかこれが全世界の真実として認識されたときのために、今真実を知るオレが書き記す、そのことに意味があると思うんだ。だが」


 胸を張っていられたのもその言葉までが限界。まるで空気の抜けた風船のように、しおれてまた地面に座り込む。


「一般人にはあんな闘いはごめん被りたいね。ここに立っていただけでも1日動き回っていたってぐらいに疲れた」


 時々なにかが壊れた音や炎の柱が上がったりはするが、闘い自体はすでに視界の外に出てしまっている。それらが去っていった方角を見つめながら


「しかし秋月はここにいていいのか? 彼女たちと一緒にアイツ……よくわからなかったが、裏切ったアイツを倒しに行かなくてもいいのか?」


 刀を抜いてはいるが、彼女がここから離れる様子はない。一度だけ秋月は視線を笹良から離して、すぐに戻して


「今行ってもあの3人の邪魔をするだけだね。神楽坂も言っていただろう? 

 あの3人コンビネーションはなかなかのものだ」


 何気なく口にした人物の名に、複雑に表情を歪める。それがどんな思いかは見上げる笹良には判らなかったが、その思いを振り払うかのように顔を振り


「それにもう一つ、私はここにいなくちゃならないだろう?」


 微かに浮かべた笑顔で


「ここに残っていないと、一体誰が笹良のことを守る? 敵はなにも神楽坂1人だけではないんだし、誰か1人残っていないとダメじゃないか」


 守るという単語に恥ずかしそうに笹良は苦笑いを浮かべ、背筋を伸ばして立ち上がり


「じゃあオレは下手にここから動かない方がいいわけだな? 自分勝手に動くと、守ってくれている秋月に迷惑かけることになるし」


「そうしてもらえると助かるね。まぁ、あの3人相手だったらあの……神楽坂も終わりだろう」


 その言葉を言い終わるか否かの時であろうか、空を埋め尽くすように炎が広がった。


「――なっ!」


 炎の空を見上げ、その根本をたどればビルを挟んでそう遠くはない。空を焦がした炎は次第に収縮し、根本へと戻っていく。

 まるで何事もなかったように青い空が広がり、しかしそれまで以上に静かに、音が消えた。いやな予感がする。それをぬぐい去れない秋月は片手で刀を持ち、静かに辺りをうかがう。いやな空気は笹良も感じ取っていて、ビルを背にしてしきりに辺りをうかがっている。

 やがて、背の低いビルの屋上に彼は姿を現した。


「待たせたな秋月! 俺からこうしてまた来てやったんだ、少しは感謝してくれよ?」


 屋上の端に足を起き、のぞき込むように体を前に乗り出す。


「しっかしさすがは風林火山だ。前言撤回だ。ウワサ以上じゃないか」


「神楽坂なぜお前がここに……まさか!」


 最悪の結末を脳裏に思い浮かべて、慌てて頭を振る。


「そんなはずがない!風たちが裏切ったお前なんかに!」


 その言葉は自分自身に言い聞かせているようでもあった。両手を肩の高さまで上げて


「さぁてね。それはそっちの想像に任せるぜ? ここに俺はやって来て、追っ手は来ない。さてそれらが示す答えはなんだろうな?」


 挑発するような笑みを見せて、屋上から降り立つ。


「貴様っ!」


 相手が着地するよりも早く地面を蹴り、神楽坂に向けて落下しつつ両手で握った刀を振り下ろす。屋上から地面に着したときには秋月の持つ刀の切っ先は神楽坂の目の前まで迫っていて、手よりもまず炎が彼の体を包み込んだ。

 下方から襲いかかるように広がった炎の爆発力に刀もろとも少女の体は吹き飛ばされ、空中で一回転して地面に着地する。服だけではなく肌も火傷に近いものを負っているはずなのに痛みを顔に出さず、刀身に移った炎を振って消し飛ばす。


「いいねぇその闘争心! これだよこれ! これこそが俺が真に求めていたモノなんだよ! 暴れるだけの双つ影じゃこの熱さが感じられない。

 これは同じ意志のある双つ影との闘いじゃなきゃ感じられない! 燃えるぜぇ」


「……そうか」


 腕と手首を回して刀身を一回転させて、切っ先を下げて腰を下ろす。


「お前はもう、私の知っていた神楽坂恭吾ではないな。力におぼれ、私利私欲のために破壊を続ける。それでは暴れるだけの双つ影と何ら代わりはない」


「それで結構。お前との熱い闘いができるんだったら、俺はどこまでも堕ちてやる」


 燃えたぎる感情に同調しているかのように、一歩前に足を進めるたびに神楽坂を包んでいる炎が膨張する。不敵に笑う顔の前で手招きして


「さぁ来いよ。総てを切り裂くその刀と、総てを焼き尽くす炎、どちらが上かこの場で決めようじゃないか!」


 大地を蹴り上げて突進してくる神楽坂の、その身を幾層も包んでいた炎が、忽然と消えた。


「……はぁっ!?」


 神楽坂自身がそうしたわけではない。呆けた表情で立ち止まり、しかしすぐに改めて炎を出すまでのほんの数秒を彼女が見逃すはずがなかった。限界まで振り上げた腕をその刀を胸の辺りまで引き戻し、神楽坂の腕を切り落とした勢いのままビルの壁を背にして振り返る。あまりの勢いに切り離された腕は中をくるくると不気味に回転して、元々くっついていた人物から遠のいて地面に落ちる。


「……!」


 なにが起こったのか瞬時に理解できずに、肘から先を失った左腕を見つめ、そこから流れ出る血液に、そこから生まれるどうしようもない痛みに、絶叫した。

 耳をつんざかんばかりの絶叫をノドが壊れるほどに叫び、恐怖で歪んだ表情が憤怒のソレに変わる。


「よくもよくもよくもよくも! 俺の腕を切り落としやがったな秋月真央!!」


 振り返る神楽坂を見据える冷ややかな視線。


「なにをいう。命のやりとりの闘いを望んでいたのはお前だろう? 腕を切り落とされてどの口がいまさら苦情を言う?」


「うるさい黙れ!!」


 必要以上の大声。ソレは神楽坂自身が自分の炎で傷口を焼いて消毒している、その痛みを隠している。傷口が焼かれて出血がふさがり


「もういい。全員総てなにもかも見えるもの総て、燃え尽きろ」


 神楽坂の左右に炎の壁が立った。次に前後に同じように炎の壁ができあがる。それら4つの線の先端同士が円形に繋がりあい、上空を包み込んで炎のドームになる。


「ちっ! 笹良今すぐそこから逃げろ! ここにいては危険だ」


 轟々と燃えさかる炎がその叫びすらも包み込んでいた。

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