第19話 決心(2)

昼間見るこの場所と夜、闇の中で見たこの場所はとても違って見えた。

あの時と違うのはゴールデン・ゲート・ブリッジが綺麗に見えているところ。

そして、アレックスがいないこと。

一番海がよく見える柵の所へ目を移す。

あの時、アレックスがいた場所。

自分が座っていたベンチ。

「!」

彼女は一瞬、自分の目を疑った。

(アレックス!?)

が、よく見るとそれは間違いだということに気づいた。

そこに、柵に両手をかけながら海を見ていた人物。

それは、

「バーン…」

小声でつぶやいた。

ちょっとほっとしたような気持ちになった。

彼を見ているうちに、さっきまで悩んでいたことはどこかへ行ってしまった気がした。

それと同時に、彼がここにいる理由も理解できた。

家にはいられなかったのだ。

あのハウスキーパーに気兼ねして、顔を会わせないように気を遣ったのだろう。

どこかで時間をつぶして、そして独り帰っていくのだ。

誰も待つ者がいないあの家に。

唯一自分が自分でいられるあの家に。

「………」

ラティの声に気がついて、彼も海から視線を移すと彼女の方を見ていた。

(どうして?何が?…こんなに惹きつけるんだろう?

彼の金色の瞳のせい? ううん、ちがう。

怖い? 怖くない。

彼はみんなが思っているような人じゃない。

彼は私たちと同じ生きている人間よ。

悪魔じゃない。

私の気持ちは? 同情…してる?

それとも憐れんでる?

わからない…。 どうしたらいいのか。

……………

考えていてもわからないことなら、考えるまい。

答えを出すのはきっとそれからでも遅くない。

このひとを『好き』か『嫌い』かなんて単純なことじゃなく。

今の自分の気持ちを、大切にして…今までと変わらずに、このひとと関わろう。

私は見ていたいのかもしれない。

彼を。 彼の生き方を。

わたしはわたし。変わらない。

今とちがう自分を見つけるために。

…それが、つらくてもいい。

『答え』はきっとその先にある。

このひとはきっと、答えてくれる。)

ラシスはそっと目を閉じた。

そして、もう一度、目の前の彼を見つめた。

バーンが不思議そうに彼女を見ていた。

(踏み込んでみよう…バーンこのひとに。)

「…なに…?」

バーンが珍しく先に声をかけた。

彼女がずっと自分を見たまま動かなかったからだ。

「ずっと……黙った…ままだ。」

その声にようやく彼女は、いつもの彼女に戻った。

スタスタと彼の方に近づいてくると、臆面もなくこう告げた。

「今ね、見とれてたの、あなたに」

「!」

バーンは、一瞬、目を丸くした。

「あはっ。そんな顔もできるんじゃない。無表情やめなさいよ。その方がきっと素敵よ!」

にっこり笑って彼女が言った。

バーンは何も答えなかった。答えられなった。押しの強い彼女の言葉を遮ることなど到底不可能だ。

「ところで、あの人、クビにしたら?」

ラティは思い出したかのように、違う話を振ってきた。

彼はなんの話か皆目見当もつかない。

「?」

「あなたのうちのハウスキーパー。あんな人の作ったご飯食べていたら、なんだか具合悪くなりそう」

なぜラシスがそのことを知っているのか不思議に思った。彼女はどんどん彼との距離を詰めていった。

「それは…、」

困った顔で、ぽつりとつぶやき、前髪で自分の両眼を隠した。海面に太陽の光が反射して光り、それがまた彼女を照らし出していた。彼には彼女も彼女の笑顔もまぶしすぎて見ていられなかった。

それに彼女が何を言おうがアレックスのお金で雇っている人を勝手に辞めさせるなどできはしないと思った。それでも彼女の言葉は止まらなかった。彼の反応を見ながら、真っ直ぐに彼に向かっていった。自分の気持ちに正直に、何も包み隠さず本音の思いを伝えたかった。

「掃除、洗濯くらいは自分でできるでしょ。使ってる部屋だってそんなにないわけだし」

「………」

「今度、私がお料理しに行くわね。」

「!」

え!?という顔で彼女を見た。

「約束よ」

どうしてそういう発想が出てくるのか、彼には理解できなかった。

ちょっと口を尖らせながら、膨れっ面だ。くるくると表情が変わっていく彼女はまるで夏に咲く鮮やかな大輪のひまわりのようだ。

「不思議そうな顔しないでよ。たまにはいいじゃない。ね。」

「………」

「ね?」

これでもかと念を押した。

「………」

バーンは、どうしたものかと答えに困っていた。体が後ろに引き気味だ。

「そんなに手の込んだものは作れないけど、」

両手を後ろにくんだまま肩が触れそうなくらいバーンに近づいて、真面目な顔で言った。からかうような感じは消えていた。

本当に伝えたい「思い」をその言葉に込めながら。

しかし彼女のその思いに彼が気づかないことを祈りながら。

「あなたは1人ではない」と伝えたかった。

過去の出来事は「あなたのせいじゃない」と伝えたかった。

彼の過去を知ったからといって「あなたに対する思いや見方が変わるわけじゃない」と伝えたかった。

知ったからこそ彼の心に、彼自身に寄り添いたいと思った。

「一緒に、ご飯食べよう。ひとりきりじゃなくて…私と」

「ラティ…」

そう言った彼女の胸には銀色の小さな十字架が光り輝いていた。



すべてはルーンの導きのままに…


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