第18話 決心(1)

アレックスと会って数日が経った。

ラシスはこのところずっと考え込んでいた。

アレックスのいう『答え』を考えていた。

気持ちが振り子のように揺れて落ちつかなかった。

何度も何度も堂々巡りを繰り返しながら、時間だけが飛ぶように過ぎ去っていった。

自分の中にいる本当の自分と対話を繰り返す。

アレックスは自分を信用して、全てを語ってくれた。

ならば、全身全霊をかけて、真剣に『答え』を見つけださなければならない。

そう思っていた。

もう一つ、悩みがあった。

海岸での話である。

海岸での一件を正直にバーンに謝りたいと思う一方で、逆に謝るということは彼の過去を知ってしまったことを暗に認めることになる。

この矛盾。

それは避けたいという気持ちのあいだで揺れていた。

これは……自分が知ったことは軽々しく口に出すべき事ではないと思った。

今までバーンが封印していた過去の記憶を、兄アレックスを通してとはいえ知ってしまったのだ。

思い出したくない、つらい記憶。

一つ一つの出来事が、彼にとってどれほどの衝撃であったのだろう。

それをうかがい知ることは自分にはできない。

できるわけがない。

きっと、自分なら耐えられない。

そこで泣くことも、彼は自分自身に対して許さなかったんだ。

自分を罰するかのように。

…彼は、感情がないわけではない。

それを表すことを極端に恐れているのだ。

その感情の変化が、悲劇を招くと信じている。

だから無表情、無関心、無反応でいるのだ。

いや、装っているのだ。

知らない人が見れば、それは…。

こんなことをつれづれに考えながら、『答え』が出ないまま、街を歩き回っている自分がいた。

そんなある日の午後。



ふと気がつくとバーンの自宅の前まで来てしまっていた。

二階建ての家。

白い壁と青い屋根が目に飛び込んでくる。

この時間なら彼はいるかもしれないと思いながら、勇気を振り絞って呼び鈴に手を掛けた。

(彼に会いたい。会って、話をしたい。

でも…何を話したら?

会っても、拒絶されたら?

そんなの…覚悟の上じゃない。)

考えが支離滅裂だ。

伸ばしていた手が、下に下がった。

しかし、もう一度思い直して、呼び鈴を押そうとした瞬間。

急にドアが開いた。

「あの、」

中年の黒人の婦人がギョロッと彼女を見ながら、中からドアを開けて出て来た。

小太りで花柄のワンピースを着ていた。

邪魔だよ。と言わんばかりに彼女を一歩外へ押しやって、鍵をかけた。

「すみません。バーンは居ますか?」

じろじろとその婦人は彼女の上から下まで嫌らしい目で見て、吐き捨てるように言った。

「あたしが知るわけないだろ。ほら、邪魔だよ。どいとくれ」

その態度にさすがに落ち込んでいた彼女もキレた。

「あなた、ハウスキーパーでしょ? 居るか居ないか位答えてくれてもいいでしょ」

彼女も食らいつくが、そんなことはお構いなしに婦人は叫ぶように言った。

「知るかい。あんな化け物のそばになんかいるの、まっぴら御免なんだよ」

さらに、彼女は凛とした声で言い放った。

「身の回りの世話をするのが仕事でしょう? 食事を作ったら、ハイ、さよならなの? せめて彼が食べ終わるまで、いてあげたっていいじゃないの!」

ラティの怒りが爆発した。

「そんなこと、頼まれたって御免だね。あたしの仕事じゃないよ。高い金をもらっているから仕方なくやっているだけさ。そうじゃなければ、こんな家!!誰が!」

婦人は彼女を顧みることなく、行ってしまった。

その場に残されたラティはなんだか居たたまれなくなった。

これが彼の日常なんだと思い知らされた。

こんな中で独り、生きてきたのだと今更ながら思った。

(バーン…。ここに、彼はいない。)

そう確信して彼女はその場をあとにした。

(どこにいこう? 彼を捜す? でも…)

ふうっとため息がもれた。

そっと、風が髪を揺らした。

その風は潮の香りがかすかにした。

なんだか急に海が見たくなっている自分に気がついた。

波の音が聞きたくなった。

自然とアレックスと話をした展望台へ足が向いていった。


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