【合作小説】アンバランスパーティ~SSMC~

高城 真言

前編


 湧き出る魔物の群れに、シレイアは目を回していた。

 魔物どもは攻撃を受ければ瞬時に朽ち果ててはいくが、それにしても数が多いのだ。チヅルの支援魔法によって仲間たちも攻撃の手を休めることは無い。モーリスは水晶を睨みつけ、じっと詠唱に集中している。あれを放てばこの魔物は全て消え去ってくれるのだろうか。

「うー、しつこい……」

 仲間の疲弊を癒す前に、自身の集中が続かない。諦めて拳を回すが刹那、耳を揺らすピアスにマントが掠めた。

「シレイア! 俺が敵を引きつけるから、援助を頼む!」

 言葉と共に打ち込まれる矢の雨。セレストの気迫に、シレイアはぐっと杖を握り締めた。

「まーったく、なんでこんなことになっちゃったのかなー」




 彼らはこの魔物蔓延る世界を旅する冒険者たちだ。

 いつの頃からだったか、魔王によって魔物の巣窟と化した世界は、救世主たる勇者の存在を欲していた。冒険者とは、世界のために魔王城を目指す、勇者候補のことなのだ。しかしそんな果敢な彼らでも、たった一人で魔窟を目指すにはあまりに命知らずである。そうだから、彼らはパーティを組んで旅をしているのだ。

 パーティは、基本的に四人一組で編成される。冒険者向けに設立されたギルドにおいて、気の合う仲間を集うか、攻略を目的に効率的なジョブを集めるか。どちらにせよ多様なチームワークを求められる。シレイアたちはその前者だ。ギルドで仲間を集め始めたのが誰だったかは覚えていない。なんとなく波長が合ったのだ。そうして意気投合していざ冒険に出たとき、初めてそれぞれのジョブを知った。


 シレイアはクレリックだ。後方支援魔法を得意とし、パーティの士気を上げるジョブだ。彼女自身が信仰する神にお仕えすれば食べ物が貰えた、と十字架の杖を放り投げて遊ぶお転婆な少女である。

 チヅルはマジシャンだ。こちらも後方支援魔法を得意とするジョブだが、奇術に長けている。チヅルの扱う奇術は、ワインを用いたり、帽子から鳩を出現させたりといった華やかなものだ。彼女のショーに、パーティはいつも盛り上がる。

 セレストはアーチャーだ。中距離型のアタッカーであり、緻密な集中力を求められる高難度のジョブだ。セレストは元来、真面目な性格である。アーチャーの緻密性も相まって、細かな気配りが得意な人物だ。

 モーリスはクレリックだ。後方支援が得意なジョブだが、彼は水晶玉を用いて吉凶を占うことができる。その延長で攻撃魔法まで繰り出すのだが、パーティはそれよりも彼のオラクルに助けられているのだ。


 さて、このように愉快な四人組であるが、おわかりいただけただろうか。

 そう、このパーティには前衛ジョブが不在なのだ。

 本来であれば、剣士職を一人でも勧誘するのが冒険者の定石だろう。しかし彼らは迂闊だった。特に互いのジョブを気にするでもなく、各々の武器が見えているにも関わらず、誰もそれを指摘しなかったのだ。


 そんな彼らはジョブのアンバランスだけがトレードマークではない。

 それを象徴する出来事が、この騒動の発端なのだ。



 ことは数分前に遡る。



 次なる街を目指し、彼らは街道を意気揚々と突き進んでいた。魔王城への道のりは長い。いくつもの街を転々とし、その道中の魔物を屠る。いわばこれは競走だった。他の冒険者パーティに先を越されまいと、どの冒険者も躍起になっている。各街で名声を上げれば、他の冒険者にもそれが伝わる。どこかの街で、勇者の剣を手に入れた者が現れた、だのと噂が広まっていた。噂が駆け巡るのは早いが、彼らはまだ、個々人の名を馳せるには遠く及んでいない。そうだから、他のパーティの姿が見えない今は急ぐことが最善なのだ。誰よりも早く魔王を倒したものが、本当の意味での勇者である。名声ばかりが欲しいわけではないが、魔王のもとへ辿り着く、それだけは揺るがぬ目的なのだ。そうして長い道のりを経て、ようやく目的の街の入口へと差し掛かったとき、先頭を歩んでいたシレイアが足を止めた。

「おいでませ 音楽の都 ……?」

 気の抜けた文言が描かれた、面妖な石像だった。街の象徴たる、聴音器具を模した石像。即ち、ヘッドホンである。実寸サイズの、ヘッドホンの石像である。

「ここから音楽街に入れるのね」

 続いてチヅルがまじまじとそれを観察する。知的なメガネを光らせて、審美眼を披露するのかと思いきや、彼女は思わぬ行動を取った。

「ふんっぬ!」

「は!?」

 驚きの声を上げたのはセレストだ。無理もない。チヅルはヘッドホンの石像へ触れた途端、それを握り潰したのだ。ヘッドホンの、本物ならば音を運んでくる、耳当ての部分を。もちろん、そこも石製である。

「せいっ!」

「ちょっ……!」

 続いての掛け声はシレイアだ。もう片方の耳当て部を頭突きで砕き、チヅルと顔を見合わせた。

「脆いわね」

「びっくりだね」

 手のひらに付着した石の欠片を吹き払い、二人はご満悦だ。

「いやいや! なに街の象徴壊してんだよ!? 器物損壊で訴えられるぞ!? なんかもうただの棒になっちゃってるよ!? あと普通は素手で石像砕くとか無理だからな!? きみたちマジシャンとクレリックだからな!?」

