第57話 同窓会

 同窓会に出席するのは、浮気相手を探すためさ、と言った声が蘇る。歌舞伎俳優みたいに整った顔をして、安定性のある公務員、優しい夫、立派な父親との評判が高い隣の旦那が、昨日携帯電話で話しているのを聞いてしまった。

 ブ男、天候に左右される土木職人、酒乱夫、放任主義の父親として、近所から恐れられているうちの旦那と比べたら、神様みたいな男だと思っていたのに。

私は少しホッとした。隣の旦那のことが、愛すべき存在に見えてきた。完璧な人間なんかいるはずないし、完璧さを演じているだけの男なんか、興味ない。

だからと言って、そりゃうちみたいな男はどうかと思うけど。だけど、二十年も一緒にいたら、もう夫は私の一部である。人生の、肉体の。いざとなれば、私が始末をつける覚悟もある。誰にもそれを、代わってもらうつもりもない。

酒を飲むと、どうしようもなくだらしなくそして、暴力的になるということがわかってから、離婚も考えたし、殺してやりたいとも思った。それだけのことを、夫はした。私は苦悩の末に、それをいつでも実行できるだけのものを、手に入れた。味噌汁だとか、コーヒーに混ぜて飲ませれば、即死する薬も、実弾の入ったピストルも買った。

万が一のときには、これを使う、ということで、私はやっと心の安定を手に入れた。どんなに夫が私や家族に迷惑をかけようが、薬やピストルのことを思い出せば、静観できるようになっている。

夫は病気なのだ。私だって、何かの病気だろう。人間なんか、みんな病気で、誰一人健康な人なんかいない。病気には薬が必要だ。

どうして隣の旦那の言葉なんか思い出したかと言うと、私は今、同窓会が行われるホテルに向かう、バスに乗っているからだ。

今日の同窓会のために、三十万ほどへそくりを使った。最高の気分だ。日常がどんなにみじめだったとしても、私にこうした自由をくれる夫には感謝している。夫は自分の好きに生きることができたら、私は何をしていてもいいとおもっているのだ。

まず、美容院でカット、白髪染め、ストレートパーマで二万五千円、皺伸ばしと、シミけしの化粧品に三万、香水一万円、バッグ、十万、ワンピース三万、靴二万、ネイル一万、幹事さんへのご祝儀を三万。私、見栄っ張りだから。ただのパートだけど、人生で何回もあるわけじゃない同窓会で、みじめな姿だけはさらしたくないのね。

幸い、夫は趣味の川釣りに泊りがけで行ってしまったから、本当に今日は最高よ。

浮気相手を探す、という心積もりで来ている人が、どれだけいるのか、と私は考える。

私はそんなことない。浮気なんかする勇気はない。欲望もない。美しくいたいと思うけど、そういうのは興味がないの。

だけど、どうしてなんだろう。私は胸が上下して、何か欲にまみれてくる。

残りの金は下着につぎ込んだ。

私はトイレに行き、化粧を直し、宴会場に向かった

受付がいくつもあるではないか。

私はどこの部屋に入ればいいのか、さっぱりわからなかった。

『お名前は?』

私は黙った。面倒になってきた。

本当にわからない。○○幼稚園から、白寿の祝いまで、色々とあった。

視線を感じた。

振り向くと、隣のだんなが立っていた。

(あっ)

彼は私の手を取った。

(行こう)

私は隣の旦那と、手をつないで、エレベーターに乗り込んだ。

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