第56話 三百億ちょうだい

お母さん、あなたのわかりづらくて、深い愛には、涙が出たよ。

バスに乗り込む父を見ていた。レースのカーテンのこっちから。

お父さんの腕は、たくましくて、本当に好きだよ。

三回目の離婚。

こんなことで、実家に戻ってきて、本当にごめんなさい。

四十にもなって情けないと思うけれど、どうしようもないのよ。

 

私、体や脳だけは老化しているけれど、精神は子どものままなんだわ。

よくこう言っていたでしょう、お父さん。


「ショーケースを覗くだけで、何でも買ってやったから、お前は物を買ってもらっても、あまりよろこばない」って。

 

そんな感じなんだと思うのよ、私。何をしてもらっても、どんなに恵まれていたとしても、幸福を実感することなんかなかったの。

心の中はいつもいつでも、貧しいのよ。欠乏だらけなんだわ。

どの瓶もからっぽよ。それで気づいたのだけど、私が欲しいものというのは、この世にないのではないかと思うのよ。

だから、私、宇宙のどこかの星に行って、何かいいものがないかどうか、見て来ようと思うのよ。

だから、三百億ちょうだい。

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