「細かいことは気にしちゃダメよ」

「細かくねえよ! 石像が細かくなっちゃってるよ!」

「石が砕けた……だと……! なんとも不吉な……!」

「人為的だからな? 人為的に壊されたものだからな!?」

「石ってパンになるらしいよ!」

「どこの奇跡の神様ですかねえ!? そこらじゅうの石がパンになったら、地面ふにゃふにゃになっちゃうね!?」

 度重なる自由な行動に、セレストは息切れである。

 このように、彼らはいつなんときでも、賑やかさを忘れない素晴らしいパーティなのだ。セレストの気苦労はさておき、素晴らしいパーティなのだ。

 と、ここまではいつも通りであった。問題はこの後である。

「ねーねー、石像しゅーしゅー言ってるよ?」

「あらやだ、壊れたのかしら」

「壊したのきみだからね? って、なんか、煙……出てない……?」

「不吉な……」

「お前はそれしか言えないのか!」

 こんなときでもツッコミを忘れないセレストは偉大である。

 しかし彼らの視線はヘッドホンの、バンド部だけになった、石像だったものから離せずにいた。

 立ち上る黒煙。石像が佇んでいた台座はあっという間に煙に呑まれていく。もくもくと台座に収縮し、丸く、黒く、そこに何かを形成していく。漆黒の、洞穴。ブラックホールだ。拳大のブラックホールが生み出された。ブラックホールは先が見えず、何かがもぞりと動く気配だけが感じられた。思わずと息を飲む彼らの前に、それは姿を現した。

 小さなヘッドホン型の魔物である。魔物というにはどうにもチープな形状の、手足の生えた拳大のヘッドホンだ。

「いやもうツッコミ追いつかねえって……」

 ミニヘッドホンは、小さなブラックホールから次々と列をなして出現した。まるで蟻の行列である。

 セレストの嘆き声は掠れていた。その隣では既にモーリスが詠唱を始めており、女性陣も臨戦態勢を取っている。各々の得物を取り出し、こちらも支援魔法の詠唱を始める。こうなってしまっては、セレストとしても戦わずにはいられなかった。マントに収納していた弓を取り出し、遅い来る魔物を睨みつけた。




「まーったく、なんでこんなことになっちゃったのかなー」

「もう街は目の前だっていうのにねえ」

「誰のせいでこうなったか、胸に手を当てて考えてみろ?」

 そうして今に至るわけである。

 ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。ヘッドホン型の魔物は、それが遮音の役割を果たしているのか、弱体化魔法が効かない。ちょこまかと煩わしく動く足を止めることができないのだ。イライラと杖を振るいながら、シレイアは台座があった場所へ目をやった。止めどなく溢れるように見えた魔物たちの群れだったが、その出現元であるブラックホールが徐々に縮んでいる。目での合図に気づき、チヅルが頷く。魔力がステッキを包み込み、光を放った。好機だ、とセレストの弓が唸る。

 支援魔法によって強化された矢は、鋼鉄の槍のようにして空から降り注ぐ。砂煙が巻き起こり、ヘッドホンだった物のバンドが空に舞い上がる。ようやく詠唱を終えたモーリスが目を見開いた。

「僕の術を放つほどではなかったな」

 そっと水晶を撫で、鼻息を吐き出す。辺りは煙だけが立ち上り、そこに魔物の姿はなかった。長い詠唱は、どうやら終幕に間に合わなかったようだ。

「準備運動にもならなかったわね」

「俺は息切れですけどね」

 前衛不在のパーティでの大健闘である。名声を得るための人目がないことが残念だが、街に魔物が入らず済んで良かったと安堵するところだろうか。矢尻の痕は、街門までは迫っていなかった。肩で息を吐くセレストを脇目に、シレイアは消え去ったブラックホールの跡を見つめていた。

「シレイア? パンは出ないぞ?」

「うー、なんか、やな感じする……」

 シレイアの言葉と同じくして、モーリスの水晶が砕け散った。

「不吉な……!」

 神職二人の言葉に、水晶の自然破裂。目の当たりにした凶兆に、一行は顔を強ばらせる。

「これは本当に不吉だぞ……!」

 背筋を撫でる寒気。得物を握り直し、辺りを警戒すれば、瞬間、激しい轟音と共に再び黒煙が台座から湧き上がった。どす黒く滲み、うねりを描きながら空へと立ち上る様は、先程とは桁違いの質量である。街道の草木すらも巻き込む勢いに、セレストが慌てて後退するも、他三人はその場を動くことはなく、黒煙の柱を眺めていた。

「おい……?」

 ただならぬ空気に手を伸ばすと、弾けたようにしてチヅルがステッキを投げ捨てた。

「ザコじゃあなさそうね」

 そのまま拳を打ち付け、不敵の笑みを浮かべている。

「さっきのようには行かないだろうな」

 続いてモーリスが鼻で笑う。懐から新たな水晶玉を取り出して一周撫で上げた。

「これ倒したら、ご飯? 宿行ける?」

 シレイアは目を爛々と輝かせている。投げ遊ぶ十字の杖は心做しか曲がって見えた。

 黒煙を背景に、三人は振り向く。視線の先はセレストだ。こんなときだけ、こんなときばかり、本当に調子がいい連中だ。苦虫を噛み潰したように笑い、セレストはマントを翻した。現れた煌びやかな装備は、緩やかなくびれを露わにして女性特有の肉体美を浮き彫りにする。弓のようにしなやかな体は、鍛錬の賜物だ。セレストが天に手を掲げれば、三人は待ってましたと言わんばかりに口を揃え、その背中に続いた。

『どうする、勇者様!』

 おばかな三人を従える苦労人勇者セレスト。彼女こそが、勇者その人なのだ。

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