後編


 どうするったって、どうするんだよ。


 相変わらずヘッドフォンを携えた、しかし明らかにさっきまでとは格が違う魔物の出現に、俺は呆れ半分戸惑い半分で立ち尽くしていた。

「と……取り敢えず」

 それでも何とかしなければならないと我に返った俺は、モーリスに指示を出す。

「回復魔法唱えてて。戦力が無くなるのが一番怖い」

 モーリスは無言で頷くと、自身が持つ水晶玉に向かってぼそぼそと何かを呟き始めた。相変わらずのロングスペルだろう彼には、今から唱えてもらわなければ間に合わない。

「で、それから……」

 と、俺が他の二人へ指示を出そうとしたその時、重たい何かが地面に落ちる音がした。足元が揺れる程ではないが、どっという確かな音が鼓膜を叩いたことに目を瞬かせる。おいおい待て待て、もうそんな時間か? 確かに今日は少し早めに行動を開始したような気がするが、それにしたって……。

 いや、悠長なことを考えてる暇はない。目の前に立つ魔物も然ることながら、味方の陣営からも異様な気配がした。ちらりとその方向に目を向けてみれば、シレイアが中腰で杖を構えていた。

「せっかくもうすぐ宿だっていうのに……」

 しかしそれはどう考えてもそれは魔法を行使する構えではない。

「わたしは今すぐ寝たいのー!」

 そう叫びながらフルスイングで杖が魔物へと投擲されたのを見て、俺は頭を抱えた。タイムアップだったかと嘆く他ない。彼女は特定以上の睡眠時間がないと狂暴化する、いわゆるバーサーカーなのだ。勇ましく魔物に向かって行くシレイアの耳には今、ついていたはずのピアスがない。片耳五キロもあるあれが外れたことがその合図だ。毎度思うがよく耳ちぎれないな。そしてああなったら見境がなくなる。

 その、横で。

「いいじゃない、加勢するわよ!」

 いかにも楽しそうに言うのはチヅルだった。

「そろそろ援護だけも飽きてきたところなのよ、こいつらデバフ効かないし」

 楽しそうに指を鳴らすチヅルに、俺はたまらず「はあ!?」と叫んだ。

「待てよ! お前のサポート無くなったらこのパーティの防御力紙になるんだけど!」

「その前に殴って終わらせるわよ!」

「せめて俺たちにバフかけてから行け!」

 俺の叫びも空しく、ハイヒールを鳴らしながら果敢に魔物へと殴りかかっていくその姿は、シレイア同様に勇ましい。しかしと思う。お前らどっちも後方支援じゃないのかよ。

「筋肉は裏切らない!!」

 マジシャンはそんなこと言わねーよ! と渾身の叫びでチヅルにツッコミを入れようとした瞬間、魔物が雄叫びををあげた。避けることをしない魔物への容赦など当然なく、強烈な拳が魔物にヒットした──のだが。その身体は自在に形を変化させることができるようで、決定的なダメージを与えられなかった。しかも予想外のことに動揺したその隙に、魔物は彼女たちに標的に絞ると、己の腕を鞭のようにしならせて攻撃を浴びせてきた。けたたましい破裂音が響き、二人は地面へと叩きつけられた。

 形を変えることで攻撃をぶつけ、防御ではいなす。これはつまり、物理攻撃が効かないということ。液体のような身体をいくら殴ろうとも、倒すことはきっとできない。

 吹き飛ばされたチヅルは何とか立ち上がるも、もともと打たれ弱いシレイアは気を失ったようで動かない。形成を逆転させるには魔法が必要だ。だが、さっきの雑魚同様のヘッドフォンをしている以上、状態異常系は効果がない。ならばと俺は後ろを振り返る。

「モーリス、詠唱変更だ! 何でもいいから攻撃魔法を──」

 そう声を張りあげるも、再び魔物が雄叫びをあげる。しかし怯むわけにはいかない。耳を塞いでモーリスに駆け寄り、もう一度至近距離で叫ぶ。何でもいいから攻撃魔法を唱えてくれ、と。だが。

「うるせーなァ……!」

 俯き、声を絞り出したモーリスを見て、その言葉は届いていなかったことを悟る。一瞬の隙をついて俺の横をすり抜けていったモーリスが水晶片手に魔物へと突っ走っていく。咄嗟に「あっばかやめ」と腕を伸ばすが、時すでに遅し。

「集中できねーだろうがァッ!」

 怒りを力に変えて咆哮とともに突進して、モーリスが魔物へと水晶を叩きつけた。ものの見事に水晶は粉砕されるが、しかし液体の身体に意味はない。

「ばっ、ばかァアア!」

 まさかとは思っていたが詠唱に集中し過ぎて味方がやられたことに気付いていなかったモーリスは、渾身の打撃をきれいに躱され、シレイアと同じように吹き飛ばされた。当然前衛では全く戦わない彼の防御力では堪えきれるはずもなく、あっさりと意識を手放していた。

「ああほらもう! こうなるから言ったのに!」

 頭を抱えて唸っていると、唯一無事なチヅルが駆け寄ってきた。

「どうする……」

 今までとはまるで違う真面目な雰囲気のチヅルが低い声で訊いてくる。

「そう、だな……」

 一瞬同じように真面目なトーンで言葉を返すが、即座にいやいやいやと首を振る。頻度高く理性が飛ぶあの二人だけでも大変なのに、理性持ったままボケをかましていくのは本当にやめてほしい。俺は深々と眉間に皺を寄せて続けた。

「この元凶お前らだからな?」

「ごめんて」

 まったく、と唇を噛む。なんにせよこの状況を打開するには、目の前のこの魔物を倒さなければならないことに変わりはない。だが、どうするか。

 異常状態にできない、物理攻撃も効かない。筋肉に物を言わせるマジシャンでは歯が立たない。そうなれば魔法でどうにかするしかないが、頼みのクレリックが今は揃いも揃って役に立たない。じゃあどうするか。考えるまでもない。


 こうなったらやることはひとつだ。


 俺は意を決して弓を仕舞い、未だヘッドフォンから洩れてくる音に合わせて踊り狂う魔物へと向かう。風に吹かれ、歩く度にはためくマント。その内側で、あるはずのない剣の鞘を左腰に握り、見えない柄を右手で掴む。刹那、なかったはずのそれが具現化し、俺は躊躇うことなく一気に引き抜いた。

 一閃。真一文字に剣を薙げば、うごめくその身体にようやっと傷をつけたようだった。液体のような肢体から本物の液体が溢れだし、魔物は到底人には理解できない言語で吼える。もとはと言えばうちのバカが石像ぶっ壊したのが原因だが、大人しく眠ってくれ。


 魔物の血を受け光り輝くのは「勇者の剣」と呼ばれる魔剣だ。物理的な斬撃も勿論、魔法属性の攻撃もできるという優れものだが、名の通り勇者のみが扱うことを許される極めて珍しい剣だ。

 そして、何故かその勇者が俺だというのだ。この剣を手に入れた、或いは手に入れてしまった時からわからない。なんで俺が勇者なのか。


 この剣との巡りあわせなど特別珍しいものではない。適当にふらついていた町で「勇者の剣」を引き抜くという祭りごとが行われていた。よくある町の伝統的なイベントで、剣が抜けるかどうかではなく、祭壇に立って剣を抜くまでを楽しむお祭りだった。そこで「お前さんも抜いてみろよ、抜けねえから」と遭遇したおっさんに唆され、面倒臭いと思いつつもまあどうせ引けやしないだろうと祭壇に立ってみたが最後。ただの伝承だった剣が本物になった瞬間だった。

 まばゆい光が溢れるでもなく、剣と引手がいい勝負をするでもなく。まるで雨に濡れた地面にほんの少し突き刺さっていたことで自立を保っていた杖のように、いとも簡単に引き抜けてしまったその剣が、俺が勇者である確固たる証拠になってしまった。

 この剣がいかにすごいものなのかは振るってみてよくわかった。どれだけ防御が硬かろうと、攻撃力が高かろうと、この剣の前ではほぼ無意味。しかも斬れば斬るほどに力が増していく。強いという概念で片付くものではない。適合者がいなければこんなの世に出していいものではない。それにぶっちゃけ俺もそんなに振るいたくない。


 ほんとごめんと心の中で謝りながら、なおも踊る魔物の頭上へと飛び、原因と思しきヘッドフォンとその頭を両断。断末魔に耳を塞ぎたくなったが、それも数秒のことで事切れた魔物はあっという間に物言わぬ屍になってしまった。

 途端、背中から称賛や歓喜の声が上がる。魔物の気配が完全に消え去ったことに安堵した俺は、剣を深々と地面に突き刺しそのままへたり込んだ。

 そうしてやれやれと剣から手を離すと、役目を終えたそれは刀身から煙のようになり空気へと溶けていった。風に流されたように見えるが剣の適合者は俺だ。必要とあらばまたすぐに出せる。あまり出したくはないが。

「いやあお疲れ、勇者様。疲労困憊だね、なんか魔法かけたげよっか?」

「勇者って呼ぶな。要らね」

「あらごめん、セレスト」

 頭の上から降ってきたチヅルからの労いの言葉に対しガンを飛ばす。しかしあまり意味はないようで、チヅルは終始笑っていた。

 俺が勇者の剣をむやみやたらに振り回したくないのは、持っているだけで膨大な魔力を持っていかれるからだ。たった一薙ぎで疲弊し、それを続ければたちまち立てなくなる。今回だって一撃では倒せなかったのだから何度か剣を振るった。おかげで立つのもやっとという状況である。本当に剣が抜けたというだけで、とりわけうまく扱えているわけではない。

「それよかあれ止めてきてよ。催眠でもなんでもかけて」

 疲れが取れない俺は俯いたまま指を差す。示した先にいたのは、いつの間にか意識は取り戻したものの、再び狂暴化して死んだ魔物にいつまでも殴りかかっているシレイアだった。

「ああ……あの娘まだ……仕方ないわねぇ」

 そう言ってチヅルはひとつため息を吐くと、おもむろに右手を掲げた。指と指の間に挟んであるのは一切中身が減っていない未開封のワイン瓶。手首を使ってそれを投げつければ、吸い込まれるようにシレイアの後頭部に直撃した。気を失ったらしいシレイアは声ひとつ上げずに崩れ落ちる。

「ちょっ」

「大丈夫よ。割れてない瓶投げたし、当たっても割れてないから」

「そういう話じゃない」

 狂暴化して以降ずっと異様な気配がシレイアを包んでいたが、意識を失った今は元に戻っていた。近付いて様子を見てみると、狂暴化の恩恵か怪我をしている様子はほとんどない。ひとまずは無事そうでよかったと胸を撫でおろしていると、これまたいつの間にか意識を取り戻していたらしいモーリスが新しい水晶に向かって何かを呟いていた。

「ちょっと何してんのモーリス、詠唱なら宿でやんなさい」

 肩にシレイアを担いだまま逆の手でモーリスを掴んだチヅルは呆れた口調でそう言うと、そのままずるずるとモーリスを引きずりながら歩き出す。あまりにもシュールな状況に言葉を失っていると、突如モーリスが首根っこを掴んでいたチヅルの手を振り解いた。

「なによ」

「そっちはだめ。行くならこっち」

「は? どう見てもその先は宿ないだろ」

「じゃあ野宿推奨かな。僕はそっちには行かないから」

 ふんぞり返るモーリス。色々なことがあり過ぎて突っ込みを入れることも放棄した俺は、目配せをして指示を出した。

「……チヅル」

「オッケー」

「あ? あ、ちょ、おい離せって!」

 快諾と言わんばかりの即答の後、動こうとしないモーリスににじり寄っていくチヅル。担いだシレイアはそのままに、今度は反対の腕にモーリスを抱え込んだ。

「ベッドで寝させろってバーサーカーにぶん殴られて宿に行くか、このまま担がれて宿に行くか。どっちがいい」

「……こ、このままで」

 前者に肝を冷やしたらしいモーリスはそれ以後大人しくなった。時折何かしら呟きが聞こえるだけで下手に動く気配はないもない。ようやく宿に入れる、休めると思えた俺は安堵の息を吐いた。

「それにしてもこの町随分と物騒だったわねぇ、一晩泊ったらさっさと次の町行きましょ」

 大の大人を二人抱えて、その重みを微塵も感じさせない軽やかな足取りで町の中心地へと向かって行くチヅル。その様子に、俺は勇者の剣以上に気力を持っていかれてしまった気がして深い深いため息を零した。

「誰のせいだと思ってんだよ」

 小さく掠れたその声が当事者たちに届くことはない。


 睡眠不足になると狂暴化するクレリック。

 支援とは名ばかりの筋肉ですべてを解決しようとするマジシャン。

 長すぎる詠唱と風水にこだわりを見せすぎるもう一人のクレリック。

 そしてなぜか勇者に据え置かれてしまった、剣の使えないアーチャー。


 極めてアンバランスなこのパーティの旅は、きっと勇者の役目を終えるまで続いていくのだろう。あまりにも不本意ながら。

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【合作小説】アンバランスパーティ~SSMC~ 高城 真言 @kR_at

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